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メモを貼った。
― コーヒーショップ『abbiocco』 ―
[ストーブの中で、薪が爆ぜる音がする。
それに返事でもしたような呻き声が聞こえた。
床吸う耳は、硬いものを落としては引き摺る振動を拾う。
細身の男だった。ルパートより高く、シーシャより低い。
最初は、乱暴な客が来たのだと思った。
ベルを掻き消すくらい強く、ドアを開く音がしたからだ。
自身の足は、そういったものに対峙した際に弱い。
歩けない訳ではないが、逃げることに向いていないのだ。
だからどんな意見の相手
否定から入ることはない。
争うことは、不得手だ。
腕を掴まれ、パソコンを巻き込んで放り投げられた。
全身を強く打ちつけたせいか、
痛みはあるのにどこか遠く感じる。]
[――間違い、だったのだろうか。
シーシャの説得に応じて街に帰っていれば、
ルパートと共にこの地を離れていれば、
食料を分けた誰かに伴って西へ向かっていれば、
あるいは、何もかも拒んで閉じこもってしまえば、
異なる未来に出会えていたかもしれない。
しかし、たぶん無理だ。
そんな曖昧な可能性では何度同じ場面に巡り合っても、
頑固な自分はきっと同じ選択をしてしまう。
慕ってくれる彼にも、
頼りにしていた隣人にも伝えた選択を繰り返す。]
(死ぬ時は、どこまでも広がる大地のそばがいい)
[瞼の裏に、トウモロコシ畑に揺れる赤毛が見える。
その上に太陽をそのまま形にしたような笑顔を描いた。]
だ、けど 、
[ボウルの中で丹念にすり潰したような声が出た。
最初の衝撃で起きた目眩がようやく落ち着いてきた。
それが叶ったのは相手の反応が遅かったおかげだ。
揺れる視界にその姿を収めると、
左腕がだらりと下がり、右足を引き摺っていた。
肩が外れたか、足を挫いたか。
あるいは筋肉自体がやられているのかもしれない。
来店した時には特に違和感を覚えなかったから、
きっとこちらを放った時に負傷したのだろう。
あまりにも、己の身体を鑑みていない動きだ。
身体に見合わぬ強い力はそのせいだろうか。
リミッターが外れているような、
理性が跡形もなく溶けたような、そんな印象を受けた。]
わたしは……べつに 、
しにたいわけ、じゃあ 、ない。
[死ぬために、喧騒から離れた訳じゃない。
死ぬために、周囲に甘えている訳でもない。
写真を上げるのは、それが生存証明になるからだ。
相槌のような印
そんな風に写真を落とすばかりだったアカウントで、
昨日と今日多く文字を残した。
それだって、存在を確かめる作業に近いものだった。
世界中の誰かと、顔も知らない状態で言葉を交わす。
それは遠くとも近い、不思議な距離感だと思う。
これはルパートにだって打ち明けていないことだが、
要は、自ら残ることを選んでおきながら、
少しだけ心細かったのだ。]
[周囲に視線を巡らせる。
パソコンは裏返しに開き切ったまま伏せっているし、
横たわる車椅子もロックがかかり完全に沈黙している。
薪ストーブへ向かっても、それより男の手の方が速い。
胸ポケットのスマホをドアの近くへ投げてみても、
呼びかけてみても何の意味もなかった。
男はなぜか他に興味を示さず、こちらへ近づいてくる。
相対し初めて、その目が酷く濁っていることを知った。]
ッハ、 これは……こまったな。
[何もなかった。何もできなかった。
何か、残せたら良かった。
まだ正常に動く男の右腕が、
じりじりと後ろへ下がっていた自身の左腕を捉える。
――ふ、と。
シーシャが食べた、あの厚いベーコンを思い出した。]*
メモを貼った。
【人】 硯友社 みょんこ[ マンションのエントランスが見える頃には、 (34) 2020/10/23(Fri) 17時頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 小走りに足を進めていると、両目からだらだらと (35) 2020/10/23(Fri) 17時半頃 |
【人】 硯友社 みょんこうっ…そだあ…… (37) 2020/10/23(Fri) 17時半頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 手から滑り落ちたスマホが、地面に叩きつけられ、 (38) 2020/10/23(Fri) 17時半頃 |
【人】 硯友社 みょんこう…あ… (39) 2020/10/23(Fri) 17時半頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 自分の心臓の鼓動がうるさい。 (40) 2020/10/23(Fri) 17時半頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 階段を一段とばしで駆け上がり、自分の部屋へ走る。 (41) 2020/10/23(Fri) 18時頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 恐らく煙に気づいて何度となく鳴いたのだろう。 (42) 2020/10/23(Fri) 18時頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[そのまま、走り、走り、走り。 (44) 2020/10/23(Fri) 18時頃 |
【人】 硯友社 みょんこ怖くないよ、怖くない…キャリーないや…もう… (48) 2020/10/23(Fri) 18時頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 振り返ると、そこには口元を真っ赤に濡らした、女。 (96) 2020/10/23(Fri) 21時半頃 |
【人】 硯友社 みょんこ[ 全身が悲鳴を上げている。 (98) 2020/10/23(Fri) 22時頃 |
[はじめ、助かったと思った。
つぎに、もう助からないと思った。
最後は、せめて助けたいと思った。]
[何日たったんだろう?
日付の感覚なんてとうに失くしてしまった。
ただ、朝日が窓から差し込むから
それは網膜を焼くほどに眩しいから
また一日、経ったのだってことだけわかる。
だけど私の脳はどんどんふやけてくみたいに
わかってたことがわかんなくなってってる。
たとえばこれ。
手にもってるこの、長方形の…板?
縁についてる突起を押すと表面が明るくなるけど
これはなんのためのものなのか、わからない。]
【人】 硯友社 みょんこ[ SNSを更新して、気づいた。 (100) 2020/10/23(Fri) 22時頃 |
― ??? ―
[空気の音が聞こえた。木を軋ませる、風の音だ。
鳴き声みたいなそれをきっかけに、意識が身体に宿る。]
……?
[瞼を持ち上げたつもりだったが、前が見えない。
まだ寝ぼけているのだろうか。
昨晩は何をしていたんだったか……そう、そうだ。]
……。
[緩慢な思考は混乱も動揺も許してはくれない。
ただ耳を澄まし、記憶に霞んでしまった呻き声を探る。
風の音、軋む音。 風の音、 軋む音。
小さな呼吸音。
何かが、いる。]
[お腹空いたな。
おかあさんのお味噌汁が飲みたい。
…おみそしる?
なんだっけ。]
[今度は失敗しないよう慎重に瞼を持ち上げたが、
一向に視界は晴れなかった。
原因を確かめるよう無意識に手を伸ばすと、
何者かに覚醒を気づかれたのだろう。
呼吸を捉えられなくなり、代わりに衣擦れの音がした。]
……あ゛、 あ。
[生きているのなら、逃げなくては。
思考よりもっと深い部分が警鐘を鳴らす。
荒くなったはずの呼吸は、淀んだ呻き声になった。]
あ……?
[その時。ミケ、と呼ばれた。動きが止まる。
最近じゃ皆に合わせてマスタと呼ぶようになっていたし、
同じ仕事に就いた時点で遠ざかっていた響きだ。
後退の為に床についた手を止める。
その指先は、眼球に触れてほんのり湿っていた。]
[左目に色素の薄い髪が映る。
日に翳せば透けるような色は、くすんでしまっていた。
けれど、それはきっと彼だけのせいではなく。]
しー、 しゃ。
[どうして君が、ここにいる。
濁った瞳の向こうに、いるはずのない命を見た。]*
【人】 硯友社 みょんこ[ 涙が止まらない。 (102) 2020/10/23(Fri) 22時半頃 |
……いつ、 きた。
[昨日、と返答があった。]
いまは、
[日付だけを告げられる。
それを受けて考えるよりも先に4日と続いた。]
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