88 吸血鬼の城 殲滅篇
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…アンタなら、
……センセイを、変えてやれたのか?
[彼も、知りはしないだろう。
ひときれのパンの為に命を売った経験は、己にも数知れずあったのだ。
だが自らの寿命を前に永遠の命を願うことを、
愚かと切って捨てる事は、今の己には出来なかった。
――こんな姿になっても、死を恐れる自分が]
――。…
[舐めずる様な歓喜の気配。
今は声をかけても無駄なのだろう。
誰が嬲られているのかなど想像もしたくなかった。
くしゃりと髪を混ぜ、意識を現実へと引き戻す]
[錬金術師の、最後の望みは聞こえていた。
だが彼の望みが、真に眷属になることだったかは知らない。
いささかの興味はあったが、その程度だった。]
―――さあな。
[届く問いに、気の無いような声を返す。]
死に損ないが血の変化に耐えられるか、
そいつ次第だったろうよ。
それより、ちゃんと片はつけたらしいな。
約束だ。オレの血をやろう。
あとでオレのところに来いよ。
……そっか。
[そいつ次第――との答えに、僅か、安堵の息を吐く。
男に断言が出来ないのなら、自分が出来る筈もない]
[ゆるりと首を振る気配]
俺はセンセイを殺してない。
……センセイが、寿命で死んだんだ。
アンタの命令を…、守れてない。
―――…そうだな。
[力無い言葉()を肯定するのは、酷く優しげな声。]
あれは放っておいても死ぬ奴だった。
おまえが殺したわけではないな。
だが、オレは言ったぞ?
『生き残った方に、血をくれてやる』と。
[喉を鳴らす。
機嫌のいい獣の声。]
―――……そろそろ苦しくなってるんだろ?
遠慮すんな。 来いよ。
――っ…。
[飢えと貧血に、酷く疲労した脳髄に
『其れ』は毒の様に甘く浸み込む。
ひどく、怠かった。
其れが偽りでも罠でも、構わない気がした。
……其れがないと、生きられない様な、気がした]
…、…何処、…行けばいい?
[躊躇いを含んだ、暫くの沈黙のあと。
……戦慄く様にゆっくりと息が吐かれ、
のろのろとした、何かを畏れるような答えが返る]
――…今、…何処にいる?
……、南の塔に行く。
ヒュー・ガルデン、おまえも来い。
連中の、最後の場所にしてやるぞ。
[声の後に、喉の奥から零れる笑いが続いた。]
――
[ヒュー・ガルデン。
男の『声』として伝わる名前に瞠目し、
納得がいったと言うように呟いた]
……あの気配。
アイツだったのか。
なんだよ。
……クレアの想い出でも、語り明かす積もりか?
[城主と、騎士。
それに自分の共通点に気づき、苦く笑って独りごちる]
南の塔だな。
――わかった。
[獰猛な獣が獲物を前にしたような、気配。
恐らくは其処で狩を始めようとでもいうのだろう。
……どの道ヒトの血を吸いに行くわけではない。
けれど自ら彼を求めることは酷く惨めで
食事に行くのだと思うよりは、
いっそ気が楽だった]
お邪魔だったな。
……手伝えることは?
[男を最も苦しめるであろう聖術。
その使い手が此処で消えるのは望ましいことだ。
歪んで飢えた思考がそう訴える。
憎悪に絡め取られた男への思慕が
酷く甘くヒトとしての己を侵食してゆく。
苦笑した。
――彼を護ってやりたいと思った記憶は、
未だ鮮やかなままだというのに、と]
気にするな。
おまえを待つ間の暇つぶしだ。
[殊勝にも手伝いを言い出すさまに笑みを浮かべたが、
真のお愉しみはその先にある。]
まだちゃんとした褒美を受け取ってないだろう?
そら。こんどは遠慮するなよ。
[男の傷に、目が吸い寄せられる。
くるしい。
ひどく、唇が乾く。
生々しく濃厚な葡萄色の其れは、
尚一層薔薇の様に、鮮やかな芳香を放って]
……後、じゃ、ダメか?
今……?
[小さく喉を鳴らしながら、『声』で懇願する。
ムパムピスに聞かれたくはなかった。
欲に声を掠れさせた己への羞恥に、
僅か、喉を震わせる*]
おまえは「隻眼の男」── なのか?
[思念を向けてみる。]
(こんなに、きもちよかったのに、)
(……こんなに、…)
[唇を離し、犬のように喘ぐ。
煮えたぎる熱を呑み込んだような感覚。
鉄錆の匂いはあたかも薔薇の噎せるような芳香]
美味かったか?
[唇を離した"子"に、声を掛ける。
これ以上の濃い血は毒だとばかりに身を離し、
傷口を手で覆う。]
次は自分で狩ってみろ。
それができたら、また褒美をやるからな。
[揺蕩う闇の奥から洩れ伝わるのは、明瞭な言葉ではなく耽溺の陶酔。
同調して解き放ちたい衝動が迫り上がって呼気が浅くなる。]
[美味かったか、と尋ねる声に酷いいたたまれなさが襲う。
震える唇が開かれ──
紡ごうとした其れは声にならず、消える。]
[隻眼の男か―― と、
そう声を掛けられた事には気づいていた。
酩酊して返せなかった返答を、
酷く気まずげに年の近い『弟』に向けて響かせる]
……悪ィ。
もしかして、聞いてたか?
……ああ。
アンタにとっては仇になるんだろうな。
[なのに、何故こんなことになっているのか
まるでわからないと言いたげな、苦笑]
アンタは『ヒュー・ガルデン』――
クレアの騎士だろ?
クレア姉ちゃんを、……護ってくれてた奴だ。
[最初から、この騎士に悪感情はない。
アヴァロン伯が『クレア』であると理解した今は尚更]
いいぞ。
一段と可愛くなった。
[低い笑いに、嘲る色はない。]
…な。
俺が相手して、いいのか?
[ヘクターが彼に向ける波動が、
恐らく気に入りの獲物に対するものであることには
気づいていた]
構わん。しばらく相手してやれ。
―――そいつがどうするか、見たい。
[闇を揺らして届く声は気弱な──否、これは相手を思いやる響きだ。
今、その相手の姿を認める。]
名を 知りたい。
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