60 ─昨夜、薔薇の木の下で。
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…薔薇の呪いで、結ばれるだなんて……。
[信じない。だってあの時も…そんな事は起こらなかったのだし。]
[甘い毒を孕んだ薔薇の木は、毒を満たす器を探している。
あの子はどうだろう、
あの子なんていいかもしれない。
その蔦の、絡まる先は。]
[夢で、薔薇の伸ばす蔦に絡めとられた少年が一人。
薔薇の棘の呪いを*受けた*]
[体の下で喘ぐ姿はあまりに艶かしく、
見上げる瞳は、吸い込まれそうなほどに妖しくきらめいていた。]
…ランディ……?
[濡れたその唇が、微かに囁く。
これでもう、逃げられないね…と。]
[それは、その下級生の言葉だったのか、それとも彼に取り付いた薔薇の精の言葉だったのか、今となってはわからない。
ただ、彼と自分の精気が薔薇の精に力を与え、哀れな小動物を絡めとってしまったのはその直後の事かもしれない。]
…わけがわからないよ〜。
何なんだよ〜。
[左手の、棘に刺された小指の傷は、もう痛まなかったが。
ツタ模様が広がっていることに、本人はまだ気づかない。それを通じて、薔薇の声が聞こえるようになっている事も**]
[くすくすと笑う声。"彼"の声。]
『僕を咲かせて』
『恋をちょうだい』
『想いをちょうだい』
『君の命の欠片をちょうだい』
…恋、なんか。
[夢うつつに聞いた囁き声に、ポツリと零す言の葉一つ。
恋なんか信じない。
思いなど信じない。
どうせ全て、搾取するための口実に違いない。
肌を傷つけた棘は、ゆっくりと蔦模様で侵食していくけれど、
心にはきっと、とっくの間に、抜けない棘が刺されていたんだ。]
………は〜い?
[きょとんとした表情までは、伝わらないだろう。
何せ声の主は自分には見えていなかったのだから]
誰?命のかけら?
それはまずいよ〜、俺分けられるほど強靭な命は持ってないよ〜。
『大丈夫、ほんの少しだけ』
『想いのままに触れればいいだけ』
『そうすればぼくは咲けるから』
[宿主の少年が選んだしもべに、薔薇の精はくすくすと笑いかける。]
『君の望みのままに。欲望のままに。ぼくを咲かせて。』
……うん。
咲かせる手伝いは、するよ〜。
[ごく素直な返事。“彼”を咲かせるのは、とても大切なことのような気がしたから。既に体に蜜の回った少年は、抗うことを知らない]
…具体的にどうすればいいかは、よくわからないけど。
適当にやったら、いいんだね〜?
[潜めた呟き。少年は、男を相手にした経験はない。
知識はあるし誘われたこともあるが、「体力ない」「女の子好きだし」「今闘病中で……」と、のらくらかわしてきた。大体は本当、時々は嘘。
かといって、女の子との経験も悲しいかな、ないわけで……]
[咲かせて欲しいという声が、甘い毒のように魂に沁み込む。]
踏み躙り、無残に散らしても…お前の糧にはなるか?
[自分の身体が覚えたのは、行為という名の搾取だけ。
優しく愛でる触れ合いすら、獲物を絡めとる罠としか見れない。
そんな心無い陵辱さえ、快楽に摩り替えることでやり過ごしてきたから。
昨夜後輩が腕の中で見せたあの表情は、自分には理解の出来無いものだった。]
『なるよ』
[薔薇はくすくすと笑う。]
『落ちた花も養分になる』
『踏みにじられた涙も糧になる』
……エヴァンス君〜?
[聞こえてきたもう一つの声には覚えがあった。
失礼ながら、名前が長くて忘れてしまったので、姓で呼んでいる医務室の常連。
声はすれども姿は見えず。]
………………
[何か不穏なことを言っている気がするのだけれど。
花を咲かせる為には、仕方ないんじゃないかな〜。]
…ノックス……?
[混線するように聞こえてきた声に、半覚醒状態の意識は困惑した。
それは偶然なのか、必然なのか。
互いに共通しているかもしれないのは、病弱な身体か、何処か歪んだものを抱えていた精神か。
どちらが薔薇の精に都合が良かったのだろう。]
………何か、不可思議現象が起きてるみたいだね〜。
[さらっとそれで済ませてしまったのは、細かいことを気にしない性格が故か。]
俺たち、花咲かせ仲間なのかな?
これ、みんなで出来たら便利だね〜。
[のんきなことをヴェスパタインに向けて言っている。]
…訳が分からないが……
[残念ながら、気にせずあっさり受け入れるようなおめでたい脳味噌では無かったため、やはり困惑の色が濃い。
けれどそんな違和感も、芳しく濃厚な薔薇の香りが溶かしていく。
心の芯に灯る衝動。
欲しいのは、刹那の快楽。
…本当に、それだけ?]
…あ。
ランディ…は?
[心配そうに問う言葉がこちらに向けられたのは、
何故だか彼も…同じ匂いがしたからかもしれない。]
ランディ?……ヨーランディス?
俺は、今朝は見てないな〜。
[昨夜の騒ぎを、眠りこけていた少年は知らない。
どちらに向けられた問いかはわからなかったが、答えておいた。]
なんで先輩にあんなこと言ったの?
[おどおどした声が囁きに混じる。]
『甘い蜜をあげたいんだ』
『とてもとても甘美なんだよ』
『みんなにもわけようよ』
[それから薔薇の声も。]
『ああ、ランディは眠っちゃったかな』
『だいじょうぶ、幸せな夢を見るよ』
…眠っ、て…?
[胸の奥が、なんだかチリリとした。]
大丈夫だ、って…
[自分で部屋まで帰れると言っていたかいないか…都合よく勝手に解釈しただけなのだろうか。
置き去りにしてしまったのは何故なのか、何故そんなことを後悔しているのか。
わからない、けれど…
脳裏をよぎる光景は、だるくて痛む身体を引きずって、とぼとぼと部屋へ帰る自分の姿。
そのあと…たぶん4日くらいは、晴れていたのに授業を休み、
校庭を走りまわるクラスメイトを窓から虚ろに眺めていたのだっけ。。]
!!
ノックス先輩?
[どこからか声が聞こえた気がして、少年はきょろきょろと辺りを見回した。]
…おい、どうした?
[自分以上に病弱な彼のことだ。
異変が聞こえれば流石に少し狼狽えたか。]
……セシル先輩にも、蜜をあげたいの?
[少年は不安げに訊ねる。薔薇は笑う。]
『そうだよ』
『蜜をわけて、手伝って貰うんだ』
[くすくす、くすくす]
……ねえ、僕はザック先輩のものなんだよ。
[一つの身体を共用するのでなければ、少年は薔薇の服の裾を引いていただろう。]
『だいじょうぶ、悪いようにはしないから』
[そんな、薔薇の声。]
ご めん
無事、いきてるよ〜………
[思いっきり心配をかけさせる台詞を吐いたことをかろうじて思い出し。ぼそりとこちらにも思念を飛ばすと、また沈黙する。**]
わわっ!
[薔薇の行動に少年は慌てる。]
だめだよ、口のキスは!
キスなんて別に…なんてことないだろうに。
心地良いのは認めるが。
[いくども穢れ、自ら穢しもした唇に、特別な思い入れなんてこれっぽっちもない。
粘膜に張り巡らされた敏感な神経が、そこにはあるだけだ。]
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