162 絶望と後悔と懺悔と
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─ 陸軍駐屯地:東端傾斜地 ─
[その鬼は──見目は可憐な、 人形と見紛うほど美しい少女であるのに そこに心があると信じられないほど冷たい声を出す。
だから──]
…──よかった
[だから絢矢は──安心する。]
ホリー・ニルヴァーナがオマエみたいな鬼で良かった。 オマエが相手なら、 優しいボクの仲間達でも、躊躇いなくオマエを殺せる。
(8) 2014/02/12(Wed) 00時頃
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[止血する暇もなく加え続けられるダメージに 血は止め処なく溢れ続け、 絢矢の視界は既に夜が訪れたように暗い。
ホリーの声も、どこか朦朧とした意識の中 遠くから繰り返し響くよう。]
…──そうなる前、に
オマエを……
[嗚呼──鬼の、言う通りだ。]
(円も、周ちゃんも、サミュエルも、 涼ちゃんも、キャロも、みんな、優しくて──)
[──だからボクは、 一人でもみんなを殺せるようにと思ったのに──]
(30) 2014/02/12(Wed) 00時半頃
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(…………ねぇ
またいつもみたいにボクを撫でてよ……。
キミが頭を撫でてくれたら ボクはどんなことでも頑張れるんだ……。
ねぇ、リッキィ……)
[視界が霞む。
鬼の纏う漆黒のレースの裾も 我が身と大地を染め上げた真紅も
もう、見分けが付かない──。]
(37) 2014/02/12(Wed) 00時半頃
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[次第に遠くなる意識の中 眷属に──という少女の言葉を聞くと 絢矢は歯を食いしばり、首を横に振った。
日本刀が揮われるなら、抵抗もなく斬り伏せられるだろう。
けれど──、 鬼がその言葉を実行しようとするなら、 その前に、小太刀で己の喉を掻き切るつもり──。]
(45) 2014/02/12(Wed) 01時頃
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神……宿…──、
[離れゆく気配に、 疲弊しきった躰から力が抜けた。
それでも──意識だけは手放すまいと]
直、おに、ちゃ──
連れて、く
[血が滲むほど強く、己の手の甲を噛んだ。]
(49) 2014/02/12(Wed) 01時頃
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[陸軍駐屯地の東の端──緩い傾斜を僅かに下った処。
転がる機動隊の亡骸に紛れるように、 虚ろに眼を見開いた首を抱いて 誰のものとも判然としない血溜りに臥した少女が一人。
──首のない躰に寄り添うように倒れている。
誰か駆け付けて声を掛ければ 白蝋のような面を上げて、直円の躰を指し示す。
意識を失っても、首だけは離そうとせず──*]
(55) 2014/02/12(Wed) 01時頃
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─ 帝都守護部隊隊員宿舎 ─
[救助された直後、 絢矢は多量の失血で病室に運び込まれ それから一昼夜眠り続けた。
目を覚ましたのは深夜。
闇に眼が慣れるのを待って 絢矢はそっと点滴を外した。]
(64) 2014/02/12(Wed) 01時半頃
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[聖水銀──始祖の血を 僅かずつでも身に取り込み続けた影響で 傷の治癒は常人より遥かに早い。
それでも、酷く抉る為の武器に傷付けられた肩の傷は、 まだじくじくと膿み、高熱と痛みを発し続けている。]
…──お兄ちゃん
[その手に首のないことを知ると 絢矢は周囲を見渡し それでも見つからないと裸足のまま寝台を降りた。]
(68) 2014/02/12(Wed) 02時頃
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[暗い廊下に、 ぺたりぺたりという足音が響く。
身に付けているのは手術用の簡素な貫頭衣一枚。 季節はまだ冬の最中。 膝上まで覗いた白い脚が、薄闇に浮かび上がっている。]
(73) 2014/02/12(Wed) 02時頃
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[幽鬼のような足取りで 笑みを忘れた機械の少女は遺体安置所を目指す。
いる確約はない。 けれど──自分が守ろうとしたものを 安吾もジャニスも蔑ろにはしないだろうと 確信めいたものを抱いて、分厚い扉を開いた。]
─→ 遺体安置所 ─
(75) 2014/02/12(Wed) 02時頃
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[そこは気温だけは周囲より低く設定された 只々広いだけの部屋だった。
先日の戦いで出た死傷者の数は優に数十を超え、 通常の施設には収めきれなくなった遺体を 家族の元へ返すか、あるいは荼毘に付すまでの期間 置いておくだけの場所。
遺体を収める袋の数さえ足りず 布を掛けられただけの遺体が数十 横並びに寝かされていた。
中には──手足や頭など、 躰の一部が胴から分かたれたものも、多数。
絢矢はその中を、死臭に顔を顰めもせず ぺたりぺたりと足音をさせて歩いて行った。]
(87) 2014/02/12(Wed) 02時半頃
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─ 遺体安置所 ─
[吸血鬼とされた者の中には 隊員の家族だった者、知人だった者もいて そういう者は、隊員の遺体と共に安置所へ運ばれる。
例えそれが味方を幾人も手に掛けていたのだとしても。 自分達は鬼とは違うと示すかのような“平等”を、 帝都守護隊は貫いている。
直円の遺体は、部屋の奥。 吸血鬼化させられた人間の安置された 少し他と隔てられた区画に横たわっていた。]
(105) 2014/02/12(Wed) 11時半頃
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[白いシートの下には胴体の膨らみがあり シートは少しだけ深く沈み込んだ後、 一抱えほどの丸いものの形に膨らんでいた。
中を見なくても、シートの端に 彼が使っていた鉤爪が置いてあり、 この遺体が直円のものだと示している。
絢矢はそれを一瞥すると ぺたぺたとそこへ近付いて行ってシートを捲る。
直円の遺体は、血も埃も綺麗に洗い落とされていて>>85 その死顔はとても穏やかに見えた。
──例えそれが、唯の願望だったとしても。]
(106) 2014/02/12(Wed) 11時半頃
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[絢矢は、冷たい床にぺたりと座り込み 暫くは兄の頭を無言で見下ろしていた。
閉じられた瞼の下に、忌まわしい紅の潜む。]
───…
[吐く息の白さと体感温度が比例しない。
感覚を失ったように何も感じない膚が 部屋の温度と同化するように冷たくなっても 絢矢はまだ、座り続けている。
やがて、直円を見るのをやめた絢矢は鉤爪を手に取った。]
(107) 2014/02/12(Wed) 11時半頃
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[鈍い輝きを放つ凶悪な姿形。 抉った肉を更に掻き乱すように拵えられた形状。
この武器に抉られた肩の傷は一生残るだろう。 ともすれば痛みさえ。
熱と痛みを訴え続ける傷口は 兄が生きていた証のようで──]
──────、
[絢矢は──鉤爪の先端を、 己の頬へ引き寄せ、 爪の先の食い込むほどに強く押し付けた。
そのまま引き下ろせば、 きっと貌にも消えない痕が残る。
それは薄れない兄の記憶となり──]
(108) 2014/02/12(Wed) 11時半頃
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[けれど────]
…──直
[絢矢の手はそこで止まった。
成そうとする意思が、 止めようとする何者かの手に抗うように 鉤爪を掴んだ手を震わせる。]
お兄ちゃ──……。
[今際の際に呟かれた直円の言葉>>428が絢矢を縛る。
傍目にはわからない攻防が数十秒続き 絢矢は諦めたように鉤爪を置いた。
鉤爪は僅かに頬の表面を傷つけ、 赤い玉を浮かせるに留まった。]
(109) 2014/02/12(Wed) 12時頃
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[絢矢の手が、直円の頭部を抱え上げ胸に抱き寄せる。 髪を梳いて、そこに兄がいるように語りかけた。]
直お兄ちゃんは本をいっぱい読んで賢いはずなのに、 やっぱりちょっと抜けてるね。
ボクの顔なんて大事にしてもしょうがないのに 傷付けないように無理な戦い方までして。
……ごめんね、お兄ちゃん。
ボクが誰かに嫁ぐ日は永遠に来ない。
だって お兄ちゃんをこんなにしておいて ボクだけ幸せに、なれるわけがないでしょ───?
(111) 2014/02/12(Wed) 12時頃
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[もう戻れない。
彼らも、自分も。 直円の他にも、孤児院の子らを眷属とした──と ホリーは円に告げていた。
ずっと考えていた可能性の最も避けたかった形での肯定。]
ボクはこれからも──みんなを殺す。
[生き残ってしまったから。 他の誰にも同じ思いをさせたくないから。]
ホリーも始祖吸血鬼も殺す。 孤児院ではぐれた仲間も殺す。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも弟も妹も、 鬼になっていたら──全部殺す。
(112) 2014/02/12(Wed) 12時半頃
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[例えばそれが、幼い憧憬の対象であった真弓でも。 小さな自分をすら女の子扱いしてくれた理依でも。 霧のように寄り添い体温を分けてくれた明之進でも。 穏やかで繊細で、顔を見ると少しだけドキドキした零瑠でも。
誰よりも長く、誰よりも近くにいて、 きっとお互い、誰よりも仲良しだったと思っている 大切な、大好きな──リッキィでも。]
(114) 2014/02/12(Wed) 12時半頃
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待っていてね、お兄ちゃん。 ボクがちゃんとみんなを解放してあげる。
…──それで、
全部の贖いが終わったら、 “そっち” で会おうね?*
(115) 2014/02/12(Wed) 12時半頃
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─ 帝都守護隊隊員宿舎 ─
[陸軍駐屯地での衝突から三日後の朝。 周と涼平の失踪──鬼に連れ去られたとの目撃情報──を聞き 絢矢は隊員の止めるのも聞かず、単身宿舎を飛び出した。
最初に向かったのは激戦の爪痕色濃い陸軍駐屯地。 司令部と通信施設だけが辛うじて復旧していたが 急拵えのそれはいつ吸血鬼の襲撃に遭うとも知れず 近く、完全に放棄される予定だと聞いた。
再び陣を敷くほどの兵が、足りていないのだ。]
(117) 2014/02/12(Wed) 13時頃
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[施設の撤去作業の傍ら、 破壊された対吸血鬼武器の回収も進んでいる。
建物の一つに集められたそれは、 持ち主が生きていれば宿舎に持ち帰られ、 持ち主に返還される予定となっている。
周の武器は、まだ駐屯地に置いてあった。]
周ちゃん──。
[真ん中で見事真っ二つに断ち折られた刃と白鞘を 布に包んで胸に抱き、持ち主の名を呼ぶ。
厭な想像が過ぎる。 もし周と涼平が、鬼になって戻って来たら──。
そしてそれは、決して低い可能性ではない。]
(119) 2014/02/12(Wed) 13時半頃
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[これ以上何を捨てればいいと言うのだ。 何かと引き換えにしなければ、 今以上の強さを瞬時に得ることなど出来やしない。
笑うことはやめた。 泣くこともやめた。
次は痛みを捨てようか。 それとも書物に描かれた達人のように目を潰せば、 見たくない物を見ずに、 本当の機械のように敵を屠れる鬼になれるだろうか。
そう──それは鬼だ。
強さを求めれば求めるだけ、 斃すべきモノに近付いてゆくような────錯覚。]
(120) 2014/02/12(Wed) 13時半頃
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[内蔵を冷たい手で撫でられたような 悍ましい想像の感触。
絢矢は折れた長ドスをきつく握り締め、 それ以上の収穫の得られそうにない駐屯地を後にした。*]
(121) 2014/02/12(Wed) 13時半頃
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[周の武器を携え、次に向かったのは 駐屯地に程近い補給基地。
失踪者の情報を求め手当たり次第話を聞いたが 有力な情報は掴めなかった。
落胆を抱え補給基地を出る。
小袖の上には 丈の長いケープ風に改造を施した軍服。
さて次にどこへ向かおう──と辺り見渡して 見慣れない砂色の外套を纏った人影>>103を見つけた。]
(129) 2014/02/12(Wed) 18時半頃
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[砂色の外套の下から覗く色は赤。 隊の中に赤を好んで着るものはいない。
赤は──鬼の色だから。
しかし、敵地に一人で鬼が現れるとも思えない。]
───…
[自分の知らない隊員か、 隊員の身内だろうと推測しながら 念のため警戒を解かず、砂色の人影へと足を向けた。]
(135) 2014/02/12(Wed) 19時頃
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─ 補給基地 ─
[砂色へと、歩調変えず歩み寄る。 顔は端から隠していない。]
───ここに何か用?
[急襲に対応出来る距離を保って、声を掛けた。]
(140) 2014/02/12(Wed) 20時頃
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───?
[相手の息を呑む気配。 訝るように速度を落とし]
……───
[いたんだね、と言われ──悟る。 記憶の中と殆ど変わっていない声。 纏う空気は飄々と。]
理、依──?
(142) 2014/02/12(Wed) 20時半頃
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[外套の下から、 五年の歳月を窺わせぬ幼さの残る容貌が表れる。
眇めた眼は理依の瞳へ。 虹彩の色を確かめようと視線が注がれる。]
───、
[ホリーがはっきりと名指しで眷属と呼んでいた理依。 確かめるまでもないけれど、僅か距離を縮めて]
何をしに、来たの。
[感情の読み取れない、機械の貌で尋ねた。]
(147) 2014/02/12(Wed) 20時半頃
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どうして?
[理依が殺し合いを否定した直後、絢矢は尋く。]
直お兄ちゃんを、ボクは殺したのに。 ボクを殺さなくて──いいの?
[構えはまだ取らない。 白い外套の下、周の白鞘を撫でて]
円もサミュエルも、キャロも。 みんないる。
[現状を説明しながらも 笑まぬ菫は無感情に瞬く。]
(149) 2014/02/12(Wed) 21時頃
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