112 燐火硝子に人狼の影.
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[厳密に言えば、己も余所者である。
生まれも育ちも都市部で家族もそちらにあった。
あえてそれを口にすることはないまま目を細める]
思い通りにいかぬなら喰らうまで。
[テッドに対しての言葉には短くそう告げる]
[サリスが自身の名を付け加えれば
クツクツと愉しげに喉を鳴らした]
私を愉しませてくれるなら
考えなくもない。
[本気か冗談か。
弱々しい声音を受けた獣の聲は悪戯なまま]
[旅支度のような麻袋や、見慣れぬ肌のいろ等でも無ければ、余所者とは気づかれにくいのかもしれない。
テッドがルーカスという男を――ついでに、シーシャをも――「余所者」と意識さえしなければ良いだけのこと。
だから、その時のリヒトの端的な答えには、ただ頷くような是を返すのみで]
[そして、ケイトのこともまた、テッドにそう意識されなければ良い、ということ。
この件については、一度思考は途切れ――。
もう一つ、別のことに、サリスの意識は囚われる。]
愉しませる、って。
……良い声で啼け、とか?
[悪戯な響きの獣に返す、小さな、震え帯びたこえ。]
あの頃は可愛げもあったが――…
[震えを帯びたこえに過るのは愉悦。
捕食者である獣の欲がむくりと頭を擡げた]
他の愉しませ方を考えて呉れても構わぬよ。
嗚呼、啼かせる方法は、他にもあったな。
[痛みでなく快楽を。
どちらにせよサリスにとっては災難でしかないだろう。
彼の反応を愉しむかのように、クツ、とまた喉を鳴らす]
『それじゃ、また後で。』
[オスカーは手を振って言ったかもしれない。
一度は彼と反対側へと足を向け。
――狩りをするなら今だろうと。
その無防備な背に、本能が囁く。
[爪や牙を使えば、返り血で汚れる。
人が通りかねない場所で、血を落とす前に見つかれば、
それだけで致命的だ。
飢えに急かされない故に頭は冷静に働いて。
足音を立てぬよう静かに厨房へと一度戻ると、
目的のものを手にしてから、オスカーの背を追った。]
オスカー君。
[声をかければ、彼は素直に振り向いてくれただろう。]
中庭で花が綺麗に咲いているようなのだけど、
一緒に見に行きませんか?
[気分転換に、と笑みを乗せて誘えば、
オスカーは頷いて同行をしてくれただろう。
中庭へと続く廊下。
人の視線がない事を確認して。
少し歩調を落として、自分よりも小さな背丈の彼を見下ろし。
眼鏡を外して懐へとしまいこんだ。]
[苦しめるのは本意ではなく。
声を不思議に思って振り向いたオスカーの片腕を掴み、
彼の心臓に厨房から拝借してきたアイスピックを突き立てた。]
暴れないで。
[冷えた声で囁き。
押しのけようとする腕を、爪を立てて阻む。
声を出そうと開かれた唇は、他にないので同じ口で覆った。
見開かれた目に映る己の目は、鈍い赤の色を帯びていて。
差し込んだ柄を更に強く押せば、体を押し返す力は徐々に緩んだ。]
[顔を離す頃には、目は濁り、輝きを失って。
もう何も映さなくなっていた。
崩れる体に手を添えながらその場に伏せ、
引き抜いた鋭い針に付着した赤を舌で辿る。]
ん、美味しい。
――リヒトさん、サリスさん。
狩り、終わりましたよ。
[狩りの終了を告げると共に、
食餌にしますか、と問いかけた。]
生きていても、ここにいたら苦しい事がたくさんあるから。
早く楽になれた方が、いいでしょう?
[応えの声を待つ間。
少年の亡骸に向けて呟くのは、正当化のための言葉か。
出会って間もなければ、かわした言葉も多くはなく。
罪悪も後悔もありはしないが。]
……オスカー君の淹れた紅茶、飲んでみたかったかもね。
[せっかくの機会を逸してしまったのは残念だったか。
苦笑混じりに呟いて、紅茶の代わりに彼の血を味わう。**]
[あまり多くの言葉を人としての声で紡げなかったのは。
その時の「こえ」に、過った可能性に背筋が冷えたから。
震えは止まらない。だって、あの時と同じにしろ、「別の方法」にしろ、きっと――。]
………判った、さ。
狩りが終わった後にでも、あんたの部屋に行けば良い?
[ただの冗談、という方に賭けられる程、サリスは剛毅では無い。故に断れない。
――この変態め。
奥底で密かに毒づいた言葉は、誰にも届かない。]
[「狩りやすそうな」「大人しそうな」少年を狩ったであろう、ミドルのこえが届いてくる。
誰の事か見当はつく。ぶっきらぼうで、硬い面持ちで、それでも微笑を見せてくれた人。
こうしてサリスは、アイリスを、ヴェスパタインを、オスカーを、見殺しにした。]
………だってさ。リヒト。
食餌、には行くのかい?
[サリスの聲にクツとわらう]
色よい返事を聞けるとは思わなかった。
[実際の所、遊ぶだけなら性別などささやかな問題であるが
好んで男を選ぶというわけでもない]
その気がないなら止めておけ。
無理に組み敷くは狩りの時だけだ。
[メアリーに対しての行動を見ていたからこそ紡ぐ言葉。
今は愉しめぬだろうと何処かでそう感じていた]
[狩りの終了を告げる囁きが落ちる。
ミドルの問い掛けに考えるような間があく]
喰いきれぬなら頂こう。
[狩りは飽くまでも食餌の為と考える男は短い応えを向ける]
調理されたものは、平らげるべきだろう?
[サリスの問い掛けには聲を返しながら思うのは
昨日彼が振舞ったシチューと
何処か嬉しそうにも見えた彼の顔]
[夜の帳がおりる中。
同胞の気配を辿り中庭へと続く廊下に赴く。
金色の獣の足取りは軽く、たてる音は微か。
扉や壁一枚隔ててしまえば、人の耳には届かぬ音]
狩りの腕も見事だね。
[オスカーの遺体を前にミドルに囁く。
動かぬ姿となってしまえば食餌としか認識しない]
[翡翠に情のいろは一切感じられない。
ただ、美味そうだと思う。
獣に必要なのは力を得る為の糧。
生き延びる為の方策]
――――――……。
[奥底にある望みは遠い昔サリスに向けたもの。
大人になりきれていなかったからこそ零した言葉も
今は誰にも知られぬようしまいこまれている]
[わらいごえに、どくりと胸が鳴る。凍りつく。
ただ黙って返答を聞き遂げる時間が、酷く長く思えた。
けれど、結局、リヒトから返ってきた言葉は――]
え、……
………………うん。あァ。
[零れたのは、純粋な安堵の響き。
彼が誰の姿を見て、何を感じてああ答えたのか、覚ることは無かった。]
[それから、食餌に向かう旨をリヒトが返す。
調理、と。その言い回しは人間の食事のことを述べているようでもあった。]
いや。うん。全く。リヒトは――人狼サマは偉いわ。
あァ、残したり、手ェつけねェどこぞの誰かと違ってよ……。
[抱いたのは、まるで奇異な安心感。
実際、このふたりが人食い人狼だと知っても尚、ふたりが人間のシチューに呉れた感想は嬉しいものだった。
……もしかしたら、人食い人狼であるのに呉れた感想だからこそ、だったのかもしれないが。]
でも、オレは、やっぱり行かねェわ。ミドル、リヒト。
やっぱ………ニンゲンの肉は、オレには喰らえ無ェ、から。
……あァ、行ってら。
[斯うして、今宵もサリスはひとりで部屋に戻る。
月の照る夜の度、じくりと痛む古傷を抱えながら。**]
[爪や牙ではなく鋭い針に穿たれた心臓。
命の灯火が消えた少年を見下ろし徐に口を開く。
やわい皮膚を獣の牙が裂きその肉を引き千切る]
悪くはない味だ。
[咀嚼しながら漏らす言葉。
比べる血の味は昨日襲った見極める彼女のものか
それとも遠い昔に見逃した唯一の存在か]
―――…は。
[サリスの安堵の響きに思わず漏れるのはわらい。
その中には自嘲にも似たものが滲む]
あからさまに安堵するなど失礼な男だ。
[ふん、と軽く鼻を鳴らしはするが咎める色は薄い]
命を頂くのだから、当然の事。
料理には命だけでなく思いもこもるそうだからな。
[偉いというサリスに返す言葉は何処か生真面目なもの]
以前、妹が町で菓子を買ってきたんだが
私は、どちらかというと甘いものに苦手意識があったんだ。
遠慮すると言ったら、作り手の思いを考えろと言われた。
ワッフルだったかな。
甘いものもたまになら良いものだと思えたよ。
[ぽつぽつと独り言ちるような聲が落ちる。
双子でありながら同じではない妹。
それがもどかしく、壊してしまいそうで
いつしか距離をおくようになった存在]
――…美味いと思うものを喰えばいい。
サリスにはそれを作り出す手があるのだろう?
[金色の獣は尋ねるようにゆると頸を傾げる。
無論その場にサリスの姿はないのだが]
人狼の食餌風景など人間にとっては不快なものでしかなかろう。
[無理に誘う事はせず見送る言葉に嗚呼と短い応えを向ける]
[野良犬のように獲物を喰い散らかす事はしない。
器用に牙と爪を使い喰われたオスカーの亡骸は
比較的きれいなものだったかもしれないが
遺体を見慣れぬ者にはその違いがわかるかどうか]
誰が襲われたか。
分からなくなっては自警団も困るだろう。
顔くらいは傷つけずにおくか。
[満たされた獣は満足げに呟いて。
庭先の水場で獲物の血を流してから部屋へと戻ってゆく]
[流れてくる二人の冗談のような本気のような会話には、
興味深く楽しげに耳を傾けていた。]
ぜひご一緒に。
力を蓄えるためにも。
[応えに返す。]
[中庭の側で同胞と見える。]
ありがとうございます。
[かけられた声に、嬉しげな色を乗せた。
世辞であっても褒められれば悪い気などしない。
血を啜り、少しばかり控えめに肉を口にし。
飢餓の薄い状態での食餌は静かに終わった。
先に戻るリヒトを見送れば、
五体の中で唯一傷ひとつない頭部に触れ。
闇に近い濃い色の髪を少し撫でた。]
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