ねえ、シメオン。
[やがて背を向けた青年を>>80呼んだ。振り向いてくれるだろうか。背を向けたままだとしても、気にせずに続ける。]
駅の東の、小さい丘。…覚えてる?
上まで登ると、モスクワ行きの列車が一番遠くまで見えるの。
[子供のころ、手を引かれて登った事がある。
アランが出て行ったその日に、泣き止まない自分をそこへ連れて行ってくれたのは、彼だった筈だ。]
土曜日の午後にはね。
あそこに登ると、向こうから来る列車もよく見えるのよ。
駅で、誰が降りたかも。
[膝の上に抱えた布地を抱く腕に、そっと力を込める。淡い菫色の刺繍が施されたワンピースは、体温が移って仄かに温かかった。
長いこと逸らし続けた視線を、今度こそ逸らさずに、扉の前で揺れる金の髪を見詰める。
瞬きをすると、何度もひとりで登った丘の上までの道が、はっきりと思い描ける。
けれど、続く言葉が紡がれる事はなく、ケイトは押し黙って顔を伏せる。]
(83) 2015/06/01(Mon) 10時頃