246 朱桜散華
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……かめにぃ…?
[斧を落とし、刀を構える亀吉を見て、足が後ろへとずり下がった。
しかし直ぐ後ろには桜の樹。
背を預けるようにして、驚愕の表情で亀吉を凝視する]
やっ……どうして…!
[身を翻し、横へと逃げようとした時、木の根に足を取られて身体が浮いた。
膝を立てたお陰でうつ伏せに地面に転がるのは避けられたが、状況は変わらない。
土を握り締め、立ち上がろうとしたその時、一筋の閃光が走った]
あああああぁぁあぁああ!!!
[断末魔の叫びは雷鳴の奥へと隠される。
背への一閃により、志乃の身体は今度こそ地面へと落ちた]
……ぃ………ゃ……
… すけ さん たすけ ────
[もがき、逃げようとする中で口を突いて出たのは、里に戻ってきてから一番傍にいたであろう者の名。
雨音強く、雷鳴響く中に落とされた掠れるような声は亀吉にも聞こえまい。
力弱く地面を這う身体が亀吉の手によって桜の下へと引き摺り戻され]
──── っ ぅ 、………────
[抵抗するほどの力を失っていた身体が、背に差し込まれた刀の切先にびくりと痙攣する。
零れ出る紅は志乃の視界を暗く染めていき ───]
[──── 光を失くした瞳から零れた雫を、桜から零れた雨粒が溶かし流して行った*]
─ 光失いし後 ─
[気付けばそこに丁助が居た]
すけさん……
[自分の亡骸 ── 首を抱えて慟哭する姿。
涙が溢れて止まらなかった]
─── っ うぅ ………
[駆けつけてくれたことが、悲しんでくれたことが嬉しいと思ってしまう。
けれど同時、伝えたいことを伝えられなかったことに悲しさと申し訳なさが込み上げてきた。
綯い交ぜになった感情を抱き、志乃は顔を覆って涙し続ける**]
[刻を経ても陽は差さず。
暗雲とした空ばかりが天を覆う。
その中で、丘の桜は志乃の血を吸い更に鮮やかに咲き誇っていた]
………離れられない……
[血を取り込まれたせいなのか定かではないが、死して尚、志乃の意識は里に留まる。
心残りがあるのも確かだが、それだけではないように感じた。
身を浮かせながら薄紅を瞳に映す]
── 咲いたのは 咲きたかったのは 逢いたかったから?
彼に、見つけて欲しかったから?
[問いに返る声は無い。
血を吸い鮮やかさを増す桜を見て、これが妖のものであるとようやく理解した]
でも……貴女の待ち人は、
別のところで貴女を待っているのではないかしら ────
[語りかけながら、目の前で咲く薄紅に手を伸ばす。
けれど、拒まれるかのようにその手は擦り抜け、志乃は手を引き戻した]
─── 早く、逢えるようになると良いのに
[逢いたい。逢えない。
傍に在るのに届かない……否、自ら手放した。
伝えそびれた言葉を胸に秘めながら、志乃は桜の根元へと下りる。
そこにあったのは母の形見である琴。
手を伸ばせば擦り抜けることなく触れることが出来た]
[────── ぽろん]
[────── ぽろん]
[────── ぽろん]
[奏でるのは祭りで弾くはずだった鎮めの神楽舞。
現世には届かぬ願いのおと。
重なるおとも無く、ただただ、狭間に響き行く*]
[────── ぽろん]
[ぽろろろろろろろろろろん ───]
[神楽舞を弾き終え、最後に一から十の弦を順に弾き上げて、志乃の動きは止まる]
─── ふるべ ゆらゆらと ふるべ
[静かに紡がれるおと。鎮魂の言霊。
死した志乃が口にするのはおかしな話なのかもしれないが、そのおとに志乃は桜 ── 巫女への想いを乗せていた]
………────
[昨夜、志乃の亡骸を見つけた丁助は身形を綺麗に整えて横たえていった。
舞い散る花弁から彼の変容に気付き始めていたが、その所作が嬉しくて仕方がない]
たとえ妖に呑まれても……
──…すけさんは、すけさんだわ。
[奥底までは変わっていないと、信じている**]
[しばらくして、桜の下に置壱が現れた。
ふわりと傍に寄れば、彼は志乃の亡骸を布で包み神楽舞台へと運ぶよう]
……ありがとう、おきいち。
[体躯良い彼にかかれば、小柄な志乃を運ぶのも容易かろう。
琴も傍に置いてくれる置壱に緩やかに微笑んで、感謝を紡いだ]
[ふわり、ゆらり]
[その気になれば他の者達が居る場所へと飛べそうだったけれど、志乃は未だ桜の下に留まり続けた。
養ってくれていた伯父達への未練は無い。
故に戻る必要も無い]
[今はただ、桜に寄り添うようにそこに在る]
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