人狼議事


194 花籠遊里

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[男は思い出していた。
あれはいつの頃だっただろう。

雨の日か、
或いは雪の日か、
或いは曇り、
或いは月夜、

覚えてなどいないが
蕾の色と同じ色をした
ぬるつく“紅”に濡れていた。

沈丁花の香など掻き消えて。
淀んだ空気が満ちていた。]


丁、飛べぬ花。
飛ばぬ花。

[数多、花を刈り取る命下しても。]


飛ぶことなど、赦しはしない。


[男が直に刈り取ったのは“丁”一人。]


[同じ名を持つ焔花。
それが蒲公英であるというのなら。

男は、
綿毛のひとつ、
籠から飛ぶを、

赦さない。]


[それはまだ、雨が止んだ頃であったか。
珍しく一階奥の部屋にて、蝶以外の来客が通された。
一輪の花の迎えに、醜い肉塊が現れた

金は払った!
何処へ隠した!

そんな風な叫び声が部屋中に響く刹那。]


知らないねえ。

花は、人でも犬でもなんでもない。
首輪もなければ自由に咲き、自由に枯れる。

あれは元々、根を張る花とは違ったのさ。
水面に揺れる、蓮の如く。

波間に浚われてしまったんだろうよ。


しかしだ。
そんなことはどうでもいい。
金は払ったというが、どうも勘定があわなくてねえ。

お客人、利子というものをご存知かな?

他から金を借りるということは、そういうことなのだよ。

払わずして消えた花の数年の利子、
払えるのなら全て揃えて頂こうか。

無くとも、払って頂こう。
言うだろう?


―――“人間外見じゃなく、中身だ”と。


[その後、その肉塊がどうなったか。
嗚呼さっぱりと覚えてなど居ない。
蛇から逃げ遂せたかもしれないし。
そうでないかも知れぬ。

今は揺り椅子に揺られ揺られて。
男は籠の中の
花の名を口にする。]


藤は今頃、どうしているのかねえ?

[罅割れた鏡花。
朧月を泣かす藤。

下町の空きを、しっかりと埋めていることだろう。
下方の孔も、しっかりと埋められていることだろう。
花籠がどれ程幸福な場所であったか、知らしめられていることだろう。

下卑た冗句。
きいきいと揺り籠は揺れる。]


……しかし、花も幾分と減ったものだ。

[ゆうら、ゆうら。
揺れる宵闇は *何想う*]


[彼の部屋か、あるいは館のどこかでか。

朧の姿を見つけると、己は彼に問いかける。
普段より落ち着きが無いと、心配させるかもしれないが。]

 ……朧は、此の花籠で長いよな?

 なあ、此処から、逃げ出すことは、可能だよな?
 金を貯めて、自分を買えば、叶うよな?

[困らせる問いだっただろうか。
それでも、問う。

借金を背負い、繋がれた楔から逃れる術を。

唯一己が縋った未来は、之までに叶えた事の在る花など居たのだろうか。
在り得ない幻だったのだろうか。]


[音も経てずに、ただ静かに霧雨は降る。

明日には『日常(いつも)』の朧に戻るため。
『普段』の花籠で揺れる花に戻るため。

もう二度と見れぬあの色に告げる。
左様なら、さようなら、と。

櫻の微かな香りと温もりを傍に、月は眠る。*] 


[焔色に違和感を抱きながらも、己の部屋を訪れたならば茶の一つくらいは出しただろう。

焔が月に問うは、『花籠』から出るための問い。
僅かに眉間に皺を寄せながら煙を燻らせれば、暫しの間が。
吸い殻を丁寧に落としながら、ゆっくりと口を開く。]


 前者はともかく後者は然り、だな。
 


[迷ったままの視線は焔と合う事は無かったのだろう。
己に投げられた言葉には微かに光が宿っているように思えた。
しかし。
それを叶えた花など、少なくとも朧が見た中では居なかったのだろう。
……自分が花になる前なら、あったのかもしれないが。
花主がそれをただ黙ったまま見送るのかどうか。

故に朧は、そうとしか答えることはできなかった。]


 ――そうか。

[出された茶にも手をつけず、座して朧の紡ぐ言葉を待っていた。

抱いていた期待は、筋の通る話である筈だ。
大金の代わりにと繋がれた鎖なら、金で断ち切れると。

花籠に長くして、彼は己よりも多くの花を知っている。
其の彼の言葉なら、信じられる。]

 だよな。
 良かった。

[彼の懐に渦巻く疑問に気付かずに、焔はふわりと、微笑んだ。]


 お……
 おぼろ、僕は、何時か自分を買って、外に出たいんだ。

[之までに誰にも告げたことの無かった夢を、教えてくれた彼に打ち明ける。

其の為に今は耐えていると、言葉の裏は彼に伝わるかは判らないけれど。]

 答えてくれて、ありがとう。


[ただ、ただ、苦手なのです。

 近付いてはいけないと、何かが警鐘を鳴らします。
 関わってはならないと、何処かが制止をかけるのです。]


 …───『嫌い』になれたら、


[どんなに、楽であったことでしょう。
 それもこれも、僕は花であるからだと。
 何方を好いても、何方を嫌ってもいけないのだと。
 その教えに生きているのだと、ずっと言い聞かせておりました。]


 
 
[言い聞かせて、おり 『ました』 。]
 
 


 ―――…丁助。

[ぽつりと花の名を呼ぶ。
孕む色は、迷いか、戸惑いか。何れにせよ良い感情だとはとても言えないそれを込め。
焔の微笑みは『しあわせ』を宿しているように見えた。

見えたからこそ、言うべきか言わざるべきか。

これが己では無く他の花ならば、もっと上手く丁助に答えを出してやれただろう。
月には告げられなかった。焔が我慢強く耐えていたのを知っていたからかもしれない。]


 お前にとっての幸福が、『外に出る事(それ)』ならば。
 ………叶うと、いいな。


[無責任な言葉の羅列に聞こえたかもしれないが、本心も混ざっており。
しかし、叶える助言をしてやれるわけでも無ければ、
砕くなんて惨い事もできずに。
随分と煮え切らない態度となってしまった。] 


[例え花籠から出られようとも、それが『幸せな形』で出られるとは限らない。
花籠から逃れようとも、あの花主から逃げられるとは限らない。

……浮かんだ『不幸の形』を必死に沈めるために朧は煙をはく。
焔と同じ響きを持った花ならば、音にせずとも分かっているだろうと。]


 ……ん。

[頷く。
不器用な声色を、彼のらしさだと思い込んで。
思い込みたくて。]

 あっ、あ。
 変なこと、急に聞いて悪かった。

[浮かんだ予感は、消したのだ。
消したかったから、訊ねたのだ。

浮かぶ煙は、見えない何かを形作って、消える。]


── 櫻の苗植わりし日 ──

[それは今から二十年以上も前の
 何処にでもあるような、詰まらない昔話です。]


 おかあさん。
 ねえ、どこにいくの?

[ぼくは おかあさんと てをつないでいました。
 おかあさんのあしは はやくて
 ぼくはなんども ころびそうになりました。

 おかあさんは ぼくを みおろしています。
 しらないおうちのまえで とまって。
 おっきな りぼんを ぼくに かけてくれました。]

 くれるの?
 ありがとう!

[ぼくは はじめておかあさんに ぷれぜんとをもらいました。
 おかあさんに ありがとうをいうと
 おかあさんは わらってくれました。
 すごく すごく うれしかったです。
 だっておかあさんは ぼくをみるとき いつもいつも
 おこったような こわいかおをしているからです。]


[おっきなおうちのなかから かみのながいひとが でてきて
 おかあさんは なにかを おねがいしていました。

 わらっているのに こわいかおで
 ながいかみのひとに たくさん おねがいしていました。

 ながいかみのひとに いっぱい かみを もらって
 おかあさんは とても うれしそうにしていました。
 おかあさんが うれしそうな かおをするのも はじめてみました。
 だからぼくも すごく うれしかったです。

 おかあさんは かみをもらって
 そのまま くるまにのって
 ぼくをおいて どこかへ いってしまいました。

 おかあさんが くるまにのるまえ
 ぼくに こう いいました。]


 
 
 「アンタが金になるなんて、最高の厄介払いね。」

 


[その意味を知るのは、もう少し後になってからでした。
 とある女が望まぬ妊娠をし。
 不必要な子供を遊ぶための金に変えた。

 ただそれだけの、詰まらない話でございます。]


[思い出す昨夜の地下。

男に弄られ、悦ぶ男。
見せ付けられる交わりに、混同したのは過去。

氷の指先。
花の咲き方を教え込んだ籠の主。
嫌悪感に満たされながらも、受け入れ悦ぶ身体。

未知から、力任せに咲かされる夜。]

 …………

[全身を這うような気持ちの悪さに、頭を振った。]


 別に構いはしないさ。だがな、丁助。
 …道を見誤るなよ。
 冷静に物事を見れる『花(ひと)』であれ。

[手折られずに、毒されずに。
その時まで根腐れも起こさずに。
自由になれる時が来れば良いなと、そんな思いを込めて。
年長からの小言に焔はどんな反応をしただろうか。
朧月は珍しくふわりと笑う。
『幸福』であって欲しいと、そんな夢を見ながら。*]


 冷静に、物事を。

 ……ありがとう。

[朧月の微笑に、赤い花も、笑う。
彼の言葉の真意に、己が気付けていたかはわからないけれど。

真摯な花の気遣いに、唯感謝した。]


[僕が目を背け続けていることと
 彼が表から隠そうとしていること

 ───きっと似ているものだと、判りながら。

 僕は目を背け続け。
 彼は隠している。

 そんな気が、しているのです。]




 …───すき、です。
 
 


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