162 絶望と後悔と懺悔と
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……リッキィ、円には……
[空気を伝って、違和が流れてくる]
リッキィ?
それでこそ、私の傍に仕えるに相応しい。
[その心に痛みが走るのか、空虚が広がるのか。
それともそれ以外の想いが埋めるのか。
周を贄とし、安吾の命も奪った零瑠に。
向けるのは何処までも冷酷な笑み]
……はい。
あなたが示す道もまた、正しい…。
[一歩、また一歩、鬼に成る。
『冀望』の通り。]
全く…家畜の分際で手に負えんな。
人であった事を捨てさせても、人のままでも。
[未だ鬼の血に抗い、鬼からも異端となった周の聲が響く。
あれを飼い慣らせれば面白いだろうが、
孤独のうちに完全に狂い鬼になってしまうのも面白いだろう。
零瑠がどんな想いで彼を連れ、彼を同じ鬼へと望んだのか。
零瑠の予想と周の姿が願った通りなのかは知らないが。
あれを見る零瑠の顔を覗き込むのも愉しいだろう。
その為に少々鬼が犠牲になっても構いはしない]
己が身位、己で護れ。
[幾らか助けを求める聲も聴こえるが、
そんなもので心揺さぶられる筈も無い。
むしろ、弱者の悲鳴を嘲笑する]
私にも感じるぞ。
抗い続ける力、実に惜しいな。
人の心手放せば楽になると言うのに。
[誘いの声を掛けてはみたが、
この強固な意志の鬼は決して見失わないだろう。
純粋な迄のその想いは、例え全ての記憶を失っても
手放さないだろう、そんな確信めいた想いがあった]
私に手が届いた時は、お前が死ぬ時かもしれんな。
[周と言う鬼が死ぬのか、人が死ぬのか。
どちらにせよ、会うのを楽しみにしていると]
[その為には、安吾の死が必要。
何も迷うことはない。
安吾も『おまえを殺す』と、言うのだから。
それでも零れる涙は胸の内に。]
[鬼と人との残酷な現実。
それは実体験に基付くものか、それとも単に事例を見続けただけか。]
あ、りが たき、幸せ……
[分かっていたこと。この亀裂も、望んだこと。
拡がる空を新たに埋めるだけ。
それは、主の言葉。笑み。
満ちる幸せをそのままに、微笑む。
誓約。
願わくば言葉で。伝われば涙で。]
――あなたの一番の傍で共に歩み、
あなたを置いて死に逝く事もなく、
……『永久不変』で在りましょう。
やはりお前達は面白い。
[ジャニスには聴こえぬだろう、闇の嗤いが漏れた]
……リッキィ、僕が解る?
[血を通じて呼び掛ける。
解るなら、おおよその方角さえ掴めれば、
いずれは相手の場所に行き着く事が出来る。]
[恨みも憎しみも誇りも悲しみも。
此処で終わりにしようと、語る。
城の中で、まともに会話が出来たのは自分達『お気に入り』と、主とホリーぐらい。他の吸血鬼は表面だけ。
話を聞けば、皆が一笑するだろう。]
………、明にーさん、
[僕は霧みたいにかすれた声でにーさんの名前を呼ぶ。]
僕、……だめ、だった。やりたいように、できなかった。
[目蓋を閉じた緋の世界、
己の心は悲鳴を上げたわけではない。
ただ揺らがぬ水面は千々に乱れて、
焦がれるような切望と行き場の無い諦念と、
暖かな底なし沼に沈むよう。
絶望を覚えるほどの希望は初めから無かった、
後悔を覚えるには幸福を感じすぎた。]
[父の居場所を問われた、
その黄金を手探りで探るように、
緋い闇の中にある]
[恐怖で縛ることのない『管理』であればどうだろう。
思い思いに自由に過ごせば良い。
気紛れに戯れ死んだとしても、それは鬼だけのせいではない。
人と人とでも感情のまま、或は衝動的に、殺し合うではないか。
全ての人間ではなく、人から堕ちた身なら?
主の命ひとつで、呆気なく崩れるとしても。
夢物語。絵空事。
それでも。請わずには居られない。]
……え――
[呼吸の音ですら、掻き消してしまいそうな位の小ささで、
届いた声は泣いているのか、と思う]
どういう……こと?
[円の名前を言っていたから、彼女には会ったのだと。
円と何かあったのか。あるいは]
円に、何かあったの?
[ただ横に在るだけでは駄目だ。
ただ従い仕えるだけでは駄目だ――とも、思う。
時にはぐっと『負けない』で。
……居られたら。]
……お気に召すままに。
[何を願っても。
思考の行き着く所は全て、主の為に。]
[ジャニスを大人だと言う零瑠の聲を聴く。
緩やかな時の流れに生きる鬼ならば、
未だ零瑠は雛のままと言う事だろうか。
だからまだ空は何処までも青く、美しく、雲は真白で、
温かな日差しが続くと信じているのだろうか]
人と生きる生きたいと望んでも、守護部隊がある限り
それは許されぬ話だろうな。
[眷属達から首を取ったと言う聲は無い。
逃げ腰なのか、それとも零瑠同様、雛の心のまま夢や
願いとやらを叶えたいと言うのか]
聞け。私の聲の届く全ての吸血鬼よ。守護部隊を全滅させろ。
[人間が完全に屈服すると言うなら、考えてやらない事も無い。
だがその前に、
鬼の脅威となり明確に戦う意志を棄てないだろう者達の排除を。
全ての鬼に命じる聲は酷く冷たく、
強い圧迫を感じさせるものとして届くだろう]
……他の吸血鬼達は、あなたをここまで愉しませてはくれませんでした?
[書架に置かれた本達の、虫干しをしたいと申し出た時。
世話係の鬼は不思議そうな顔をしていた。
価値を語れば、不要なものと笑い飛ばされる。
他の鬼が見向きもしないものを。
銀の眼鏡をかけて読んでいた姿を思い出す。]
………。
[僕は明にーさん相手にすら、ありのまま起こったことを話すのをためらう。
明にーさんが絢矢と一緒にいるのは知らない。けど、ここで話したら少しでも赦されてしまう気がして]
来て。そしたら、…話せる、から。
[遠くても、途切れても、月影の見えぬ所がないように
声は意識を締め上げる。
今、ここにいる守護隊員は絢矢だけだ。それだけは、]
――――っ……
[それだけは。]
解っ、た。すぐ行く。
[応えてくれるリカルダに意識を集中する。]
[――この名は鬼を刺す木であるから、尚鋭く。
自覚しろ、名は呪詛より深く身に刻まれている。
視界に姿を認めなければ、正しい矛先を自覚していれば、
例え守れなくても、せめて誤らずに済む。]
リッキィ、あと少しで。
……もう少しで行くから、待ってて。
守護隊なんて――…。
そんなもの、何の役にも……
[白い外套たち。
感傷も何もかも。過ぎた後に
安吾の遺体を見て思うのは、白にはやはり赤が良く映えるということ。
見回りと称しても、人の出入りに意識もせず、
助けて――と、裾握る小さな紅葉手を払い、
役に立たなかったのは―――…]
そうだな。永い事愉しませてくれたのはホリー。
次はお前達位か。
[ジャニスから飛び退いた直後、少し考えてから零瑠に返す。
ホリーと眷属達が仕えた時間の差は膨大だ。
だがその僅かな時間である眷属達が次に来ると言う位、
鬼達は始祖を恐れ諂っていただけなのだろう]
いや…一番永く愉しませてくれたのは。
[思い出す]
家畜達か。
[短い生の中、代を重ねて繁殖し、
芸術を残し抗って死んでいく]
確かに家畜は必要だ。
[呟いたそれは改めての認識だった]
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