94 眠る村
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[どれくらい そうしていたか。
抱きついていた腕をそっと解いて。]
……初めて 自分から
こんなこと しました。
[ブローリンに抱きついたのは、自分ではない。
そのまま背をあやされたのは、己とて。
控えめな娘と陰気な娘――それでも、
きっと手を伸ばせば、難しくはなかったはずで。
見届けるように、
顔を――生ける者たちへと向ける。]
―食堂―
[着いた時にはクラリスはもうラディスラヴァから腕を離していた頃。
その存在に気づいても、暫くは動けなかった。]
みんな……、いたんだ。
クラリスも…………
[――おかえり、と 声が聞こえて。
ぱちり、瞬いてから その言葉が、なんだかおかしくて]
ただいま……、って 言って、いいのかな。
[これが日常なら、おかえりと言うのは自分の方で。
――それも、言えたことはなかったけれど。]
せっかくたくさんいただいた紅茶――
あまり、振る舞えません、でした。
[ごめんなさい――つぶやいたのは、
そんなこと。]
ふゥん。
君のことだから僕を差し置いて他の女の子に
声かけそうだとも思ったんだけどなァ。
[しゅん、となった相手の後ろから壁をすり抜ける。
便利なような、違和感があるような。]
其処まで言うなら探してごらんよ僕のこと。
見つけられたらフィルのお嫁さんになってあげるゥ。
[歩き出した相手の肩を掴んで振り向かせる。
――今度は、鼻先を噛まない、本当のキス。]
あ、でも次僕が女の子になってるって保証は何処にもないんだけどねェ。
[楽しいこともきもちいー事も次の次の人生までお預けかもーと言いつつ。
フィルの一歩先を歩く。*]
あら……
もっと、だきしめたり、すればよかったわね……
[離れるクラリッサの言葉に小さく笑う。
きっと、手を伸ばせば。
もっと仲良くなる未来もあったはず。
ほんのすこし、勇気が足りなかった]
フィリップ……、
[クリストファーとクラリッサの会話の合間。
やってきたフィリップに気づいて視線を向ける]
あなたも、こちらにきてしまったのね……
フン。おかえりに返す挨拶は、ただいまだろうサ。
[軽く鼻を鳴らして返す軽口。
結局のところ、あの宿に”ただいま”を言ったことはない。
言った相手は唯一人───彼にももう、言うことはないだろう]
ああ、なあに。
…、目覚めればナタリア婆さんが飲んでくれるだろ。
[これ以上の犠牲が広がらなければ。
人狼の力が消え失せれば、眠れる人々も目を覚ますのだろう]
本当はこっちでも淹れてやれりゃあ良かったんだが、
あいにく切らしていて、ねえ。
[告げるのはラディスラヴァに向けたのと同じこと。
死した男の手元に、馴染み深い芳香はない]
――フィリップ、くん。
[死ぬ前の――彼の告白を思い出す。
シメオンと彼がその後、どういう会話をしたのか知らない。
ただ、困ったように笑って。]
ありがとう―― "願って"くれて。
[返す感謝。
くらいくらい感情を塗り替えようとしてくれた、言葉へ。]
[追い抜かされたから、シメオンがどんな表情をしているのかは分からない。
一瞬触れた信じられない程やわらかな感触をパッキングするように右手で抑えたまま食堂に入る。
少なくとも、きもちいー事は、次の生でなくても出来てしまったと自覚すれば耳が熱かった。
入った先、見知った――死者たちの顔。
ラディスラヴァの言葉には、眉を下げ、頷いた。]
うん、死んだみたいだ。
[呼ばれた自分の名前に、心臓は動きを止めた筈なのにドキドキする。]
クラリス…………
[困ったような笑顔に、此方も微笑み返す。]
良かった、また逢えて。
……今度は、100パークラリス、だよな?
オレが願いたいと思ったのは、クラリスだったからだよ。
オレの方こそありがとう。
[――ドキドキの日々をくれて。]
おばあさま、 飲んでくれたら いいな。
[祖母と孫、たった二人。
その孫は、人狼となり死んだ――
残して逝ってしまった親不孝を想う。]
……、残念です、 クリストファーさんの、紅茶。
飲みたかった な。
[そう、こぼし――シメオンが見えたなら、
やはり言葉を失うけれど。
おかえりと、言われたわけじゃないけれど
少し迷って、控えめな声で――"ただいま"と、*言った*]
……かなしい、わね……
[さまざまな思いを詰め込んだ吐息を一つ、零し。
しずかに、みまもっている*]
──…、ああ。
[目覚めれば、老女には残酷な現実が待っている。
あの日、老女に縋って泣いていた孫娘はもう、この世の人ではなく、]
すまないねえ。
そのうち仕入れられりゃあ、いいんだが。
その時にはクラリッサ。あんたにもご馳走するよ。
とびっきりの、美味しいやつをネ。
[藪睨みを細めて、小男は笑う。
願わくば、これ以上の惨劇を見ずに済むことを。
そして───生者に死が、
穏やかに伝わってあればと目前の人のために、*願った*]
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