――於:喫茶『ル・ミロワール』――
[今しがた書き終えた原稿を束ねて封筒に入れ、それから男は立ち上がった。
やや細身の百八十数糎の身体は、遠目にも良く目立つ。無造作に撫でつけただけの髪と剃り残された髭、眼窩の隈が、男の疲労―主に、睡眠不足による―を物語っていた。
ユリシーズ・エリオット、本名ウィリアム・ベンフォード。
本来、彼は『詩人』である。が、何度応募しても詩選には漏れ、佳作すらもままならない。
結果、望まぬ仕事で日々食いつないでいる。しかも、それで一定の評価を得てしまったものだから、これは堪らない。]
『誰しも向き不向きはあるんだ、描きたいものが書けるとは限らない。
良いじゃないか、何も書けないよりは。ほら、一応、ファンレターだって』
[編集者はそう慰めたが、そんな言葉がエリオット氏の心に届くはずもなく。]
(82) 2014/07/06(Sun) 21時頃