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受付 アイリス! 今日がお前の命日だ!
そんな、こと知りたく、ない。
[まるで駄々をこねる子供のようだと、自分で思う。
きっとドナルドは、昔に何かあったのだと、なんとなく、気付いたけれど。
それでも。
知りたくなんて、なくて。
ただ、椅子に深く腰掛けたまま、動かなかった。]
[“声”がした時、少女は夢と現の間をさまよっていただろうか。
びくり身体を震わし、ドナルドの視線を受ける。強張って、何も浮かばない顔で。]
……い、や…
[睨みつけられるとその視線から逃れるように床を見つめる。]
[
そして。
気配が、動いた。
アイリスが眠る、階段へと。]
だ、だめ…っ
[思わず叫んだ。立ち上がった。
でも、足はそれ以上動かなかった。
それは恐怖からだろうか。
それとも――]
[ 突然耳に届いた声。果たして少女は目覚めただろうか。
左手、人の姿の時よりも巨大で毛むくじゃらなそれでアイリスの首を絞めあげた。]
おおっと……寝ているヤツらの邪魔にならないようにしようぜ?
[ 牙をこすり合わせるように哂う。
暗闇の中、少女の瞳に眼帯をかけた狼の顔が映っただろうか。]
悪いなぁ、フランシスカがどうしてもって言うからよぉ。
[ 空いた右手で上着を引き裂き、肩口を顕にする。
そして、散々心の中で描いていた様に、牙をそこへと突き立てた。
右手の爪で腹を裂き、中を掻き分ける。
激痛に叫びをあげようとしても、絞める左手はそれを許さない。
探るような右手が、とうとう一番熱い肉を探し当てた。
それを引きちぎると同時に喰いちぎる――少女はいつしか事切れていた。]
うめえ! こいつはいいぜ、最高だ!
[ 肉を飲み込み、哄笑する。]
フランシスカァッ! 一番旨い所をくれてやる!
とっとと来やがれ!!
[ 少女の味に陶酔しつつ、叫んだ。
右手の中、弱々しく脈打つ熱い肉を潰さぬように気をつけながら。
同胞が来たのならそれを渡しただろう。
来なかったとしても声を頼りに探し当て、どちらにしても、その熱い肉を口へ運ばせる事だろう。*]
―昨夜―
いやあ…っ
[“声”を拒絶するも。
身体は。本能は。人狼としての、本能は。]
や、やあ……あ、あたし、は……
[その場から逃げ出すことを、許してくれなくて。
むろん、逃げ出したところで、どの道見つかってしまうだろうこと、わかってはいたけれど。]
―アイリスの部屋・回想―
[ 怯えたような同胞の声に苛立を覚える
何時まで下らねえ事に拘ってやがる、あのガキ……。
[ 何時までも食事に現れない同胞に業を煮やし、怒鳴った。]
いいからさっさと来いッ!!
命令だ! フランシスカッ!!
[ 『強制』の意志を込められた、人に聞こえざる怒号は村中に響いた。]
――っ
[響いた怒号に、ぽたり雫が落ちる。
ふらり、足が階段へと向かう。
ぽたりぽたり、落ちる雫はすぐさま消えるけれど。
輝く道はアイリスが永眠る部屋へと。]
[ ふらふらと現れたフランシスカに、血に濡れた顔のまま笑ってみせた。
遅かったじゃねえか。
まあいい、冷めたら不味くなっちまうぜ?
[ そう言って、横たわるアイリスがよく見えるようにベッドから離れる。]
[紅のにおい。
それから感じるのは。]
……あ、いりす…
[瞳に映った光景に、へたり床に座り込む。
紅。紅。紅。
紅の世界。
夢と現が混ざりあう。]
[ 床にへたりこみ、アイリス同様動かなくなった同胞。
ゆっくりと近付き、その前に屈んだ。]
ほら、食えよ。
[ 逃がさぬよう左手でしっかりと肩を捕らえ、右手の肉を口元へと差し出す。]
[紅い世界にとらわれて。
捕えられた肩も、差し出された“アイリス”も。
うまく少女の中に入ってこなくて。
意識が働かないまま、口を、開いた。]
[ 心ここに在らず。だが、本能には抗えなかったのだろうか。
呆然としながらも開いた同胞の口に、右手のそれを押しこむ。
ほうら、熱いだろう? 甘いだろう?
――この味を知っちまったら、もう戻れないだろう?
[ 酷薄な笑みを浮かべたまま、目の前の少女を注視する。]
――ぅ…あ……っ
[押し込まれた肉片。
その感覚に、感触に。
意識が戻って。
咳き込んで。]
そ、んな、こ…
[涙目で、笑みを睨む。
でも。
ぽたり。涙が零れ落ちる。]
…そんな、ない、あた、あたしは…
[ 咳き込む同胞。だが、掴んだ肩を放しはしない。
……お前は?
[ 笑いを崩さぬまま、瞳の奥を覗き込む。]
人に聞こえねえ声を聞けるテメエは?
人に聞こえねえ声で話せるテメエは?
たった今人の肉を喰らったテメエは?
それでもテメエは、ヒトのつもりで居るのか?
そんなテメエを、他のヤツらはヒトと思うのか?
――諦めろ。もうテメエはヒトじゃねえよ。
[ 冷めた声で断言した。]
[語られる言葉。]
や、は、離してっ
[事実としか、思えなくて。]
……やあっ
[でも。思いたくなくて。]
…あい、りす……
[頭を振って、聞きたくないとばかりに。]
[ 離せと暴れたところで、狼の力で抑えていれば、解けない。
違うだろう?
その程度じゃ毛虫も殺せねえぜ?
[ 仮にその拘束を解けるものが居るとしたら、同じ狼の力を持つ者のみ。]
――諦めろ、テメエはヒトじゃねえ。
[ 再度、訴えかける。]
[“少女の力”じゃ敵わない。
そんなこと。]
……わか、ってる…わかってるよ…
[ぽたりぽたりと涙が落ちる。
ヒトじゃなくて。
人狼で。
わかりたく、ないけれど。]
なん、で…なんでぇぇ……
[ヒト、だったのに。
ヒトとして、過ごしてきたのに。]
やああああああああっ
[自分の、変化が。]
[ 何故という疑問、それに対する解は持ちあわせては居なかった。
過去の己も、現在の己も。]
さあな……だが、外国のヤツがよく言ってたんだがよ。
Que sera, sera……『なるようにしかならねえ』って意味らしい。
[ いつしか表情からは笑みも、怒りも消える。
少女の変化を目の当たりにし、その言葉を呟いた。]
『なるようにしかならなかった俺達』は、これからどうなるのか……。
俺達の方法で聞いてやろうぜ……ヒトの神サマによ。
[ ただ、少女の変化を見守る。]
[笑みも、怒りも消えた表情をどこかきょとんと見上げて。]
…Que sera, sera……?
[ぼんやりと、言葉を反芻する。]
……あたし、たちのほう、ほう…?
[ ぼんやりと見つめ返す瞳に頷く。
そうだ、俺達の方法だ。
この爪で、牙で――ヒトを喰わなきゃ生きていけねえ体を使って聞いてやろうじゃねえか!
何で俺達はヒトじゃねえのか……人狼なのかってのをなァ!?
[ 答えの与えられぬ問、それこそがこの男の行動原理。
雲の上で安穏としているであろう神に届けとばかりの咆哮。]
………なんで、だろうね。なんで、なんで…
[漏れる呟きは、問いかけるわけでもなく。
そっと触れる花飾り。赤く咲く花飾り。]
……ヒト、だったんだけどなぁ…
[ぽつり、上を仰いで。
悲しげに、切なげに。
少女の呟きが、その場に響いた。]
[ 少女の呟き、酷くかすれたそれを聞き逃す訳はない。
強く握っていた肩を放して立ち上がった。
足音を立てず、そのまま扉へ。]
俺だってヒトだった。
ヒトとしてやってけると思ったこともあった。
でもな、なるようにしかならなかったんだよ。
[ 扉の前で立ち止まり、己に言い聞かせるように呟く。
微かなそれを同胞が聞きとがめたかなど気にすることもなく、部屋を出て階段を降りる。
己の特等席へ腰をおろし、目を瞑る。
複数の寝息を耳にして舌打ち、浅い眠りに身を任せた。*]
―回想・了―
よく聞いとけよ、フランシスカ。
――ヒトが何を思っているか。
俺達をどう思ってるか……なぁ?
[ 怒りの色はない――ひたすらに無感動の、冷たい響き。]
本能だってよ、フランシスカ!
[ 楽しそうな、自棄っぱちな声。]
つまり、だ。
ヒトがモノ食って寝て産んで増えるように!
鳥が空を飛んで歌って卵を産むように!
獣が他の獣を襲うように――俺達はそんな存在なんだとよぉ!?
[ 愉快そうに顔を歪める。]
見てみやがれ、ここに居るヤツの顔を!
どいつもこいつも……ヤニクだけじゃねえ!
ヨーランダもガストンもヘクターもミッシェルも……タバサまで!
みぃんな俺達を見付け出して殺すことしか考えてねえんだぜ!
[ 悲鳴を上げるかのように笑った。]
[ 涼しい顔で応える。
ガキが一丁前に何様のつもりだ?
ああ、ああ、人間様のつもりか。
たく、頭に血の巡ってねえガキだなぁ……。
[ 髪を掻き、目を瞑った。]
アホ臭えママゴトか、好きにすればいい。
[ そう言ってあくびをひとつ。]
……あたしが、みんなと違うのは、わかって、る。でも、あんな風に、言わなくたって、いいじゃない。
[ドナルドからは視線を外したまま、絞り出すように、そう“声”にする]
言うさ。言うに決まってるだろう?
[ 薄く笑った。
周りは人狼を探し出して殺そうとする者だらけ。]
現実から目を背けて逃げ道捜して回るガキが偉そうに。
俺に意見たれるんじゃねえ……耳障りだ!
[ 声なき声で吠えた。]
……背けてるよ。探してるよ。
[ああ、でも。
そんな道は、きっとどこにも。]
――勝手にしろ、俺はもう知らん。
[ そのような道は己には用意されなかった。
幾千の夜を飢えながら問うても見つからず、幾千の夜を爪で切り裂いても出ては来ない。
もうこちら側には、この問いに答えられる者はいないだろう。
それを口に漏らすのははばかられ、ただ突き放した。]
……冷たいんだか、優しいんだか、わかんないね、ドナルド。
[完全に空になったコップに視線を落としながら、ぽつりと。]
………ドナルド、処刑…され…るの?
さあな、知らん。
[ そっけなく言いつつ、扉へと向かう。
こちら側には俺の欲しい物なんて無かった。
[ それが無駄に飢えにのたうち回り、無駄に腹を満たした末の結論。]
それが有るんなら、何処へでも行ってやるさ。
[ 扉に手をかけ、外へ。
赤い月が、出迎えるように。]
もし『そっちにもそんなものは無い』って言ってみやがれ、神サマよぉ?
――その首、喰いちぎってやるからなァ!!
[ 最期に、遠吠え。]
[響いた遠吠え。ぽたり涙が腕に落ちた。
その涙は何を意味していたのか。
少女自身にもわからないけれど。]
……きっと、きっと、ある、よ。そっちには。ある、よ…
[彼が、何を欲していたのかさえ、知らないけれど。
ぽたりぽたりと溢れる涙をぬぐって、風に“声”を乗せた]
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