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[チリンと近くで鈴の音が鳴る。
懐かしい東洋の音。口にした言葉に耐えきれず、鈴の音の方角に視線をそらすと──舞台で見掛けた少女が居た。キモノ──日本人か、日本人の格好をさせられたアジア人。彼女はグロリアの弟に買われたのか。また、黒髪の客の側にも身憶えるの有るおんなの姿が有る。
イアンも含め、買われた奴隷達。NO.4も売れたらしい。]
― →舞台袖 小部屋 ―
―――――…
[入れと押し込まれた部屋は狭く小さい。
ジャラリと鎖の音と共にその中へ。
鍵のしまった扉を開く、買い手の姿が見えるまで
その扉を唯、静かに 睨みつける金の瞳。]
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―― 舞台袖の個室 ――
[少女はただ、買った主を――現状命の恩人を、慎ましやかに佇んで待っている。]
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[硬翠から落ちた涙は、またきぬを勝手に濡らしたと怒られるだろうか。
けれど、今はそんなこと言われようが構わなかった。
手の甲で、ゆっくりと拭う。瞬きを何度か。
それでもときどき思い出したように落ちてきた。
それは、そんなに長い時間ではなかった。
翡翠に袖を通して、不快ながらもちゃんと穴に房飾りを通す。
顔をあげても、まだ硬翠は時折雨を降らせた]
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[背筋を辿る指に甘やかな声を漏らして、髪を引かれるまま逸らす白い喉。
首に触れる手には、ことさら敏感に反応する身体。
痛みと怯えに眉を歪めて、ほぅ…と熱い吐息をこぼした。
いつだって、すきなことができる。
その言葉だけで…もう、何をされても構わないとそんな気持ちになってしまう。
女は自分を求める方に、お仕えするためだけに育てられたのだから。]
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[奴隷を買って欲しく無いのかと問われ>>6:*94、イアンは頷く。
勿論、そのまま奴隷として連れて来られた人間が現世に戻れるとも考えていない。イアン自身を含めて。寧ろ、外で自分達が生存者として扱われてるのかもあやしいものだ。イアンのように名も無き移民ならいざ知らず、何百年も歴史をたどる事の出来る貴族の家ならなおさら。]
育て、躾け、
作り替えずには 居られないの かな。
[絡んだ指が外される。グロリアの名を呼ぼうとする、イアンの声は口の中で消える。]
― 客席 ―
―――…はい。
[共に、と言われれば素直に従う。
よろりと力なく立ち上がれば、一度身を軽く身じろぎして。
りりん、と鈴は二箇所で啼く。
主人が歩き始めればそれについて後ろを歩む。
あまり速くは歩けないが、主人の歩む速度が速ければ、親に置いていかれまいとする子猫のように必死に歩いた。
まだ、気付いてはいない。
買われた奴隷に、明るい未来など―――ないということ。]
女モノの服の方が良かった?
なら着替えるよ、僕は『買われた』んだしね。
[肩を竦める。現れた姉の方が破瓜の時の約束通り自分を買ったようだと、遅まきながら理解した。]
ビジネスパートナーとして求められたわけではなさそうだ。
……僕は何をすれば?
[枷を外されるのに、抗いはしない。
出られないし捕まる、との言葉にも頷く。
そもそも少女は腕っ節が強い方ではないし、舞台で疲労困憊していたのは現在進行形だ。
ガチャン、と長く戒めであった鉄枷が外される音がした時。
果てしない安堵と、何かが心の中で壊れてしまった気がした。
一度だけ、自由の空気を噛み締めた後は、また奴隷の末路。
華奢な左足首は走るのも無理そうなほど、赤く擦れて血が滲み、腫れていた。]
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ふぅん。
[水玉の出来た翡翠に袖を通し、此方へ顔を上げた青年
男は一連の動作に口を挟むことなく見ていたが
着替え終えた彼の瞳にまだ雫が浮かぶのを見て鼻を鳴らす。
精神的なものの方が堪えるのだろう、と思いつつも口には出さず]
着替えも終わったし、食事の後で散歩にでも行こうか。
先ずはその首輪に鎖を付けてあげようね。
屈んで。
このままじゃ首輪に届かないだろう。
[控えている召使に鎖の先を持たせ
男はソファーに座ったまま青年を手招いた]
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― 舞台袖/個室 ―
[ノックの音に視線を上げて見据える。
入ってきたのは紳士服を着た あの灰青。
優しそうな仮面を被った、男の声色に カッと血がのぼる。]
ッ…てめェが―――― !
…シノ、どうして。
[ジャラリと鎖を鳴らして殴ってやろうかと思った矢先
背後に見えたのは、異国の女の姿。
漆黒の瞳に、金の瞳が一寸奪われるけれど すぐに逸らす。
駄目だ、と 自分に言い聞かせるような態度で。**]
[それから、気を紛らわすように 言葉を続ける。]
…俺が確かに買われたなら
――家に…、親父に金が入るはずだ。
確認させて欲しい。**
ふうん、随分といい待遇なんだね?
勘違いしちゃうよ?
期待なんて、最初からしていないけれど。
[いまいちはっきりしない様子のグロリアを怪訝そうに見やりながら、手当てを受ける。
どうやら彼女の興味は、あまり自分にはないようだと知れるか。
少なくとも、同室でやりとりされる、もう一人の買われた者に比べれば。]
今は吐き気が酷くて、あまり何か食べられる気はしないな。
[ふるりと首を振ると、一緒に漆黒の羽も揺れる。貴婦人のカメオで留められた、鴉の濡れ羽色。]
そう、ビジネスしなくても、お金が有り余るような生活なんて、夢のようだね。
[目元を擦る仕草は、少しだけ子供みたいだっただろうか。
相手が何を考えているかなど知らない。
ただ、暫くは押し黙っていた]
…。
[まだ涙が完全には引かない瞳はぼんやりと男を見た。
少しぎこちない足取りで、男の傍らによる。
それからしゃがむ。しゃがむ、というよりは、ぺたりと坐り込むといったほうが正しい]
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[濡れた瞳を此方へ向ける青年
眼差しに鋭さが欠けているなと思った]
おや、力が入らないかな。
[座り込めば後ろへ埋めている玩具が奥を刺激してしまうだろうに。小さく笑い、濡れた頬に指先を伸ばす]
どうして泣いているんだ?
答えなさい。
[落札した奴隷を迎える為に、優しげな笑みを浮かべながら舞台袖へ向かう紳士。先に買われた紅い着物の少女が、複数の鈴の音を響かせながらあやうげな足取りで仔猫のように追い縋る。
それから、グロリアの背。ドレスは最初とは異なり露出の少ないもの。
グロリアの名前を飲み込んだまま、イアンは取り残される。その場に突っ伏してしまいそうな程、手足がガクガクと震えていた。]
…… 分からない。
嫌だ。
[形を変えて、繰り返さなくてはならないその歪な行為が、受け入れ難い。
だが、もしもグロリアがそうせずには居られない、それが血だとでも言うのならば。グロリアのものになってしまったイアンには如何とも出来ないのだろうが。]
[やたらと弱気なグロリアに、首を傾げる。
少なくとも以前に感じた女王然とした威厳すら、損なわれてしまったよう。
消毒液が傷に沁みて、使用人を蹴飛ばしそうになっても、お咎めなし。
舞台に比べて、何とも平和な心地。]
そう、客席から見る舞台はどんな悪趣味なのかな。
[興味は半々といったところ。素直に頷いて彼女に続いた。足元は、矢張り覚束無い。
最後にちらり、テッドを振り返り、唇だけで「じゃあね」と形作った。]
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― 舞台袖・個室 ―
―――ちりん…。
[鈴の音が止まって。
個室の中へと進む主人に倣って、同じように部屋の中へ。
そこに居た彼は。
数刻前と変わらない、力強い金の瞳を湛えて。
その光る金を見れば熱いものがこみ上げてきた。
安堵する暇もなく、青年が主人へ掴みかかろうとするのを見れば]
…あ、っ!
[思わず声があがる。
青年も此方に気付いたのだろう。
じゃらりと鳴った鎖は勢いを消して、拳が振るわれる事は無い。]
え……、…?
[名を呼ばれて驚いた。
どうして彼が知っているのだろうと思った。
大方、主人が舞台に上がった時に彼に囁いたか。
複雑な想いを抱きつつも漆黒は金の瞳を見詰めていたが、ふとその視線が逸らされれば、少しだけ眉が下がった。]
[座りこめば、中に自然と押し込む形になって、
少しだけ喉が震えた。
伸びてくる指先を、また落ちた涙が濡らす]
『…かなしい、から』
[呟く言葉は何処かぼんやりとしていて。
男の事もまともに把握できているのかどうか、定かではない。
ゆっくりと瞬きを繰り返しても、瞳に精彩は戻らないまま]
[指先で頬を拭い、雫を舐めろとばかり彼の唇へ運ぶ]
何が悲しい?
地下室と比べたら随分破格の待遇だろう。
[召使に視線を送る。
髪の短い片割れが彼の首元に手をかけた。
かちゃ、と金属音。
蛇の口に鎖が嵌まる]
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小僧 カルヴィンがグロリアに続いて、客席にやってくる姿を見付ける──。
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[車椅子は断ったが、低めの身長に合わせたステッキは必要だった。
まるでその棒切れに縋るようにしか歩けない。そのことに、矜持がまた疼く。
思い詰めた表情のグロリアにも、こちらはどこ吹く風。呟きは届かない。
客席から見た舞台は、ドギツイ照明に照らされて悪夢の見世物小屋のよう。未だ使われていない器具も雑多に並べられ、よくも、と溜息しか出てこない。
椅子のように四つんばいになったツィーを見つければ、その唇は更に歪むことになる。]
『───服』
[ただ一言だけ、小さく呟いた。
首筋から聞こえる金属音。
けれど、それにも表情は変わらない。
口元に運ばれた指先に、何の抵抗もなく、口付けて赤い舌をちらつかせる。
その姿は、まるで猫が指先を舐めるに似ていた]
[許されるのならばそっと、まだ腫れているだろう彼の傷をいたわるようにそっと撫でる手。
踏まれた痛みに中指と薬指は動かなかったけれど、それでもその手つきはあまりに優しく。
口にせぬまま願うことは、せめて飽きられるまでの短い間でも自分で愉しんでもらえたらと。
その手で壊されてしまっても、きっと構わないのだろう。]
メモを貼った。
服を着せただけだろう?
そんなに嬉しかったかい。
[的外れと知っていながら、低く甘い音で囁いた。
服に対してした事といえば、ナイフで丸く切り裂いた事
祖国を思い起こさせる一つにキズを付けた事
それほど堪えたのかと
指先を舐る姿に瞳を細めながら]
そろそろ自覚してもいい筈だよ。
御前の名前を言ってご覧?
[召使から鎖の先を受取り、首を傾ぐ。
濃い金糸が頬にかかった]
お互い五体は満足みたいだね。
ここから見る舞台はどう?
[グロリアが縋る様に手を伸ばす先の長身に、軽く片眉を上げて見せる。
まるで情夫のようだ、という感想は奴隷に抱くには不相応なもの。]
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[一見、寄り添う二人は仲睦まじい恋人のようにも見えなくもないのだろう。
けれども女は薄い上等の絹一枚だけを身につけて、胸郭を縦に裂くような色鮮やかな蚯蚓腫れの傷を刻まれている。
やがて貴婦人が新たな奴隷を連れて戻れば、そちらの方へとやわらかく笑みを返すだろう。
それはあまりに幸せそうに満ち足りて、けれども哀れなものかもしれぬ。]
[そう、きっと…
この立場と状況が、とても幸せなのだと思えることが、
不幸な女の幸せであり、幸せな女の不幸なのだろう。]
そこの、開いている席も駄目?
[帰ってしまったジェレミーの分と、ツィーに座っているヴェスパタインの分。二脚の椅子が余っているけれど、立っていろと言われるなら立ち続けるのが奴隷。
グロリアの苦悩も知らず、柱に体重を預けるようにして、底冷えのする瞳で舞台を見詰めている。]
……。
[少しだけ、首を横に振りかけて、少し間が相手から小さく縦に振った。
頷かないと怒られる。またひどいことをされる。
服だけじゃなくて。他にも。きっと。
また、一つ涙が落ちて翡翠を濡らした]
……『 يشم(jade)』
[違う。本当は、別の名前。
だけど───もう、痛いのは嫌だ]
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