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―前日早朝・処刑場―
[産んだ子は、若様ゆずりの金髪の女の子だった。生きて大きくなっていれば、レティーシャより少し小さいくらいだろう。
我が子とレティーシャを重ね、事あるごとに気にかけていた。ひそかに成長を喜んできた。
ダイミがあの強さで彼女を守るなら、何も心配する必要はない。
彼女にとって、心配される筋合いはないのだろうけれど。
叶うなら、成長した娘の姿を一目見たかった。
どんな名をつけられたのだろう。
どんな顔をして笑うのだろう。
私欲のために捨ててしまった親にそれを見る資格などないけれど]
メモを貼った。
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メモを貼った。
メモを貼った。
―回想:屋敷に連れ戻された後―
[お風呂上がりにバスローブ一枚の姿で、足枷で繋がれた
あら首輪じゃないのね、なんて酷く場違いな事を考える。
『旦那様』が現れて、身が竦んだ。
やめて、おねがい、触らないで。
けれど言葉には出来ない。
サイラスの存在を、気付かれてはいけない。
彼に想いを伝え、応えてくれた、その前の時間に戻るだけ。
今から十月十日後に子供が生まれたら、
彼の子供かも知れないと、細やかな夢を見る。
そんな未来を思い描きながら、
けれど同時に、死に方を考える。
誰でも良いの、お願い、今すぐに、私の時間を止めて。
不安定な天秤が、ぐらりぐらりと左右に揺れた]
[『旦那様』の手が私に触れる一瞬前に、響くノックの音。
私の身体を洗って居た、給仕服姿の女性が、二人]
「この村に人狼が出たそうです」
「急ぎこの屋敷を発ちましょう、旦那様」
「留まるならば、お嬢様を投票に向かわせなければ
怪しまれればこの屋敷に人が来ます」
[ぎり、と奥歯を噛み締めて『旦那様』が遠ざかる。
速足で二人に歩み寄り、留まるなら、そう発言した女性が、
首を鷲掴みにされ宙吊りになった]
「屋敷から出せというのか!?
マーガレットがまた居なくなったらどうする!
三度だ!これで三度!!
三度も僕の前からマーゴが消えたんだ!
次こそもう僕の元には戻らないかもしれない!!
そうなったらお前如きが、如何責任を取る心算だ!!??」
[止めには行ったもう一人が、振り払われて、
ごつり、鈍い音を響かせ壁に赤い染みをつけて
力なく滑り落ち、地面に伏せた。
宙吊りになった女性は、泡を吹いてもがき、
『旦那様』が尚もヒステリックに喚いている間に
だらりと動かなくなった。
じわり、辺りにアンモニア臭が広がる。
驚きに、悲鳴どころか制止の声すら出なかった。
ああ、旦那様、貴方も狂ってしまっているのね、
「マーガレット」という女性に。
…今なら少しだけ、その気持ちが理解出来る気がした*]
―湖畔傍の花畑―
………………。
[教会での全てが終わった後。
まっすぐ花畑に来ていた。
もう後には戻れない。
進み続けるしかない。]
…………はあ。
[疲れを押し出すかのよう盛大に溜息をはいてから。
ポシェットの中の石をいつものように取り出す。]
Un hada del viento comunica las palabras de la flor
[風の妖精よ、花の言葉を伝えろ。
そう念じて石に宿った妖精を解き放つ。
神様は信じてはいなかったが。
この風の妖精の姿が見えるようになったのはいつからだったが。
実のところ会話はできない。
だからこそ、彼女自身の言葉は聞いたことがない。]
[牧師だけが人狼ならいい。
けれど念には念をいれて、と。
探ろうとしたのはヤニクだった。]
………………。
[風が吹き抜けるのを見送れば、短くなった不揃いの髪が小さく揺れる。
それに気づいて髪に手を伸ばした。
何かから解放されたような複雑な気分。
けれど、自分という存在は何も変わっていない。]
………あーあ。
ちゃんとキレイにしないとな、かっこわりぃ。
[そう天を仰いで――――――強烈な痛みを感じた。]
[熱が込み上げてくる。]
――――っ、ぐ、がぁっ………は……
[耐え切れず口からその熱を吐き出す。
熱の正体を両の眼で視認する。]
…………あー……なる、ほど……
[そういえば、聞いたことがあった。
己の力、使う相手によっては強い反動が。
場合によっては死に至ることもあると。]
……………ダ、ッセェ……
[呟きは音にならず風に吸い込まれる。]
[己を殺そうという、血が煮沸するような感覚。
例えるなら、それは呪いのようなもの。]
――――〜っ
[もう1度、血を吐き出す。
立っていることができず、その場に倒れこんだ。
空の色すら赤く見える。
風が強いのは、自分のことを心配してくれているのだろうか。]
―――――。
[真っ赤に染まった手を空へ伸ばす。
風を掴もうとして空を切った手は胸に。]
は、ばかばかしい、な……ホント。
[そう笑って―――――。
身体中の熱に意識を奪われて、瞳を閉じた。
吹き抜ける風が花弁を運ぶ。
それを受け取ることは2度とできない。**]
「あぁ、すまない、君の部屋が汚れてしまった。
すぐに片付けさせよう。すぐに…
ああ、汚れてしまったな…、
こんな手では君に触れられない…]
[何処か焦点の合わない目で呟き始めた『旦那様』は
けれど、私に振り返れば、優しく微笑んだ様に見えた]
「少し、待って居ておくれ。すぐに清めて戻るよ」
[私もサイラスを失ったら、こんな風に生きるのかしら。
まるでこれから先の自分を見ている様で、胸が苦しくなる]
おばあ様を、…おばあ様とお話がしたいの、
呼んでもいいかしら?
私、もう、何処にも行かないわ。
だからその為に投票を、おばあ様に頼もうと思って…
[恐る恐る提案してみたら、『旦那様』は、
勿論だとも、と満面の笑みで頷いた]
[毒薬、刃物、何でも良い。
おばあ様ならきっと手を貸してくれる筈…
そんな私の甘い考えは、あっさりと打ち砕かれた。
考えずとも判った筈だ。
おばあ様は、『旦那様』に仕えているのだから。
他の死に方を考え始める私の邪魔をするように、
おばあ様は昔話を聞かせてくれた。
それは、『最初のマーガレット』のお話…
今の私には、心底如何でも良くて、
聞き流そうかと思ったけれど…
おばあ様の声を聴くのは随分と久し振りに思えて、
酷く懐かしく思えて、気が付けば静かに聞き入っていた]
[『最初のマーガレット』は『旦那様』の婚約者だった。
政略結婚だった。
本当は彼女の姉こそが旦那様の婚約者だった。
けれどマーガレットの姉は、結婚間際、
病に伏して帰らぬ人になったと知らせが届いた。
結果宛がわれたのが、妹のマーガレットだった。
マーガレットの18歳の誕生日、
顔合わせを兼ねて彼女の誕生パーティーに呼ばれた。
旦那様はマーガレットをひと目で気に入り、
…そして、初めての恋に落ちた]
[けれどマーガレットは、姉と同じく、結婚間際、
病に伏して帰らぬ人になったと、知らせが届いた。
流石に可笑しいと、旦那様は気付いた。
探り始めてすぐの事、
マーガレットの屋敷の使用人の一人が
金に目が眩みあっさりと口を割った。
姉妹揃って駆け落ちしたのだと。
愛する男の手を取って、家を出たのだと聞いても、
旦那様はマーガレットを、諦める事が出来なかった。
旦那様には大抵のことは叶えられるだけの金があった。
金だけは余っていた。
だからこそ、マーガレットを諦められなかった]
[一緒になれば何不自由ない生活が待っている、
なのに姿を消す理由は何だ。
きっと相手の男に唆されたに違いない。
助け出さなければ。そう思った。
始めて恋をした女が、別な男を愛していた。
その事実を旦那様は、受け入れる事が出来なかった。
見付けだしたマーガレットは、酷い姿だった。
甘やかされて育った良家の末娘が、
慎ましやかな村の生活に容易く馴染めるはずも無い。
やつれて、疲れ切って、身体を壊していた。
パーティー会場でたおやかに笑っていた彼女とは
まるで別人だった]
[けれど、それでも、彼女は幸せだったのだろう。
連れ戻そうとする旦那様を拒んだ。
構わず無理矢理連れ戻そうとしている所に、夫が戻った。
旦那様は激昂して、その男を殺した。
連れ戻したマーガレットは泣き暮れて、次第に衰弱し、
旦那様の屋敷で程無く息を引き取った。
旦那様は、マーガレットの死を受け入れられなかった。
その死に顔は、旦那様が恋に落ちた
美しかったマーガレットとかけ離れていたから、余計に。
「死んだのはマーガレットでは無い」
と言い出し再びマーガレットを探し始めた。
何処かに僕のマーガレットが居る筈だ、と。
旦那様は少しずつ、狂って行った]
[代わりに差し出されたのはマーガレットの娘だった。
生まれて間もない、マーガレットに似た女の子。
妻は身体を壊し、夫は治療費を稼ぐために朝から晩まで働き詰めで、娘は、孤児院に預けられていた。
マーガレットが最期まで娘の事を話さなかったのは、夫の様に、危害を加えられる事を怖れたためだろう。
けれど結局は見つかってしまった。
旦那様はその赤子を、マーガレットの生まれ変わりとして育て始めた。
それとは別に、家の為の形式的な婚姻は必要だった。
赤子が育つまでは、
両親祖父母は流石に待ってはくれなかった。
そうして迎えた妻は、大層嫉妬深い女だったから、
マーガレットに何かあってはいけないと、乳母に任せて
この屋敷で、ひっそりと育てさせる事にした。
身代わりのマーガレット。それが私。
マーガレットの娘のマーゴだなんて、酷い手抜き*]
[頭を打った女性は気を失っただけだったようだ、
首を絞められた女性も旦那様が手を離して程無く、
派手に咳込んで、嘔吐いていたから、死んではいないだろう。
二人を連れて行ったのは私を引きずり戻した男性、
汚れた部屋の片付けをしていた女性は、
私をお風呂に入れた残りの一人だろう]
「話し合いはお済みですか?」
[4人だけだろうか、そう思った矢先に声を掛けて来たのは、
全く別な燕尾服の男性だった]
(随分と大所帯でいらしたのね)
[それとも、一度逃げ出したからこそ、
急ぎ呼び寄せ増えたのかもしれない。
屋敷を逃げ出す道は、やはりない。
ならば生から逃げる道を…ぼんやりと考えた]
[投票先を、と、おばあ様に急かされて考える。
サイラスと、牧師様と、あの女の子…確かレティーシャと名乗っていたか。
あとはケーキ屋さんのご家族と、…レティーシャに出逢う前に逢ったあの女性、名前を教えてくれた、ノーリーンさん。かみさまがもう居ない事を知らない私は、彼も避けたいと思った。
あともう一人、お姉さまの名前を、私は知らない。
けれどあの店の踊り子だと伝えれば通じるだろう。
避けたい人が随分と居る事を思いだして、
死にたがっていた心が揺らぐ。
けれどどうせ、もう会えないなら、同じ事]
避けたい人はいるの、けれど、それ以外は、良く判らなくて…
[ならばその全員を教えてください、
そう言われて口を開いて…言葉に詰まった。
サイラスの名前を挙げて、旦那様に伝わるのが、怖かった]
村で暮らしてきた人の中に、
紛れ込んでいるなんて思えないわ。
…確か、旅の方が来ているって、聞いたの。
だから、その人に――…
[お話ししたい、なんて思っていた気持ちは、
最早私の中には残っていない。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
心の中で見知らぬ誰かに何度も何度も謝った。
けど、サイラスを護りたいの。
人狼からでも、処刑からでも無い、……旦那様から*]
―回想:深夜の来訪者―
[男に触れられるのは嫌だと、そう思っていた。
けれど、彼が私を抱く事など無いだろう。
そう判っていたから、触る位、いっそ構わないと思えた。
自分で死ぬことも出来ない私の救世主。
神様でも、天使様でも無い、彼は多分きっと、狼さん。
犬に見える人間じゃなくて、人間に見える狼なら、
例外だと考えようと、そう割り切って。
芳しい薔薇と…微かに鉄錆に似た匂いがした。
鋭い牙が肌を裂き肉に食い込むその感触に
最初にサイラスを受け入れたその瞬間を思い出して、
ふるりと身を震わせ甘ったるい吐息を零した]
[その後は、まるで現実とは思えない光景だった。
物語の1ページに迷い込んだみたいで
現実味が無くて、ただ茫然と見惚れていた]
……――まぁ、綺麗。
ねぇ?……―――。
[時を経て少しだけくすんだ、白い壁紙に赤が咲き乱れる。
心の中で彼の名を呼んだ。
今宵、死が二人を別つ。
けれど、私はこれからもずっとあなたを想い続ける。
心は貴方の傍に、いつまでも、いつまでも。
ねぇサイラス、貴方も思い出の私を、
いつまでも愛し続けてくれるでしょう?
愛してるわサイラス、あなただけを、何時までも…]
[失血に伴い、次第に遠ざかる意識の中、
夢見るように紡ぐ想いは執念に近く、
まるで呪いの様だと、気付く理性は
愚かなまでに初恋に狂う女の中には、もう残っていない。
苦痛や恐怖を凌駕する、喜びが其処に在った
永久の眠りへと堕ちて行く――……*]
―回想:素敵なお茶会?―
[二人きりの生活には広すぎる食堂で、
二人きりで使うには大きすぎるテーブルの端で、
此処は私の住む屋敷。
私の使いなれた銀食器を使って
何故だか牧師様が食事をしている。
私はその対格にお行儀悪く頬杖をついて、
その光景を眺めていた。
テーブルの上には横たわる私。
なんてへんてこな、夢]
[
牧師様は無邪気に笑うから、
私はその隣で、拗ねていると伝わる様に、
頬を膨らませて見せた]
あらまぁ、酷いわ牧師様。
お茶会でも食事会でも何でも良いけれど、
私と、の催しのつもりなら、
私の分の席とグラスを用意して下さらないと…。
[けれど牧師様に、私の姿は見えないみたい。
声だって届かない。
けれど仕方ない。
だってこれは、夢だもの…]
[眠る私は、そうと望んだ通り、綺麗な顔をしていた。
彼が見る最期に、相応しい顔をしていた。
そんな私を
お礼代わりに彼の頬へと触れぬキスを贈った。
この姿を彼が見たら、如何思うかしら?
美しいと、思ってくれるかしら?
私だけの王子様を。
けれど愛のキスで目覚めさせて欲しい訳じゃない。
私を愛するが為に嘆き、悲しみ、
そして私を彼の思い出に、美しい侭に焼き付ける、
その瞬間を、待ち侘びて、
もう鼓動を刻まぬ胸が、けれど弾む心地を覚えた。
ああ、早く彼が訪れないかしら。
私だけの王子様、愛しのサイラス**]
―回想:王子様の訪れ―
[
待ち侘びた瞬間へのカウントダウン]
私は此処よ、早く迎えに来て!
[眠る私の傍ら、
テーブルの上にお行儀悪く腰掛けて居た其処から飛び降りて
くるりとバスローブの裾を翻して、踊る。
そして、ふと気付く
あらいやだ、私ったら、こんな格好。
でも良いわ、綺麗な顔で眠れたから。
贅沢は言っちゃいけないもの。
心の中で、彼を呼ぶ。ねぇ早く、早く。
こっちよ?ねぇ早く、迎えに来て]
[随分と遠回りをする彼に焦らされながら、
けれど待つ時間も心が弾む
愉くて素敵なものだと、初めて知る。
彼の焦燥が、伝わってくる。
それはそのまま、私への想い。
「迎えに行ってあげたら宜しいでしょうに、
全く、意地の悪いお嬢様だこと」
姿は見えない、おばあ様の声が聞えた気がした。
軋んだ音を立てる扉。そうして、足音が近づいてくる。
5.4.3.2.1.……0!!]
[愛していると、
応えてくれた時と同じくらい、心が震えた。
深い悲しみは、それだけ私を愛してくれている証拠]
ああ、すてき。
もっと苦しんで、もっと悲しんで!
もっと聞かせて…――私の為の愛の歌を。
[最初はそうして歓喜していたけれど…
けど何故かしら?心が痛むの。
浮かれていた心が、沈んで行く。
蹲る彼をそっと抱き締めて、
けれどその体温にはもう触れられない]
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