『なぁ。何度も言うけどあの絵、書き換えないの?』
[最後の客が店のドアノブに手をかけたところで思い出したように言う言葉。
その言葉で客を見送ろうとしていた視線を細長い店内奥の壁に描かれた絵画に向ける。]
いつもの「男の方が客に受けがいい」ってあれのことかい?
[この客だけでなく他の客からも何度かされてきた提案にうんざりしたように肩を竦め。
奥の壁に描かれているのは露出の多い伝統衣装に身を包んだ女達が大きな桶の中で葡萄を踏む姿。]
これでいいんだ。穢れなき乙女が踏んだ葡萄からはいいワインができる、そういう言い伝えがあるんだから。
『言い伝えはいいとしてさ、この店の客はこれ見ても喜ばないでしょ?
ここはやっぱり男にした方が…』
…最初からそういうつもりで店を開いた訳ではなかったからね。
今となってはまあそうなんだけど、それでも書き変える気はない。さぁ。帰った帰った。
[最後の客を追い出して、今しがた話題になった絵に視線を向ける。]
(78) 2015/08/01(Sat) 20時頃