―陸区・井戸の側にて―
[井戸の側に着いたのなら、からりからりと滑車を回し水を汲み。
寒さに冷えた体には、その水はあまり嬉しくは無かったけれど――少なくとも、目は覚めてくれた。]
………戻ろうにも、どうやって戻ろうか。
あぁ、そうや。見えへんのなら…無賃で帰れるんと違うか。
――戻っても、誰にも見えへんけど。
[そのままトボトボと陸区の道を歩き、そんな事を考え。
あゝ其れなら一層、意識も何も消えてくれればよかったのに、と。"鼠小僧も気が効かへんね"、と恨みがましく思いながら。
広がる田園を見つめ、幼い頃は弟とこんな景色の場所を散歩したりしたかしら、なんて。
田舎の街に育ったから、たまに来る露天商の店を覗くのがとても楽しみだった事を覚えている。
――あゝ、そうだ。この赤い耳飾りもまた、その露天商から買ったものだっただ。子供の小遣いで買った物だから、さして高価な物では無かったけれど。
揃いにしようか、と二つ買ったその飾り。
まだ穴の空いていない弟が、意を決して開けてくれと頼んで来た時の強がったあの顔には――何とも微笑ましかっただろうか。
そんな郷愁に浸っていたのなら、慣らしていた下駄をはたと止める。]
(47) ねこんこん 2015/01/30(Fri) 15時頃