231 獣ノ國 - under the ground -
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ねえ、ねえ、―――僕とおはなし、しないかい。
[ 暗がりの中で、僕は ” ノア ”のいる部屋を拳で叩いた。 曲げて骨ばったそこが、こんこんと扉と頭をぶつけ合う。
おはなし。
おはなし。
ひみつのおはなし。
僕は亀だから。
かの海の底、人魚の園。 何処かにあるという竜宮城でも、 ―――所詮「使者」にしかなれない、亀だから。
ぶく。ぶく。
泡沫が水面に昇って、ぱちんと弾けたあの感覚を、 こころの奥に、閉じ込めた。 ]*
(0) 2015/07/12(Sun) 02時頃
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[
そしてもう一つ、落とすのだ。
意図して作られた” 僕 ”の声が、 機械に呑まれて淡々として、不気味なノイズが態とらしく、さっき話したばかりの、” モスキート ” にのみ聞こえるように、幻聴じみて、 紡ぐのだ 。
―――海に焦がれる、彼が。 その体躯をしならせて、 潮水に肌を撫でさせ泳ぐのを想い描きながら。 ]
きみの、すきに。 いきたいとは、おもわないか。
[ 微睡みの奥、かなたの夢を。 ]*
(1) 2015/07/12(Sun) 02時頃
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――――ッ……
[ こほり 。
僕の口から、見えない気泡が溢れた気がした。
―――出せるなら。 出して良いなら。 僕は、
でも。だってきっと、ダメなんだ。 背いたことをしたら、僕はきっと
―――振り返った途端に、首を切られてしまうから。 ]
(62) 2015/07/12(Sun) 20時半頃
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……モスキート。
[ 僕は彼の名前を呼んだ。まるでごめんねと意味を含めたような、ものだった。
彼の夢。 微睡みの奥、かなたの夢。 大海原に、身を浮かばせて。 真直ぐに体躯をしならせる彼を見られたなら ――― ぶつん、 僕の記憶の映像が途切れた。
僅か僕の瞳の奥、深い、まるで年月を経て錆びたような色に――赤みが一貫差したとも知らずに。
手袋の着られる前、触れたら傷付く肌のそこには、視線を落とすだけに留める。 だって彼に触れたら、また彼が興奮する紅が落ちてしまうかも、しれないから。 僕は管理人なんだ。管理人でなければならないんだ。 鶴が滑って、僕も滑った。 後ろの正面、 ―――みてはいけない。
……されどはたして、>>24彼の言葉は冗談だったのだろうか。 僕の心が軋む。 知っているよ。冗談じゃない。 彼の声は、本心だ。切望だ 。 作られたプールではもう、満足できない。きっと、きっとそうなんだ。……少なくとも僕は、そう思う。 ]
(63) 2015/07/12(Sun) 20時半頃
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そと。 ……いきたいよ
[ 蚊の無くような声だった。 それでいて、蛙の潰されたように無様な音だった。 潰れた声が、彼に届いたかは知らない。
うみ。 ではない、みずうみ。 僕の居た、―――ふるさと。 でも、うみに近い森だった。 鬱蒼とした緑を抜けると、浜辺に出る。 うみがめがたまごを産んでいる。 うみねこが空を泳いでいる。
そんな世界はある日―――弾けて消えた。 ]*
『 ぼくも、” ” 』
[ 言葉は機械を空の筒として通った。 しゅこ、と空気の洩れ掠れた音が溶ける 。 ]
(64) 2015/07/12(Sun) 20時半頃
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[ プール → ]
[ 霧がかかって、朦朧とした思考は>>25彼の声で晴れた。 僕から離れながらくつわをはめ直す彼に、また近付くほどバカではない。僕はぼうやり先の名残が残ったまま彼の仕草を見つめた。 こん、と叩かれた吸収口。俄かに軽い音に、替え時だろうかと思いつつ。 ]
うん、君と。でも僕と居ると、…あんまり、ほら。 視線もあるから。ダメなら平気だよ。
[ 濁した言葉の奥、浮かぶのは僕自身の「立場」。 管理人の上の上、あくまでも施設を統率する側なのだ。本当だって、ここに居てはいけない。 すぐに戻らなきゃ、ならない。――けれど、 ]
僕らはきっと、「 さみしい 」んだね。…モスキート。
[ ―――まぼろしを求めて飢えた渇きが、孤独が。 僕らを長い間、襲っている。
僕はそっと彼に手を差し出した。 誰かを傷付けないように、手袋の嵌められた手を求めて、そっと伸ばした。直された足先の横に僕のそれを並べて、 着替えることも出来たら、過程を通りつつ。
「 知りたいこと、何でもいいんだよ。」 ……僕はやっぱり、中途半端な亀だなあ。 ]**
(65) 2015/07/12(Sun) 20時半頃
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[ 今日・第三棟 ]
[ ぐるぐるとした螺旋階段は、まるで同じところを幾度も通る迷路のようで、また頭がおかしくなりそうだった。 僕は知っている。 この地下に降りてきた日のことを。 僕は覚えている。 この地下から這い上がれなくなった日のことを。 柵のように鶴との誓いが、契りが、僕を蝕んで―――止まらないんだ。 ]
――――ああ、
[ 上司の元へ行く為に。長い階段を登る途中、開けた景色。 地平線から降り注ぐ陽の光。 遠くに反射する、「 うみ 」の鏡。 頬を擽る汐風と、 身に沁みる暖かな陽射しは、まるで僕のうちうちを浄化するかのように。 じんわり、じわり 。 ]
もう、こんな時間だ。
[ そしてその感覚も、地下の白亜に崩される。
鶴と話して程なく戻った僕の体には、未だ「 そと 」の香がしがみ付いていただろうけれど 。 ]*
(89) 2015/07/12(Sun) 22時頃
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[ →食堂 ]
[ >>155繋がり、また離された手が。
何年も” マトモ ”に、――逃げることさえせずに、僕と触れ合ってくれた人は、居なかったから。
何故だかとても、 ” 僕 ”は、 さみしかった。
『 ねえ。モスキート。 君は僕が、怖くないのかい。』――と。 聞くことが出来たなら、どんなに良かったか!
ほんの先日、まだ記憶も塗り替えられない頃に。 造り物の花に囲まれて、鮮やかな肌に触れ ――― その目になにを映したのか? ” 僕 ”から離れた背中 。そして、
記憶の奥。 頁を捲って、捲って、捲って 捲る度に見た、「 無くされた光 」と、「 体温 」が。
( 僕をより、臆病にする ) ]
(201) 2015/07/13(Mon) 22時頃
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……僕は。
[ 食堂。チューブを受け取った彼のあと、間も無く僕も硬めの――ドッグフードにも似た、シリアルを受け取った。 機械をベルトごと外して、がりがりと奥歯で噛み砕くと、何とも言えない味が舌に染みる。 何年も何年も何年も繰り返しいる僕が、せめての楽しみと特注で作らせたこの味も ――― もう、何も感じないまでに。
僕はごくんと砕かれたものを飲み下して、問われたことを脳内で反芻した。 僕が見たいもの? 景色のことだろうか。 なんだっけな。見たいもの、 は、 ]
(202) 2015/07/13(Mon) 22時頃
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……そら。が、綺麗だった。
きみの色のように、黒くて――でも、優しいんだ。 どこか遠くから、輝くかけらがぱらぱらと降ってくる。 雨みたいに。 僕の頭上を流れて、 水面に落ちてきた月に、―――
” うみ ”で唄う、鳥の声も。 僕は、
[ ―――ああ、僕は何を言っているんだろう。
彼の瞳、先に覗けた彼の髪。 しんかいのそら。真黒な宙 。紅く染まる空 。 早い頃、黒が退くそら 。僕はそこが好きだった 。 森が、葉っぱがそよそよと囁く。 ” 造りものじゃない ” 花が、僕に話し掛ける 。
かつん、――と。 いつの間にか彼の黒に手を伸ばしていた指先が、レンズに弾かれた 。……レンズ? いやもしかしたら、彼にはたき落とされることもあったかもしれない。
僕は手を戻して、ぼうと篭った脳みその熱を振り切るように、首を振った 。 ―――もう、 ” 見 ”れないと諦めた、 ……とおい、記憶だった。僕の昔の、―――記憶 。 ]
(206) 2015/07/13(Mon) 22時半頃
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きみにも、 …… きみ、に ……ッ
[ 落としかけた言葉を必死に飲み込む。 飲み込んで、蓋をするようにその上からご飯を押し込んだ 。
『 きみにも、 』僕は何を言おうとして、 立場を忘れたわけでも、ないだろうに。
――――『 見せたい 』なんて。]
(207) 2015/07/13(Mon) 22時半頃
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モスキートは、やっぱり。 ……” うみ ” が見たいのかい。
[ ちり、 と。
僕の服のポケットの中。 施設にある限りの” 扉 ”の鍵が連なった鍵束が、音を鳴らした。
そうして程なく、彼と別れることがあったなら。 離れる彼の傍、僕は食堂に居座って、こてりと短い間――眠りこけたのだったか。
記憶の底、 焦がれる景色に誘われたように 。 ]**
(209) 2015/07/13(Mon) 22時半頃
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[ >>89 後 ]
―――……シロ? クロも、
[ 「 そと 」の香りを身に付けて、僕はこてりと首を傾げた。 いつも僕に駆け寄って――片や僕を唸りつける二匹の姿が、 見えない。 二匹が消えてしまったかのように>>162鎖だけが残されてる。 警備員は、気付かなかったのだろうか? きょろりと辺りを見渡すと、警備員の視線の先に、管理人のうちの一人が――今はもう、” ちがう ” のだけど――>>194監視室に向かっていた。
僕はその姿をいつもと同じ、錆びた瞳で見つめた。 彼が振り返ることがあったなら、 何か言葉を交えることもあったのだけど。 ]
……おかしいなあ。
[ 僕はまた辺りを見渡した。 犬の姿も、香も。何もない。そして” 食べる ”人もこの階では思い当たらなければ、まるで神隠しに子どもがあってしまったように――癖になった諦念と共に、ため息が出た 。 ]**
(214) 2015/07/13(Mon) 22時半頃
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[ 第三棟 ・ 大扉前 ]
[ ” なにか ” ……ね。
僕はまだ、陽射しに当てられたまま揺蕩う脳みそで考えた。 僕に声を掛けた彼は、――ああ、そうだ、 ]
ひとはいつでも、” 外 ” に出られるのに、
―――どうして僕は、出られないんだろう?
…ねえ、どうしてだと思う?
[ 僕はもしかしたら、陽射しに頭でもやられてしまったのかもしれない。 塔に上って、また地下に戻って。僕こそ鎖に繋がれたように、幾度も。 ただの「管理人」なら、好きなときにお使いに出て、好きなときに戻れるのに。 ……でもきっとこれは、八つ当たりなのだろうけれど、も。
何故だか無性に「 ひと 」の彼が羨ましくなって、でも声色は淡々として、彼にハテナを投げ付けた 。]**
(221) 2015/07/13(Mon) 23時半頃
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[ ―――たしかに、困るよなあ。
僕はなんだか可笑しくなった。 『 そうだ、僕はなんで唐突に、彼にこんなことを聞いているのだろう? 』なんて。 突然わらいたくなったけど、でも、僕は笑えなかった。 機械の下、歪んだくちびるが、ひくひくと痙攣するのを機械越しに触れなぐさめる。
――それも束の間、>>224続けて聞こえたおとが、僕の意識を捉えた。 ]
人ならざる、………そんなの、
[ この国は、 この国のシンボルの塔には、 ――すでに” 鶴 ” が居るのに。 「 ひと 」が「 けもの 」に、 見守られているというのに。 いや、見守られるというよりは、……探しびとを、探している。 のだったかな。
――また、「 探しびと 」に「 成れる 」だれかを探しているとも、言えるけど 。
僕は彼の真似して、機械をこんと叩いた。 彼のものと違って、なにもかわらない。 彼が、もし。 他の子達ももし、僕と同じ獣人に管理されていたら、……どうしていたのだろうか? 落ちた僕の視界に、白亜の床が、目に入った。 ]*
(240) 2015/07/14(Tue) 00時半頃
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―――― 幾千の 「 屍 」を 見ても。
僕はここから、出られなかった。
[ 錆色は、 彼を捕まえた 。癖付いてボサボサの彼の髪さえ気にならないまま、 彼のいろを 真直ぐに。
『 出たい。』
『 出たかった。』
『 ――いまでさえ 』。
湧き上がる気泡は羨望を映しては、 そのまま、 水中で弾ける。]*
(242) 2015/07/14(Tue) 00時半頃
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だしてよ ―――って 言ったら 君は、出してくれるのかい?
[ 遠く無い記憶。未だ生々しく貼り付いた「 彼 」の瞳が、声が、仕草の全てが、突き刺さる。 「 僕には、できなかった 」 音にはならずに、文字だけでなぞられた声は彼に聞こえてしまっただろうか? 外に漏れた、――吐息さえ 。
そう、きっと、僕はずるいんだ。 出せないことを知っていて、彼に ” うみ ”を教えてしまった。彼の本来の” いばしょ ”を。―――ここから出してあげられない( 出したくない、なんて )、 彼の泳ぐ姿を僕は、見られないから、だから。
でもどうしても、 よろこんでほしかったから 。 ]
(243) 2015/07/14(Tue) 00時半頃
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[ ? ]
[ ―――――管理人と話して、それから。
僕はどうしたのだろうか 。個室へ戻って、また何処かへ行こうとすることもあったかもしれない、けれど。 ]
モスキート、
[ 下へ繋がる暖炉の梯子。登って来た彼の、口元に「 かせ 」が無いのを見た。 僕は、思考の端でやっぱりと思った。
やっぱり、「 おさえ 」られなかった。
ごめんね。 機械の裏、僕の唇が文字をなぞった。警備員は彼を見て、警戒でもしているのか。 そっと集まる警備の人混みと、>>259また増えたひとに、僕は瞬きを数度、ゆるく繰り返した。 ]
(261) 2015/07/14(Tue) 01時半頃
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―――― 「 ふるさと 」に、 僕の住んでいた、 小屋があるんだ。 ………
……モスキート
[ もしかしたら、くつわの外した彼に気づかれたのち、噛み付かれることもあったかもしれないけれど。 僕はひとつ、ふたつ。 彼に寄った。 長い廊下、どこまで彼に近付けたかなんて、定かじゃない。
「 すきに、いきるといい 」
―――生きて欲しいと、 願ったことがあるんだ。 きみに。
>>260かちり―――と。どこからともなく鳴った扉は、徐々に外の光を照らし始めただろうか 。 警備員の糾弾は、聞こえない。もしかしたらひと気さえ無くなっていたかもしれない。 ……ただ潮風が、鼻孔を擽った 。 ]
(263) 2015/07/14(Tue) 01時半頃
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[ ―――僕も彼と ” い ” けたなら、 どんなに良かっただろう ? ]*
(264) 2015/07/14(Tue) 01時半頃
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