112 燐火硝子に人狼の影.
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――オスカーが狩られた折のこと――
[リヒトのわらいに滲む、自嘲のようないろの意味は察しかねた。察しかねたまま――。
「失礼」なんて語に、思わず人間の声のほうで抗議しそうになる。]
ッな!あんた、男に押し倒されるなんざ――…
……はい、すいません。人狼サマ。
[咎める色が其処にあまり無く思われたのが幾らかの幸い。
確実にミドルに――少女の人狼にも聞こえていると思った故の気まずさも含めて縮こまったこえは、やがて一度、途切れる。
実際には、彼女はどこか楽しげでもあったようだが。]
あァ、そういうコト。
精一杯の思いを込めてこその料理人。ウチの虹色看板だってそのポリシーさ。
[生真面目にリヒトが語る話には、彼の過去の話も混ざる。サリスはそれを聞きながら、少しの明るさを帯びたこえを返す。]
で、残念なコトに、ニンゲンの中には、折角の料理を――獲物を無駄に捨てる客も多くてなァ。
礼節を以て平らげてくれる人狼サマが居てくれて、料理人としては嬉しいさね。
[ミドルに返す言葉には比喩も混ざり、人狼の食餌とも人間の食事とも取れる言葉となる。
つい一個の料理人として、ある種の上機嫌になっていたこともあるが、頭では「生きる為」の狩りを理解している心算だった、というのもある。]
[とはいえ。
「食餌」に人間としての嫌悪を持っているのもまた事実。]
うん、………。
オレは、オレが食えるモンを食う。それで良いわ。
[「私と同じになるなら」――かつてのリヒトのその言葉も過る。
けれど此処では、ただリヒトとミドルに頷くように是を返すのみ。]
ん。じゃあ。
次の「食事」には、何かとっときの菓子でもご馳走しようかね。
手早く作れる美味いモン辺りで。
[甘いものも悪くないと。甘いものも好きだと。
それぞれに伝えてきたふたりに、他愛ない響きで答えた。]
……ってか。
リヒト、妹さん居たンか。
[彼の話に、ふっと思い出されたことはあった。
その記憶を辿れば、更にあるひとつのことも引っかかったのだが――。]
ひょっとしてその妹さん、「グロリア」さんかい。
そう名乗ってた、育ちの良さそうな金髪のお客さんを知ってるンだが、もしかして……って思ってさ。
[この時はただ、一つの問いにのみ、留めていた。**]
[母が殺される間際。
人狼を繋ぐ声なき声を通して渡されたのは、
人間への恨みでも、潰える命への嘆きでもなく、
母狼としての最期の望みだった。
『永く、永く生きなさい。』
子狼の生を願った言葉は、
孤独となった後も娘が生きるための糧となった。]
ああ、あれはもったいないと思います。
そんな贅沢できる余裕もないので。
[それならば最初から食べなければいいのにと、
そう感じる事も少なくはない。
「普段」の食生活を思い出せば、別の意味で苦々しくも思い。
そんな苦言も、菓子と聞けば、
ころりと声は弾んだものへと変わった。]
それは期待してますね。
ここを出たらワッフルを食べるのも、楽しみにしているんですよ。
軽い飢えを誤魔化す時、代替品として砂糖を口にしているが。
食餌の後も、あの甘さがまた恋しくもなり。]
[リヒトとサリス、互いが身近な人物に思い当たる節が
あるようなやり取りを耳にすれば。]
……リヒトさん、もしかして。
サリスさんのワッフル食べた事あるんでしょうか?
[羨ましげな色を滲ませ。
是と返れば、味について感想を求めたかもしれない。]
―回想―
[ミドルとサリス、二人の聲に耳を傾けていたが
菓子をご馳走しようと彼が言えば目を眇める]
愉しみにしているからその前に体調を整えるといい。
しっかり食べてしっかり寝れば少しはマシになろう。
[無茶をするな、とか、心配だとか。
そんな言葉は口にしない。
メアリーに向けたようなわかりやすい労りにならぬのは
人狼としての、否、リヒトという獣の性分]
[妹の事を問われれば、嗚呼と肯定の響き。
グロリアとサリスの口から紡がれればはたと瞬く]
名を教えた事があったか?
――…嗚呼、そういう事か。
多分、そのグロリアが、そうだ。
金髪で利発そうな眼差しの、――…自慢の妹だよ。
[さらと認めるは隠す心算など毛頭なかったから。
ミドルの問いには少し間をあけて頷く]
ワッフルを買ってきた事があったから食べた。
まあ、ほとんど妹が食べていたんだが。
―回想/了―
[心配なのか突っ込みなのか良く解らないこえをあの時受けながらも。
結局きちんとは眠れておらず、自分とメアリーで作ったシチューの他は何も食べていないことに気付く。]
人の事は言えねェわな……。
[漠然と零すこえは、そうとは知らず、かの男の声と重なる。]
ここを出たら、か――。
そうさね。ここを出たら――楽しみにしててくれ。
屋台の味は格別だからよ。格別。
[ミドルが弾ませていたこえを思い、そう屈託なくこえを載せながらも。
「ここを出る」――未だ続くその障壁を思う。
其処に弱々しい不安など、感じてなるものか、と――。]
でさ。ミドル。リヒト。
今日の「食餌」の方は、どうするンかい。
[閉ざされた扉の奥で叫ぶ少年への苛立ちを抱えたまま。
サリスは、今目の前に在る現実の問題を口にする。]
――…飢えてはいない。
私は一日くらい喰わずとも問題ないが。
狩らせたい相手でも出来たか?
[サリスの問いに返す聲]
そうですね……。
[今日の食餌について問われ。
今目の前に在るのは、サリスと大柄な男性の姿。]
……二人のどちらか、と言われたら、
あたしの力ならサリスさんを選ぶことになるのですが。
[冗談をひとつ落とし。
現実として、狩りの獲物としては適さない。]
困った姫君だ。
――…それは私の獲物だよ。
[クツ、と笑いながらミドルの軽口に同じものを返した]
あら、それはごめんなさい。
[リヒトの声にくすくすと笑いを落とした。]
狩りはした方が、早くここから出られるのでしょうけれど。
生憎あたしの近くには、狩れそうな人はいませんね。
サリスさんは止められてしまいましたし。
[軽口を少し残して。
リヒトとサリス、二人の見立てはどうだろうかと窺う。]
[狩らせたい、という言葉に、苛立ちの中思案しつつ。
取りあえず、一つ名前を挙げようとしたその時。]
……………………。
[返ってきた答えは軽口。
けれどサリスには、本気やも、という思いも過ってしまう。
流石にこの場でケイトが、あの大柄なホレーショーを襲うことは、無いとは思っていたが。]
…………いや。
喰わなくても平気ってンなら、良いんだけどさ。
[気を取り直した心算の声は、微かに怯えた震え滲むもの。]
[ミドルからの笑み声には微かな笑みを返す]
早く出られるよう狩りを続けるべきとは思う。
ミドルが獲物を欲するなら――…
アイリスの時のように私が狩るでも構わない。
――…サリス以外なら、な。
[サリスから怯えたような気配を感じる。
だからといって安心させるために冗談だと改めて言う事はなく
別の言葉を赤い意識にのせた]
――…挑発、か。
[クツ、と喉が鳴る。
ゆるやかな笑みが口許に浮かんだ]
気が変わった。
今日は私が、――…踊り手を。
なら、今回はお任せしても?
誰にするかは、リヒトさんのやりやすいように。
――ええ、もちろんサリスさん以外で。
[楽しむように一言付け加え。
今は嗜好品を楽しもうという心持ち。]
[気が変わった、というリヒトの声。]
踊り子……ああ、あの女性ですね。
[軽く見えただけの姿を脳裏に描き。
リヒトに任せるつもりだった故、異論はない。]
あァ、そうさねェ……。
無駄に長引いても良いことが在る訳じゃ無ェ。
[「喰わなくても平気なら」、とはさっき言ったものの。
ミドルとリヒトに、頷くでもなく是を返す。
そのリヒトが「踊り手」、というのが聞こえれば、その場に揃っている二人を思う。
筋のついたおんなの身体は、確かに優美な踊り子のもの。]
あァ。そういや、
[これは飽く迄、可能性でしかない。……が。]
………彼女の目、気ィつけた方が良いかもしれねェ。
まさか、とは思うんだけどよ。
何か、射抜かれてるような気が、してさ。
――行ってくる。
[ミドルとサリスの二人に短い聲を向け]
サリスも――…
私が獲物を狩り終えるまでには
腹を満たしておくといい。
倒れられては難儀だからな。
――…彼女の、目。
良い目をしている、と思ったが。
嗚呼。
[サリスの感想に理解を示すような音が漏れ]
忠告して呉れるとは思わなかったよ。
[彼が怯える様子をみせることがあったのを知る獣は
恐怖の対象でしかないのだろうと何処かで思っていた]
あァ、行ってら―――気ィつけて。
……解ってる。
ちゃんと、喰っとくから。さ。
[人の事など言えぬ身は、あかいこえの方でも、
リヒトに短く見送りの言を掛けて――。
「目」についての返事に瞬く。少しの間、間が空く。]
そりゃ、……人狼サマの為に、役立たねェと、いけねェから。
[サリスが人狼に向けるもの。確かに其処には畏怖がある。
獣に囚われながら、怯えも、時に憤りも、毒さえもある。]
[けれど。
言葉は今は紡がない。
彼は今、目の前の女と対峙している頃だろうから。]
―――… 良い子だね 。
[サリスの言に妹に向けるにも似た響きが落ちる]
………………。
[妹に対する兄を思わせる響きは、何処か甘く優しく聞こえ。
親を亡くした子にとっては、また別のいろをも想起させる。]
あァ。そうさ。
殺されたんだよ。
オレの母さんも。自警団に――ニンゲンに。
神様を信じる人、だったのに。
[母を亡くしたというミドルに向けて。
ぼんやりと、声は赤い響きに乗る。]
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