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─────…… 稜、
…………稜、こんな所で寝るなよ。
[名前を呼んで、その頬を手の甲で撫で付ける。
皆が寝静まったこの時間帯では、
音が暗闇によく響く。
唾を飲み込む音も、荒い吐息も、
全ては幼馴染に向けられて
必死に取り繕ってきた幼馴染の仮面は何処にもない。
そこにあるのは、欲を隠しきれない一人の男の顔だ*]
[覚えている限りの最古の記憶は、あまり良いものではない。
そして、いつまでも忘れられず何度も夢として繰り返した。
それは、未だランドセルも背負わない齢の頃のこと。
玄関に見つけた大きな荷物を抱えた女の人の背中に、
一生懸命に駆け寄り、今よりずっと低い目線で見上げる。
────その顔立ち、容姿は今や朧でしかないが、
父が言うには自分によく似ているとそうだ。]
「どこにいくの?ぼくもいっしょにいく!」
[何も理解していない小さな子供の声は大きい。
それでももう一人の家族がやって来ることは無かったから、
きっと彼女は彼がいない時間帯を選んだのだろう。
細い足にしがみつくのは、幼子には精一杯の力。
分からないなりにどこか感じるものがあったのかもしれない。]
『りょうがいいこにしていたら、むかえにくるからね』
[女の人は困ったように吐息を漏らした、気がする。
そうして白い手が頭の上に乗り、優しい声が優しい言葉を告げて。
母さんが帰ってくることは、二度と無かった。]
[自らの名前も正しく書けない幼子には
離婚、その二文字を受け止めるのは難しい。
いつ帰って来るのか、どこにいるのか
ぐずり毎夜のように泣いて父を困らせたのは言うまでもない。
やがて夜泣きのぶり返しのような悪癖が止んだのは、
言い聞かせる言葉を受け入れたわけではなく。
「ぼくがいいこじゃないからおかあさんはかえってこない」
ひとりで考え込み、結論を出してしまっただけ。
成長して正しい事実を受け止めた後も、
人にどう思われているか気にする癖は染みつき抜けはしなかった。]
[何を言われても、笑っていられるように頑張ろう。
頼まれたことは、なんでもしなきゃ。
いじめられていると分かっていたって、それは変わらない。
もう置いていかれたくなくて、変えられない。
でも、守ってくれる子が出来た。
笑っている時も、我慢出来なくて泣いている時も変わらず
いつでも優しい、同い年なのにお兄ちゃんみたいな子
例えばそう、テレビの中のヒーローみたい
そんな例えが似合うような、かっこいい子。]
とうまくんは、もうヒーローだよ
[大人になった今では少しむず痒くなるような記憶
恥ずかしい言葉に返るのもまた、恥ずかしい言葉。
まだまだ自分を上手く隠せなくて、おどおどとしていた頃
しかし、その時だけははっきりとした口調で言い切った。
だって、それは本当のことだ。]
[彼はもう、友達なだけじゃない、特別になっていた。
この子だけは絶対味方でいてくれる、ずっと離れない
信じられることを、言ってくれたから
とってもかっこよくて、やさしい
だいすきなぼくだけのヒーロー。
でも、あれはいつのことか。
目の前で彼が転んで、怪我をしたことがある
心配して声を掛けたら、平気だって言っていたけれど
その膝はとっても痛そうで、嘘だってすぐに気づいた。
彼も、強がっているだけで本当は痛いことも辛いこともある
自分ばかり守られてばっかりじゃ駄目だって、思ったんだ。]
[でも、どこで間違えたのだろう────高校三年のあの日は来て
繰り返し続く夢も、変質した。
その夜もまた、彼の傍だからこそ必然的に
あの光景を、見てしまう。]
── 夢 ──
[小さいままの自分が、成長した幼馴染を追い掛ける
かつての自宅の内装も、子供として大人に縋り付く状況も
一見すれば、全く同じだ。
登場人物の成り代わりと、展開を除くのならば。]
「とうまくん、まって!」
[声に反応し振り返った彼は、いつでも何も言わず
────とても、冷たい目をしていた。
きっと、望めばその口を開かせることも出来るだろう。
だけど、夢の中でも現実でも、どうしようもなく怖くて。]
[ヒーローのような男の子、
支えてあげたい大切な幼馴染。
優しい父は、けれど母と同じ家族で
兄弟のようでそうではない彼だけが、
あの言葉をくれた彼だけが、
不安にならずに接することができる相手だった。
初めて嘘をついて、他の人に対してと同じように
顔色を伺ってこれ以上嫌われないように振る舞うようになっても
思い出と想う気持ちは変えられなくて。
自分の恐怖心が投影された表情を、
もし、そんな彼に現実で向けられたのなら。
おれは一体どうすればいい。]
[夢の中の彼は玄関の扉を開き、何処へ向かうのか。
父が彼の母親を迎えに行ったように、
何処かの女の子の手を取りに行くのだろうか。
友人達との会話で、彼に恋人が出来たと知った時も
偶然その彼女と腕を組んで歩くところを見た時も
そんな風に置いて行かれた気持ちになった。
高校時代に告白された時は、悩むこともなく断っていながら
大学に入り女友達の気持ちを受け入れたのも、
孤独感を埋めたい部分は確かにあったのだろう。
何故、おれは戻ることが許されない場所に
何人もの女の子が、立つことが出来るのか。
────どうしておれでは駄目なのか。]
──── ん、 ……
[呼ばれた名に反応するように、ふと漏れる声。
撫で付ける感触に小さく身じろぎする身体。]
[名前を、呼ばれたような気がした。
引き戻された意識、開いた目には暗闇の中に浮かぶ輪郭
ぼんやりと見ていれば、すぐに像を結び。]
とうま
[ああ、この彼は現実だ。だって、あの目をしていない。
何処にも行かずに、ここにいる。
それが嬉しくて、寝惚けた声で呼び返したのならば
へにゃりと緩んだ笑みが浮かんだけれど。
すぐにそれは消えて、心配そうに眉が下がる。]
どうしたの、苦しいの?のみもの、持ってくる?
[二人だけの静かな空間、深夜の部屋の中
荒い吐息には寝起きの頭でも、確かに気づける。
覚醒しきらない頭は、口調と躊躇いを鈍らせる
こちらもまた、彼に手を伸ばそうとした。
想像上の冷たい目はどこにも無くても、
知らない熱がそこにあることは、未だ、認識の外。]
[もたもたしていると、岩動の手で前髪を押さえられる。冷却シートを岩動に渡して、空いた手をのろのろ額まで持ち上げて、岩動にして貰ったように前髪を押さえた。
岩動の手が目の前に見えて、目を閉じて待つと、額に冷たいものがへばりついた。]
う〜〜〜。きもち〜……
そんだぼんな"んですかね。
俺は水だけでもわりと簡単に飲め……ゲホ、ズビッ……飲めるんすけど
でも俺も、”煮るだけ”がでぎなびし。
[
長い前髪のせいであんまり表情が分からないけど、凜堂さんは薬がそんなに苦手なんだろうか。
まぁ、あんなものを「好き!」という人は少ないのだろうけど、なんとなくかわいいというか、面白いなって思った。]
…………ズズ、げほっ。
ところで、凛堂さん。
あの、看病じでもらってて、こんなぼど聞くのもどうかで思うんですが。
……なんか、楽じそう、です?
[>>:!41なんとなく、声色が明るい気がして。
ふと、問いかけてみたのだけど]
あ、いや、ずびばせん。
んじゃ、お手数おばべしばすが、よろしくおべがいしばす。
[我ながら変なことを聞いてしまった。
深くお辞儀しながら、恥ずかしくて、顔が赤くなってしまった。
……熱で既にだいぶ赤いと思うけど。]
うらやましい……
いつか飲み方教えてほし――いや、さっき聞きましたね。
苦手、そういうものなのかもしれませんねぇ。
[先に水を含むとか、諸々。
ためしてみようかというきもちと飲まなくて済むなら飲みたくない気持ちとが合わさって、情けない顔になった。
煮るだけができないのと同じと言われてしまうと、無理に料理を勧められない気さえしてくる。
うんうん頷く方徳さんにつられて頷く。]
作業用に置いてあるんで、切れてなければありますよ。
[切れたら基本的に買い足すのだが、缶詰になっているときなど時々やらかすので、絶対保証は出来ない。
困ったことに前回いつ買ったかも思い出せないのだが、多分、おそらくきっとあるはずだ。]
ああ……勝手にしまっちゃうんですね。
便利だなぁ。
[テクノロジーに感心しながらも、聞いた番号をスマホのメモ機能で記録する。
部屋番号はしっかり覚えているから、この6桁だけ忘れなければ大丈夫だ。
人の家の合鍵もらったようなもので、なんだか落ち着かないが、今だけ、今だけと頭に言い聞かせる。]
[さて、それでは今度こそ、と立ち上がりかけたタイミング。
呼びかけられて
……えーと。
楽しくはないけど、嬉しいです。
って、あの! 別に、その、方徳さんが風邪引いてることがとかじゃなくてですね、ええと、
なんか、その、僕でもお役に立ててるんだなって、そういう……
[嬉しい、なんて口からつるっと出てしまったが、いまこんな状況でいう言葉じゃない。
方徳さんは苦しんでるというのになんてことを、と頭の中身を吐き出してみるが、しどろもどろになってしまった。]
あの、行ってきます!
[このままでは深みにハマりそうだ。
やることがあるのをいいことに、立ち上がって部屋を出る。]
[男の抱える疼きなど関せぬように、
どうしようもなく焦がれて、どうしようもなく欲した笑顔だ。]
ああ、苦しいよ。
………どうにかなりそうなくらいに。
[言い終わるが早いか、伸ばそうとした彼の手を
すくい上げるように掴んで、力強く引き
そのまま自身のベッドへと引きずり込む。
不意を突いてしまえば、彼に抗う術はなく
怠さを幾分か払拭した男の前では
添い寝には難しいベッドの上に押し倒す事も、きっと容易で]
───…… なぁ、稜。 俺が何したいか、分かるか?
[吐息は荒さを残すまま。
見下ろす眸は、真っ直ぐに幼馴染を捉えていた。
こうすれば、鈍い幼馴染でも
自身の熱に気付くのだろうかと
問う口調には、どこか試すように。]
[枕元には、空になった雑炊の器と、これまた空っぽのペットボトル。
気付いたら、水分は全部飲み切っていたようだ。*]
ッ ……!?
[伸ばした手は、触れる前に相手に掴まれる
力強く引かれたことに驚いた時には、
既に背に受ける感触は柔らかいものに変わっていた。
思考の暇も返事の時間も与えないような、
おれにとっては突然でしかないその行為。
未だ夢うつつに揺蕩っていた頭には、冷や水となって。
見開いた両目が、視界を覆う姿を見つめる。]
柊真 なんで……、こんな、どうして
[はっきり目覚めたって、こんな状況で冷静にはなれない
理由も意味も知れなければ、整わない言葉も当然のこと。
元通りにはなれていなくたって、
穏やかに過ごせていたと思っていたのに。
またおれは、何かを間違えたのだろうか?]
[────本当に分からないのならば、
寝惚けた相手の戯れだと思わない理由は何なのか。
拒まれずはしゃいだように、どうして喜ばないのか。
何故、こんなにも動揺しているのか。]
…………、
君、熱が上がってるんじゃないか
[あんなにも視線を合わせてはくれなかったのに
今は痛いほどに、それを感じる。
まるで立場が逆転したように顔を背け、
“幼馴染”として口にするべきことを正しく選択。
けれど、分かっているんだ。
ぼくのヒーローはいい子の本当の姿を知っているから、嘘はすぐバレる。
それに、そんな言葉で許してはもらえないことも。
────彼の求める答えだって、そう。]
もう一度、寝たほうが ……
[
語気は弱まり、言い切ることなく消えた。 ]
おれたち、男同士だよ
[両手で顔を覆いながら、か細く返す。
さっきよりもずっと近くに感じる荒い吐息を意識して
身体が強張り、掌の下できつく目を閉じた。]
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