――回想/第1棟・広間――
……さみしいって顔じゃないな。
[ 形容する言葉とはほど遠く、見据えられる表情に短く落とした。
隙、狭められる距離には体を硬くしたまま。――屈みこまれる首もと、薄い皮膚をマスクごしに映せば喉奥がひく、と鳴る。ひとのにおい。
覗き込まれる視線に、反射材入りのレンズ越し目を合わせては。間近であれば、融合した獣――鮫らしい黒目がちの瞳が、寸暇男のそれとかち合ったかもしれない。食欲に滲むそこを隠す気もなかったが、挑発するような仕草にはただ、耐えるように眇め見つつ。]
ヴェス、……パタイン。そこ危ない、
[ “センセイ”は先ほどの名残と、また気まずさから距離を取るように付けていたものの。慣れない、といわれれば素直に呼び捨てに切換え、警告じみて余裕なく声を落とす。
長い施設暮らしの間――といっても、自分にとってはココが”せかいのぜんぶ”だったが――良く言葉を交わした男とは、多少気を許す仲だったろうか。
ただその体に幾度と、錯乱した己がしたことを忘れたわけでもなく。分かってるだろう、とわざと手袋をズラし脱いで、生身の掌を晒した。]
(108) 2015/07/11(Sat) 00時頃