241 線路上の雪燕
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この村にも恐るべき“人狼”の噂が流れてきた。ひそかに人間と入れ替わり、夜になると人間を襲うという魔物。不安に駆られた村人たちは、集会所へと集まるのだった……。
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とたたたたんっ。
めざましい速さで木の洞に駆け込むと、じっと潜んだ暗闇に瞳がふたつ。 いちど大好きな閉所に収まると、そうかんたんに出てはこないのだ。
(0) 2015/11/26(Thu) 23時頃
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––––––甲高い鳴き声が、霧の向こう側から近付いてくる。
(#0) 2015/11/26(Thu) 23時頃
鋭い音の狭間に、ちゅぴちゅぴと囀る様な音を
混ぜたような汽笛を鳴らすその蒸気機関車に
雪燕という名が付いたのは、それが初めて線路上を走ったほんの昔のことだった。
運行ルートの敷かれた南方の、質のいい石炭をたんと呑みながら噴く煙は
新入りの火夫が仕事を任された時だって、いつでも雪の様に真っ白なのだ。
地に鼓動の様な激しい振動を伝えつつ。
真っ黒なボディが煙霧を掻き分けて現れると、
7番ホームにはあちらこちらから温かなため息が広がった。
振動の間隔がゆっくりと、広くなっていく。
やがて車輪の軋む音が線路全体を振るわせて、雪燕は完全に静止し
己の到着を伝える様に、もう一度甲高い汽笛を鳴らした。
(#1) 2015/11/26(Thu) 23時頃
乗車口が開けば、しゃんと背の伸びた老齢の男が顔を出す。
それに続くのはチェック表などを携えた若い男だ。
老齢の男は片手でばね付きのスタンプを、かちん、かちんと景気良く鳴らし
顔に見合わぬ軽やかな足捌きで降りてきて、軽い敬礼。
「さあさあお待たせ致しましたお客様。
雪燕、ただいまの到着です…
では早速、切符を御拝見。
…ああ、荷物にはくれぐれもお気をつけて。」
ウィンク一つと、柔らかな微笑み。
乗車開始を告げる様に、雪燕は今一度、甲高い汽笛を寒空を突く様に鳴らし
人の波は流れの向きを変え始めた。
(#2) 2015/11/26(Thu) 23時頃
その流れの中。
汽車の真横をうろうろと前後し、大声を上げる青年が居る。
新聞売りだ。
乗り込んだ乗客には窓越しに、行列の客には手を叩きながら
片手一杯に抱えた薄灰紫の紙束を手際よく、銅貨へ変えて腰に下げた小箱に放り込んでいく–––––
(#3) 2015/11/26(Thu) 23時頃
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[新聞売りの手から滑り落ちたのか、 それとももう用済みとなったのか。 ホームの床に落ち、足跡まみれになった新聞紙の一面。 ぶかぶかの外套を纏った少年はしゃがみ込み見つめていた。
新聞紙を拾い上げようとした瞬間、 誰かの厳ついブーツがそれを踏み付けた。 びりり、と音を立て只でさえ満身創痍だった新聞紙は 遂に半分に引き裂ける。 一瞬怯えたように狼狽え、見上げたがブーツの主はとっくに人の海の向こう側、少年の事に気付きすらしなかったらしい –––あの剣幕、掏摸でも追っていたのだろうか。
ひふ、と息を吐くと、 拾い上げた新聞紙の片割れをくしゃりと握り、 売店側の壁へとそろそろと移動する。 売り子とも目が合わぬよう、積み上げられた木箱の陰にしゃがみ込む。 行き交う人の流れを警戒するように横目で見ながら、 少年は恐る恐る、新聞紙を両手で広げる。
その両手は、素手で岩盤でも掘ったかの様に、擦り剥け、膿んでいる。]
(1) 2015/11/26(Thu) 23時頃
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[ フリードの愛犬家、無惨な姿で発見
––––––––ヒトか犬か 下手人は如何に?
土埃を不揃いな爪先で払い、彼が凝視した一文。 『僅かな噛み痕の付いた腹部』という単語が 静かに少年を見詰めていた。*]
(2) 2015/11/26(Thu) 23時頃
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― 小さな古い宿 ―
〔リン、リン。 小さな宿に電話の音が鳴り響く。〕
はぁーい。
〔とたた、と古木の床を走る。 宿主に呼ばれた少女の足取りはステップを踏むように軽やかだ。
受話器を受け取り、電話機の向こうの人物の話に唇を尖らせたり、つんと澄ましてみたりしている。〕
ええ、ええ。 わかってるわ。おばあちゃん。 ちゃんと衣服もお金も歯ブラシも コップもあるんだからっ。
お、重くなんてないもの。 ……ちょっと詰めすぎちゃったけど……。 だから、心配ないわ。
(3) 2015/11/27(Fri) 00時半頃
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〔そう言いきると、小さく首を傾げてポケットを探る。〕 今からチェックアウトして、駅に行って、 汽車に乗るのよ。 なんていったかなぁ。ええと……。
そう、「雪燕」!
〔「サラグニッド」発「スウェルグ」行の夜行列車、 「雪燕」。
そのチケットをむき出しの白色電球の光に翳して、少女は声を弾ませた。*〕
(4) 2015/11/27(Fri) 00時半頃
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― 駅まで ―
〔サラグニッドの風が頬を撫でていく。 大きな荷物を提げた少女は、ふるると震えながら、駅の道を急いでいる。〕
ふっ、くっ……んーーー…… やっぱり、はりきって詰めすぎちゃったかな。
〔中々重たい荷物を見下ろして、眉を八の字にしながら、暖かな溜息を一つ零した。 出発までに間に合いはするだろうが、万が一を考えて早くついておきたい。
荷物は重いが、足取りは軽い。 初めて見る「汽車」。初めてする「旅」。 少女にとって、これ以上わくわくするものはないのだから。〕
(5) 2015/11/27(Fri) 01時頃
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( ああ、早く見てみたいなぁ…… 真っ黒な機関車! )
〔見知らぬものへの溢れそうな期待を、白い吐息に混ぜ込んで、ほうっと吐く。くるくると融けていくそれを見送ると、少女は引き続き、よいしょ、よいしょと荷物を引きずるようにして、駅へと向かうのだった。
道中、若い青年が新聞を売っていた。
少女は「それどころじゃないわ」と断ったのだけれど、「まぁまぁ」といわれて押し付けられて、仕方なく買ってしまう。
しまう前にふと見えた記事>>2に疑問符を浮べた。〕
愛犬家なのに噛まれるなんて不思議ね。**
(6) 2015/11/27(Fri) 01時頃
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― サラグニッド駅 ―
[ 2本の外周ベルトで封じた古い革のトランクを手に、ペラジーは急ぐ。
甲高い汽笛>>#1にいざなわれつつたどりついたのは、7番ホーム。>>#1 列車はすでに到着していた。 乗車口の前では、しゃんと背の伸びた老齢の男>>#2と、その補助らしき若い男>>#2が、並ぶ乗客を手際よくさばいている。
鋭い音を響かせる汽笛>>#2に負けまいとしてか、新聞売りの青年の声も大きい。>>#3 1部買っておこうと近づきながら、ペラジーはふと、ホームの床に落ちていた新聞紙>>1に気づいた。
それに手を伸ばした>>1小柄な人影にも。]
(7) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ 少年らしい。 身にまとったぶかぶかの外套>>1の袖口から覗いた手が、酷く赤い。 皮膚が擦り剥け、膿んでいる>>1ようにさえ見えた。
踏みつけられ、無残に破れた新聞紙を、その赤い手が拾い上げる。 少年は拾った新聞を一旦はくしゃりと握りしめた>>1が、周囲をうかがうと、売店のほうへ向かった。
どうにも気になって、ペラジーの眼は彼を追う。]
(8) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ 少年は積み上げられた木箱の陰にしゃがみ込んで、破れた新聞を両手で広げていた。>>1 文盲ではないらしい。 読みたい記事でもあるのだろうか。
周囲を警戒する様子>>1から、ペラジーは少年に近づくのをためらった。]
(9) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ ペラジーは大声を張り上げる新聞売りの青年>>#3に合図し、やってきた彼から新聞を1部買った。 乗客の列には加わらず、ホームのベンチに腰とトランクをおろすと、新聞紙を広げる。
「フリードの愛犬家、無惨な姿で発見
––––––––ヒトか犬か 下手人は如何に?」>>2
センセーショナルに脚色された地元紙の記事を読み進めるうち、ペラジーの手が震えてきた。]
まさか。
[ 否定する言葉を口から出したのは、自分の耳に聞かせるため。]
(10) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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― 回想・とある墓碑の前 ―
[ 「アイラの王子 ラシード ここに眠る
故国へ帰らんと欲するも、 道半ばで人狼の牙に斃れ」 ]
(11) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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― 現在・サラグニッド駅 ―
[ 涙の枯れた眼であの墓碑を見たのは、ちょうど半年前だった。]
ま、さか…………。
[ もう1度、ペラジーは口に出した。 赤い手をした少年よりも強い警戒と、狼狽を顔に浮かべながら。]
(12) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ 折り畳んだ新聞紙を小脇に挟むと、青い顔のままペラジーは立ち上がる。 トランクを持つが、乗車口には並ばず、売店のほうへと向かった。
売店でクラッカーの小箱をひとつ買う。
新聞を読んでいた少年がそのまま木箱の陰>>1にいれば、彼を怯えさせないようゆっくり近づき、クラッカーの小箱を差し出しただろう。 そして、相手を観察しただろう――なおも動揺を宿す眼で。]
(13) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ 明らかに彼のための外套ではないぶかぶかのそれは、父親か年長の兄のものだったのではないか? 彼は、
もしかすると、
自分と同じように、]
(14) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ 親しい者を殺されたばかりではないだろうか?
おとぎ話の世界の住人だと思われている 人狼 に。
]
(15) 2015/11/27(Fri) 04時半頃
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[ 気にしすぎなのかもしれない。 この半年、人狼のことを思い出さない日はなかった。
だから、何を見ても人狼と関連付けて考えてしまうのかもしれない。
決心したのではなかったか。 遠い地でやり直そうと。
これからは自分の生を生きるべきだ、 自分のために時間を遣うべきだ、と。]
(16) 2015/11/27(Fri) 05時頃
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――でも、 忘れ、られません、殿下…………!
[ ふいにこみ上げてきた涙をこぼすまいと、ペラジーはしばし寒空>>#2を見上げる。
少年は反応に困っていたかもしれない。 押し付けるようにしてクラッカーの箱を渡すと、ペラジーは踵を返した。
黒光りする列車に乗り込むため、急ぎ足で乗車口>>#2へ向かう。]**
(17) 2015/11/27(Fri) 05時頃
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― サラグニッド駅 ―
ちょ、っ、押さないでよ、見えなくなるじゃない!
[白い吐息が声とともに散る。 見知らぬだれかに悪態をつきながら、 汽車を近くに見ようとなんとか、前に出ようとするものの、 体格のいい人々にぎゅうぎゅう、押されてしまえば、 小柄なこの身では抵抗しようもない。
――この人達揃いも揃って汽車が見たいの!?
声は出ない。尻餅をついたはずみにトランクが揺れてがたりと音を立てるのみ。
あんまり痛くない。よし。 しかたがないから精一杯背のびして、 霧をかき分け7番線ホームに到着する蒸気機関車の雄姿を視界におさめた]
(18) 2015/11/27(Fri) 12時頃
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