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メモを貼った。
[私が連れてこられた一室は、皆がいた病棟の頃と変わらぬ装い
どうやら私は″模範的″に過ごしていたことと
脚の硬化が進んでいたことから、何もできないと思われているのだろう
部屋の扉は解放され、用意されていたのは車椅子
もう、私を見ている人も知っている人もいない
...は車椅子にゆっくりと乗り、車輪を動かして
部屋の扉を何とか開けて廊下へと繰り出す
部屋には鍵がかかっている部屋、誰もいない部屋
色んな部屋があった
苦痛の声、怨嗟の声も聞こえる]
ここ、は地獄?
それとも牢獄?
[でも、幸せそうに眠る桜の樹と一体化しそうになっている女の子の患者を見れば
もしかしたらここ、天国かもしれないとも思う
なんて不思議で、残酷で、美しい白亜の檻]
……誰か、いない……の……?
[声を出して、私は車椅子で廊下を進む
はた、と気づいた事
ナナオは、確か昨日連れて行かれたナナオは
居るであろう。ならばと
私はとりあえずは彼女を探そうと、廊下を――……*]
メモを貼った。
メモを貼った。
[――死んでいたかと、思った。
夢と現の境界があいまいになってきている。あと、どれくらい生きていられるだろうか――。]
・・・あ。
[眠りに落ちる直前、ペンを転がしてしまって――。
身体につけられた機具が邪魔だった。
固定されているせいで、ペンを取れない。
何て事だ。辺りを見回しても、ナースコールもない。
とはいえ、ペンを取ってほしい――。
なんて、コールをする気にはなれないけれど。]
・・・あ。
あー、あー。あ、か、とんぼ。
[少しだけ、声が戻ってきている。
喉は乾いているけれど――。
書けなくても、歌えるならばまだいける。
あたしは、まだ未完成の歌を歌いだした――。]
【人】 トレーサー キルロイ[――――思えば、どうしてあんな風に。 (0) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[診察室の前で、ひたすら待ち続けること一時間。 (1) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ ケイトリン、何処だ――――…っ!? (2) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[奥の壁、よく見ると取っ手が付いて、 (3) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[…その後は、医師に先程の非礼を詫びて。 (4) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[―――渡してくれと素直に頼んでも、 (5) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[彼女の荷物に忍ばせた絵は、中庭で描いていた絵"ではない" (6) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[男は全ての用事を済ませて自分の部屋まで戻ってくると、 (7) 2015/06/11(Thu) 03時半頃 |
……?
誰か、だれか、いるの?
[廊下の向こうのドアから、声がする
聞いた事がある様な、声だけれど……でも何だか掠れている気もする
叫んだか、それとも喉が渇いているのか。原因はわからねど
車椅子の車輪を動かし、その部屋へと向かい]
う、た?
あなたは、だれ?
[私が隔離された部屋より何だか重厚な扉
力いっぱい押せば開きそうではあるけれど――……
扉越しに、私は歌の主に問いかけたのだった]
メモを貼った。
[声質が少し変わって、低くなってしまったようだ。
それは叫んでいたせいか、喉の乾きのせいか――ややハスキーな声は、老婆のようだ。
一気に歳をとってしまったような気がする――。]
――…。
[誰かの声に、あたしは歌を止める。
ああ、あたしはまだ幻にはなっていなかったのだろうか――。
なんて気分で、微笑んだ。]
ナナオ。
――あなたは、どなた?
[声の主は、重厚な扉の向こうのようだ。
たぶん、この部屋はあたしの毒を逃さないための檻だ。
――けれど。
このゴツゴツとした黒い小手のおかげで、部屋の中に毒が充満しているということはない。]
【人】 トレーサー キルロイ[―――腕のレントゲン写真を見せて貰ったことがある。 (36) 2015/06/11(Thu) 18時頃 |
【人】 トレーサー キルロイ―自室― (37) 2015/06/11(Thu) 18時頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[身体を起こせば、 (38) 2015/06/11(Thu) 18時頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[鳥類は4色型色覚をもつと考えられている。 (40) 2015/06/11(Thu) 18時頃 |
【人】 トレーサー キルロイ[薬を飲むためだけに、看護師を呼ぶのは憚られた。 (41) 2015/06/11(Thu) 18時頃 |
――”何なんだろうな、俺ら”
(そんな腑抜けた顔、見たかったわけじゃないんだよ)
[彼の意識が不鮮明だった。夢と現にたゆたう中で、鳶色の瞳が僅かに濡れているのがわかった]
(涙。どうして)
――『消えたくないの』
啜り泣きが聞こえる。泡となって消えた、少女。
彼にだけ打ち明けた、悲哀。悲嘆。後悔。未練。
少女の顔が、青年や女性のものへと代わり、代わる。
ケイトの声が甦る。(
諦めたくない。此処に居たい。キルロイの絵が見たい。諦めないメルヤが見たいと言った彼女。
それは等しく、終わりが近づいているゆえの不安の吐露もあっただろう。
彼女にとって、特別ではなかったから。今までメルヤに辛苦を残してきた人たちのように、本音を零した一面もあるのだろう。
彼は、そう思う。
それで良い。それで良かった。
例えば。ヒナコがナナオを喪う時のように。
例えば。キルロイがケイトを喪う時のように。
自分が連れて行かれたことでの悲嘆など、少なくていい。心を、抉られるほどの痛みはないだろう、と。
――”観察者さんだから”(
彼は、彼が意識していた、気づいていながら気づかぬ振り。踏み込まないことで誰かの特別にならずに済んだ、と彼自身は思っている。
誰も悲しませたくなかったから、はやく忘れてくれればいい。
微睡むような意識が、揺れる。
夢とわかっていながら起きられない時のような気持ち悪さが、ひたひたと押し寄せてくる――。
不意に、夢の中で立っている彼の中から、小さな影が飛び出した。
――”ネイサン!”
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
飛び出した小さな影は色を成し、幼い少年の姿を映した。
まだ、病院に来て一年も経ってない頃の、幼いメルヤが、ピエロの格好をした男に抱きつく。
『メルやん♪ メルやん♪』
ぐらり、と世界が歪む。
幼いメルヤは、ピエロの男に抱きついて、受け止めて貰っていた。嬉しそうに、懐く姿。ひどく懐かしい。ひどく狂おしい。過去の残像だ。
気づけば彼の周囲には、様々な人がいた。
本を読んでいたり、花に水をあげていたり、絵を描いていたり――様々な人が色んなことを、楽しそうにしている。
連れて行かれた人達。すでにもう亡くなった人達。みんなが笑顔で、彼を呼ぶ。
メルヤ。メルヤさん。メルヤくん。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。メルヤ。
皆が皆楽しそうにしている。まだ病気の進行がひどくない時の姿で、まだ各々が日々を楽しんでいた時の姿で彼を呼ぶ、嬉しそうに、幸せそうに呼ぶ。
彼は此処が、夢の中なのか。幻覚症状が悪化したものなのかがわからなかった。
前者であって欲しいと願いながら、目を奪われそうになる。
視線を避けても、そこにはまた、誰かがいた。
――…ナナオとヒナコとタルトが、楽しそうに中庭で遊んでいて、こちらに気づく。
堪えきれずに、彼はその場に頽れた。どこからともなく案じるような声がする。シーシャや、キルロイの声のようだった。
いつの間にか。幼いメルヤが彼の前に立っていた。何の憂いも不安も知らないといった、喜びに満ちた笑顔で。
”もういいじゃん。ぼくのできることはないんだよ
もう、誰も見守ることも見ていることもできないんだよ”
――…”もういいじゃない、なにを我慢するの?
《この世界でならみんな一緒に消えられるよ》
なんて――ひどく、甘い誘惑だ。
幼いメルヤが今度は、オスカーとはしゃいでいる。まだ瞳に感情を残している頃のユリに、桃の花を渡している。
ケイトはいつの間にか、キルロイの隣に立っていて。
――”ねえ。気づいてたじゃない。幻が幸せにみちてること。
もう、それに浸っても誰にもめいわくにならないよ!”
”だから、ほら。素直になろうよ、ぼく
も う 諦 め た ん だ か ら"
そう、彼は諦観している。彼の望みはみんな一緒に消えること。そんな未来のない望みを諦めるために、退廃と諦観を選んだのは彼自身。
ここで、幻に呑まれても誰に迷惑がかかるわけではない。幸せに満ちた世界は、憧憬や懐かしさや慕わしさを思い起こさせる。
彼は疲弊していた。幻を見続けて3年が経つ。辛い現実を直視したいという言葉は本当だが、他に誰もいないなら何を見ていればいいのだろうか?
諦めることしかもう、道がないような気がしている。
彼が望んでそうしたように、彼の中には何も残っていない。
約束も、後悔も――。
不意に甦る姿があった。
どこか気怠そうな姿に、彼は怪訝そうになる。彼の幻は、在りし日の中でもみんなが一番幸せそうな頃を映し出していたからだ。
――『“そろそろ”が、良い。』
その場所だけ冷え切っているような、気がした。冬の夜空の真下のように。
心の中で悪態をつく。自分と彼とどちらともへ投げつける。
『お前まで“落させて”くれるなよ。』
(その言葉にも、本心が混ざっていたような気がする。ただ、諦めの色が強いだけで)
踏み込まずに、気づかない振り。それに勘付いていながら、ずかずかと人の中に入って来る。呆れたような嘆息は、誰に対してのものだったか。
”もう、どうにもならないよ? あいつだって忘れるんだ。知るもんか”
幼いメルヤが、手を伸ばす。彼の内から飛び出した、この幼い姿をしたメルヤは、メルヤ自身の心の一部で本心の欠片。
「そうだね。そうかもしれない。」
目を細めた。幼い自分に対して、手を伸ばす。自分より幾分か小さな手を握った。
「でもね。僕は――僕の”諦め”なんかより、誰かの望みの方が大事だよ。
今のとこ君のいうとこのあいつの望み、が僕の中にあるんだよ」
『でも、やだな。
あんたから「はじめまして」なんて聞くのは。』
その言葉は、彼が先にいなくなって果たされるようなものではない。大人振ってるその厚い面の皮の下。消えたいと、望むその裏には。
どこかで誰かの痕になりたい、特別でありたい。
と願っているようだと、思った。本当のことはわからない。踏み込みきれなかった彼にはわからない。
だけど、それが彼の”未練”となっている。最後の最後。酷く引きづるようなものを残しやがって。恨みがましくそう思う。
”素直じゃないね。おとなって。”
幼いメルヤは、ふて腐れたような顔を浮かべる。――次いで、大人を小馬鹿にするような小癪な笑顔を自分に向けた。
”それがなにかわかんなくても、キライより大好きな気持ちが大きいって言えば良かったのにさ”
幼いメルヤが、抱きついてきた。自分の内に戻るように。
同時に周囲の幻が消えていく――。
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