― バレンタインの終わり際・『朧の間』前 ―
[戸を引いて間もなく、隣人>>78は現れた。己よりいくらか高いその顔が廊下の灯りに照らされている。のっぺりとした表情は、普段と変わりなく見えた。]
……。
[鉛筆ひとつ届けてもらっただけだ。本来なら招き入れる必要はない。それなのに己は当たり前のように半身を引き、彼も入室の挨拶を告げる。しかし足が動いたのはこちらばかりで、彼は敷居を跨ぐ手前で動きを止めた。
開きかけた口は途中で止まってしまった。何を言おうとしたのかすら思い出せない。
彼がこちらを見ていたからだ。光すら吸い込まれてしまいそうな瞳で、彼が特別に想うあの絵画ではなく、己を。
差の少ない視界も、背を丸めて目を伏せてしまえば簡単に逃れることができる。静止の理由を尋ねることも先を促すこともせず、交錯を断ち切るように踵を返した。]
(91) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 00時半頃