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「 ひとりにしないでよ、秋 」*
メモを貼った。
[ あれから5日が経っていた。]
[ ゾーイが癇癪を起さなくなった。
その代わり1日中ぐずって、
ぬいぐるみの耳を吸いながら、
誰かのそばに引っ付いていることが増えた。
ママは?≠ニ時折尋ねてくるので、
そのたびにパパを探しに行ったと伝えて、
はちみつをひとさじ舐めさせてやった。
胸が痛んだけれど、
とても本当のことは伝えられなかったのね。]
[ 数日前気が付いたときには、
電気が通らなくなっていたのね。
冷凍していた僅かな食糧もダメになっていた。
スマートフォンを充電しようとした、
お隣の息子さんが真っ先に気が付いて、
チクショウ!≠ニ声を荒げていたわ。
事態に気が付いたお隣のご主人が、
全員のスマートフォンを集めて、
むやみに使わないようにしようと言った。
バッテリーが残されている限り、
何か助けになる情報を探していたけれど、
安全な場所も食糧のありかも、
結局はどこにも見つけられなかった。]
[ 自動車ももうほとんどガス切れで、
最近はこの家から出られずにいるわ。
このあたり一帯は、
大きなおうちが多い住宅街で、
歩いて外に出ていったところで、
近くにはすぐに逃げ込めるような場所はない。
住むには良い場所よねなんて、
笑っていたのがずいぶんと昔に思えた。]
[ 日に日に外の世界が遠のいていく。]
[ 幸い、アレの知能は高くないらしく、
しっかりと門扉を閉じてさえいれば、
塀を超えて敷地内に入っては来なかった。
それが逆にわたしたちを、
ここから動けなくさせていたのかもしれない。
少なくともこの中にいれば、
ノーリーンのようになることはない。
けれど、確実に状況は悪化していったわ。
みんな元気がなくなっていった。
イライラしている様子もあった。
当たり前よね。
閉じ切った空間の中に身を寄せ合って、
食べることすらままならないんだもの。]
[ いくら襲われず安全だからといっても、
わたしたちはじわじわと弱っていっていた。
なんせわたしたちはもともと二人暮らしで、
お隣さんだって、旦那さんと奥さんのところに、
息子さんと弟さん夫婦が急にやってきたんだもの。
いくらお互いの家の食糧を持ち寄ったって、
これだけの人数で消費すればあっという間よね。
今晩もクラッカーを少し齧るくらいかしら。
ふと顔を上げたらリビングルームで、
ゾーイとウィレムがお互いにもたれて眠っていた。]
[ ジャーディンはきっと自室ね。
オッドを抱いて上がるのを見たわ。
ほかの大人たちもきっと、
それぞれに部屋で休んでいるんだと思うわ。
あまり栄養をとれていないからか、
だんだんと動くのもおっくうになってね。
何もしない時間が増えていたの。
いよいよ何か手を打たなくては。
わたしはそう考えながら、
犬たちの様子を見ようと部屋へ向かったの。]
[ ……ねえ、いのちに優劣があると思う?*]
メモを貼った。
メモを貼った。
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[前にゾンビが二階に入ってきたときは (29) 2020/10/24(Sat) 21時頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ ……兄貴。もう、大丈夫だよ。 (30) 2020/10/24(Sat) 21時頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[兄貴が噛まれてから、五日。 (31) 2020/10/24(Sat) 21時頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[対策を練る筈の政府や医療機関の人だって (32) 2020/10/24(Sat) 21時頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[そして、兄貴は僕に言った。] (33) 2020/10/24(Sat) 21時頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[クローゼットに背を預けたまま、話す。] (34) 2020/10/24(Sat) 21時半頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[背中からは、辛そうな息遣いに、笑い声。 (35) 2020/10/24(Sat) 21時半頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[……ポケットで、震える感触がする。 (36) 2020/10/24(Sat) 21時半頃 |
![]() | 【人】 地道居士 エニシ[こみ上げてきた涙を堪えて (37) 2020/10/24(Sat) 21時半頃 |
[ふっと意識が持ち上がる。
さっきまで夕暮れの帰り道にいたはずなのに
目の前にはぼやけた灰色の天井が見えている。
近くにカーテンでもあるのか、
さらさらと光が反射して煌めいて
まるで休日部屋で昼寝をした時みたいだった。]
……う、
[ここは。
もしかして、全部夢かな。
ゾンビとか、進が死んだこととか、
父さん母さんが死んだこととか
振られたこととか。
…………振られたことが嘘はさすがに無理か。]
[ともかくも、
もしかしたら悪い夢でも見てたのかも、と
そう思おうとした俺を現実に引き戻すように
左肩がつきりと痛んだ。
うめき声をあげると、近くで身じろぐ気配がする。
のぞき込んできたのは――]
「目ぇ覚めたか?」
あ? …………
……なんで、あんたが、
[ぼさぼさの黒髪にやつれた顔。
死んだ目をした、体格のいい男。
ネコ元帥がそこにいた。*]
[ 部屋の前でお隣のご夫婦と鉢合わせたの。]
あら、ちょうどよかったわ。
ご相談したかったの。
これからのこととか……色々と。
[ わたしはそう言って、
彼らのもとへと歩み寄っていった。
お二人ともやつれた顔をしていたわ。
なにか話をしていたようだった。
そうよね。このまま耐えてばかりいても、
どうにもならないことは皆わかっている。]
このままでは、
皆動けなくなるのを待つだけだわ。
でもまだ生きている人はいるはず。
きっとどこかに安全な場所が──、
[ いつも落ち着いているご主人も、
少し気が立っているように見えたわ。
わたしの言葉を遮るようにして言うの。
車はもうほとんどガスが残ってないんです
腕を組んで、しきりに唇を噛んでいた。
薄く剥けた皮を剥がしているのね。
落ち着いた品のある人だったはずなのに。]
ガレージの車。
もうずっと乗っていないけれど、
こまめにメンテナンスには出してるの。
古くて小さい車だから不安だけど……
[ ご主人はゆっくりと首を横に振ったわ。
仮に動いたとして、
とても全員は乗れないでしょう
きっとそんなこと、
もうとっくに考えてたとでも言いたげにね。]
誰かが生き残っている人に助けを求めて、
そしてまた迎えに戻って来ればいいわ。
[ そう言った私に、ご主人は小さく笑ったわ。]
ならキーを渡してください
我々が行きますよ、大人を代表して
それは……、
[ わたしは黙り込んでしまった。
彼らに鍵を渡して、送り出して、
帰ってくる保証がどこにあるの?
戻ってきてくれなかったら、残された側は?
外への連絡手段だってもうないのよ。
今度こそどうしようもなくなってしまう。
ご主人はため息をついたわ。
……そうでしょう。
近所に食糧を探しに行くとは違うんです
わたしの言葉を封じるようにそう付け足してね。]
けれど、そうはいっても、
このままだともう……、
どうにかしないと。何か手はないかしら。
[ 庭で火を焚いてみるとか、
バルコニーから信号を送ってみるとか、
そんなことはもうとっくに試していたわ。
少なくとも今まで、
外界からの反応は何一つとしてなかった。
外をうごめくものの数が、
日増しに増えているように見えるばかり。
私たちだって考えてはいますよ
別に非難したつもりはなかったけれど、
ご主人は少し気分を害したようだった。]
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