人狼議事


213 舞鶴草の村

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 ― 回想 ・ 失くし物は何だったか ―

[ “鼠小僧” の唄は、其れは其れは評判が良い。
往来で三味線を構えれば、誰かに尋ねるまでもなく、次から次へ 耳に飛び込んでくる噂。
次は伍区だ、今度は陸区だ、遂には人が盗まれた、だと。]

 此処まで大事になっちまっちゃあ、何が本当で何が噂か分かりゃしねえ。

[終いにはとんでもない美丈夫だとか、実は小僧でなくて女だとか 勝手に足が生えて立ち去って行く噂を聞き流しながら、街を訪れてから増えるばかりの日銭を集める。

成る程、“義賊” と言うならば、自身が受けるこの恩恵も、鼠小僧の施しの内に入るのだろうかと 複雑げに眉を寄せて。
――否、“彼” を信じるならば、自分は “盗まれた” 側なのだろうけれど。]


 結局 何が何やら、はっきりしない侭なのだけは頂けねえ。

[陸区へ引っ込む道すがら、手慰みに懐から取り出したのは 鼈甲仕立ての小さな櫛。
盗まれる物と云えば此れくらいだと いつぞやの少年との会話を思い出し。
興味を失っては再び、袂へ落とし込む。
そうして思考は、前日会話した異国の女とのものへと。]

 万に一つ、声だったとして。
 盗むなら盗むで、しゃっきり全部持ってけってんだ。

 ……まあ、どうせ杞憂かね。

[今日は随分、喉の調子は良いのだから。
あれも一時的な物だっただろうと――もしくは彼女がくれた砂糖菓子のお陰かしらと、潤った懐に浮いた思考で 適当な物を考えて。
すっかり慣れ親しんだ廃寺へ辿り着けば、重い荷物を降ろして ふう と息をついた。]


 ― 回想 ・ 廃寺にて ―

 ……ん。

[異変に気付くのに、そう時間は掛からなかったか。
随分と軽い袖を持ち上げて、過ぎった嫌な予感を振り払いながら ひっくり返した袂は、 けれど空だった。]

 ……ない、?

[肌身離さず持ち歩いていた筈の 件の櫛が――何処にも、無い。
“鼠小僧” と、記憶に新しいその名前を浮かべては、すぐに払い去る。
つい先まで、手元に有ったのだ。
ならば何処かへ落として来たに違い無い。]

 ……何やってんだ、あたしは。
 あれが無いと――…

[だんだんと速さを増して鳴る心の臓を、胸の上から押さえ付けて。動揺に乱れた言葉と共に脳裏に過ったのは、

 酷く酷く、懐かしい記憶。]


 
  “――あんたはいっとう強い子だから”
  “――きっと独りでも やっていけるだろうけれど。”

[掟を破って群れを終われた、少女の頃。

旅支度を終えて、人の気配に背を向けた時。聞こえたのは、一番の古株の姐さんの声だった。
それに自分は、何と返したのだったか。]

  『そうだよ、何も困りゃあしない』

[と、・・・大方そんなところ。

掟を破ったのは、本意で無かったとは云え。
寂しいとも、嫌だとも、口にしたところでどうにかなるものではないと、理解していたから。
其れを思い知るくらいなら、言葉にしない方が良い。]


 
  “――あたしだと思って、持って行きなよ。”

[手渡された小さな櫛には、まだ姐さんの体温が残っていた。
其れを彼女が大切にしていたのも知っていた。
そして自分は、]

  『こんなもん、欲しくもない』

[――と。
天邪鬼な言葉を其れだけ伝えて、背を向けた筈。

指先から伝う誰かの温度は、誰かの思いの篭った品は、嬉しくて、それから寂しくて、涙が出そうな程だったけれど。
そんな言葉でさえ、口にしてしまったならば。
恋しくて切なくて、堪らなくなってしまうではないか。

――そう、思っていたつもりだった。] 


 ……欲しかったよ。

[一言一句違わず、鮮明に耳の奥を走った記憶に 空っぽの袖を握って、ぼろりと言葉を零す。]

  “――体にゃ気を付けるんだよ。”

[向けた背中に掛けられた言葉には、返事もせずまま歩き出していたのだっけ。あの時伝えるべき言葉は、其れこそ 山程あったろうに。]

 …あたしは、

[暖かくて優しい姐さんが、羨ましくて好きで堪らなかった。
綺麗で思いの篭った櫛が欲しくて、嬉しくて、堪らなかった。
口にしようとした言葉は、全て。喉に詰まって飲み下される。]

 …忘れてた。
 そりゃあ、忘れてたんだ。
 使おうともしなかったから。

[素直で綺麗な感情も 言葉も、全てあの日に置いてきた。そんなもの、無くても大丈夫だと思っていた。
自分には 唄が有るのだから。]


 だけどさ、

[――唄だけじゃあ伝え切れない言葉など、数え切れない程ある。
どんなに心を込めて紡いだところで、音に乗せるその旋律は、正しく “自分の言葉” には成り得ないのだから。]

 返しなよ、鼠小僧。
 そりゃあさ、あたしンだ。

 心だけじゃねえ。
 気持ちだって、言葉だって。
 あたしの言葉はぜんぶぜんぶ、あたしンだよ…!

[宵の闇だって、はなから何も映さない視界では 恐れるものなんて無い。
軋みを上げる扉を開いて、来た道を再び辿ろうと。

今はまだ、盗まれた物なんて―― “綺麗な言葉” なんて、二の次。
おざなりに草履を足に引っ掛けて、酷く明るい月の下へ、飛び出して行っただろう。**]


メモを貼った。


ー回想 伍区ー

[幽霊とかそう言う類のもんは、夜にしか出れねぇもんだと思ったが…そんなことはないらしいな。お天道様が昇ってても歩けるし。
…まあ、相変わらず人には触れねぇし全く気付かれねぇが…。]

…一番困るのは、酒が飲めねぇことなんだよなぁ…。

[こいつが返ってくる代償としちゃ…大したこと…うーん、ねぇのかこれは…。
まあでも、いいか。なんであれ、忘れちゃいけねぇ事をちゃあんと思い出せたんだ。禁酒だって…やってやらぁ。]

昼でも夜でも歩けはするが〜♪
酒は飲めねぇ残念幽霊〜っと♪


 ― 陸区 → 伍区 ―

[気配や 雰囲気や 異変や。
日頃から、そういったものを感じ取る力は優れている方であったけれど。

常と違うのは、世界の方か 自分の方か。
どの道今は 其れにも気付く事はない。
見えぬ視界を補おうと膝を着いては じりりじりりと、失くし物を探すのみ。]

 ……盗まれなくとも、こうして失くしてんだから 世話ぁないわな。

[自嘲めいてぽつりと落とした言葉は 常より覇気を潜める。
件の櫛は、決して盗まれた訳ではない。
つい先まで手元に有って、そしてただ 自身の慢心で失いかけただけ。]


 …にしても 悪趣味だね、本当に。

[ゆっくりゆっくり、一歩一歩 地を探りながら。
目に見える財には目も呉れず もっともっと深い場所を攫って行った “男” へと、意識は逸れた。

顔も、真の名すらも知らぬ “鼠小僧” が、噂の大泥棒が。こんな小娘の言葉ひとつ盗んで去って行くなんて、可笑しな話にも程が有る。
其れは 宝とも言える物を疎かにする自分への警告か。
若しくは “彼” 自身が、それを持たぬ故の窃盗か。]

 …どのみち、遣り辛いったら堪んねえ。

[前者だとすれば、はた迷惑なお節介だと鼻を鳴らしながらも ぐうとも反論できない。
――もしも、後者だとすれば。]

 …さて。
 天下の鼠小僧様にも、足りないモンはあるのかね。

[ひとり唸ってみたところで、それに対する答えが期待できる筈もなかった。
そも、自身の勝手な推論だって、正しいかどうかなんて理解ったものじゃあない。
喩えば他の理由があると、そう言われて仕舞えば 其れで終わりの話。]


[そうして じりじりと身を進める内に、ぞんざいに髪の隙間に差し込んだ異国の髪飾りが、つ と滑り落ちては――、]

 ……ああ、でも。

[髪を離れる前に、それだけはと手のひらで受け止めた。
装飾品になど縁が無かったから、酷く不格好だろうけれど 耳の上へと留め直す。]

 ちゃあんと言葉を伝えなきゃいけないんは、姐さんにだけじゃあない、か。

[この髪飾りの持ち主だった彼女にも、それからこの村へ来て、其れなりに言葉を交わした誰にも彼にも。
上手く言葉を伝えられなかったのは、きっと “盗まれたから” だけじゃあ、無い。

“鼠小僧” の思惑が、そんな自身の心の奥底まで及んでいたかなど 知る由もないけれど。
あんたにゃ敵う気がしないね と、険の取れた笑い混じりに独りごちて。]


[どうにも浮世離れしたこの場所では、時間感覚さえ希薄になっただろうか。
そのまましばらく、人の目が無いのを良いことに 地べたを這って、落し物を探していただろう。

――どこか遠くで聞こえる時計の針の音は、右回りか 左回りか。はたまた――只の幻か。]**


メモを貼った。


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