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違うな。
お前が雨で消えてしまいそうに見えてね。
[拒絶許さぬ圧は、悪辣な害虫とは違うもの。
方や蛾一匹、方や花の主。
囁き際、後ろより耳朶に冷え切った唇を霞めさせる。]
丁は……雨に消えるような花では御座いません。
[更に冷えた感触を耳元に、肩が跳ねた。
花籠の主は、植物等では決してなく。
逃がすまいと、その圧が、蛇が如く絡みつく。
逆らう事など、決して出来ない。]
【人】 ランタン職人 ヴェスパタイン[反射には、機嫌よさげに唇の端を吊り上げる。 (50) 2014/09/20(Sat) 01時頃 |
[お前は美しい。
「お前はベルだ」という意味には聞こえず、目の前の男の唇から紡ぎ出された正確な音に顔が赤らむ。]
…自分を、知らない?
そんな、どういう
[未だ自分を知らないだなんて。
けれども否定の言葉を舌に乗せることはできなかった。
鳥籠の中で過ごしてきた22年間では充分に己を識ることができなかったのは明白であった。
与えられた生では金糸雀は自分がどのように羽ばたくのかさえ識らないまま。
他人にも自己にも本当の自分を識られていない寂寥感が蜜を求めさせたのか。
幼き頃から定められていた許婚の存在によって、すぐに変わってしまうことが分かっていた姓を自分のものだと思えなかったのと同じように。
自分の生をも自分の手の内にあるものだとは思えていなかったのである。
僕はそのことを初めて自覚した。]
そうかい、ソウカイ。
私の知る“丁”は、雨に根腐れを起こしてね。
狂い咲いてしまったものだから。
お前もそうなってしまうんじゃないかと思ったのさ。
[蛇が絡みつき、ぞろりと耳を嘗め上げる。
知っているぞ、見ているぞとは言葉裏。]
―――丁は“蝶”でもないんだよ?
[自分の生を見てきたかのように見透かす男の言葉に頬の温度は上がったままだ。
羞恥ゆえか。それとも理解されているという喜びからくる興奮ゆえだろうか。]
……。
[僕はどうにも離すことのできない視線と
沈黙によって彼の言葉の正しさを肯定した。]
[この花が何を思い、“丁”の字をとったかなど知らぬ。
そして男が知らぬように。
“丁”を手折ったのが男の手だということは
誰をもが知らぬことであろう。
先に告げた通り、少しばかり特別な花。
丁に丁を重ね。
蛇は首筋を緩やかに締め付けて。
後ろより首筋に残す、朱の花ひとつ。
無論、逃げることも拒否することも赦さない。
優しく、冷たく、甘美に、落つる。]
私を置いて、飛んでなどいかないでおくれ。
[まるで棒読み、或いは抒情詩。
どちらにとるかは、“ちょう”次第。]
【人】 ランタン職人 ヴェスパタインお前に買い手がつかないのなら。 (53) 2014/09/20(Sat) 01時半頃 |
伊達に長らく生きちゃいねぇよ。
お前さん、何も変わらず生きる気かね。
そいつぁ、良い子息、良い血筋、良い手本よ。
[一代で財を成した彼の親の集大成。
生まれながらの貴族を作り、彼はその様に育った。
決められた運命、彼の介入を許さぬ未来、永遠の鳥篭。]
だがな、お前さんは花籠へ訪れた。
[せせら笑う男の笑みは深くも悪質。
頬を唇で舐めるように迫れば、吐息が稜線を下っていく。
彼の美しい金色の羽は鑑賞されるためにあるのか。
格子越しの空以外を知らぬまま、永劫を生きるのか。
―――彼は永遠の孤独に耐えうるのか。]
――…来いよ、ニコラス坊や。
俺はお前さんのことを買っているんだ。
俺と出会っちまったが、運の尽きと、諦めな。
[傲慢な夜蛾の囁きが、淡く染まった肌に懐く。
何も知らない彼を染めるのではなく、壊してしまう程、勁い悪辣。]
以前の"丁"の話は、耳にしております。
[舌這う感触に息を呑んだ。
きゅ、と触れる指先を軽く握る。]
……ええ。
丁は、蝶では御座いません。
真似事をしても、決して飛ぶ事は出来ぬ花。
[首に痕残す感触にさえ、逆らえずに居る、哀れな花。]
[彼が何を思い"特別"だ等と告げるのか。
気付ける程に彼や"丁"を、己は知らず。
この己を閉じ込める花籠の主を、好ましく思う事は無く。
けれど、逆らい立場を危うくする賭けに出るでもなく。
行きません、とは言わず。
この花籠の外を望む唇で]
花は、飛べはしないのですよ。
[とだけ、繰り返し。]
[そうして拾わぬものから目を背け
それは『大事(しあわせ)』ではないと、謂い聴かせるのです。]
もし、違えば。
縁起でもないことをと、櫻の花を叱ってください。
[何故、探すことが出来ないのか。
何故、謂い聴かせねばならぬのか。
何故、大事な物を持ってはならなかったのか。
判らぬなりに拾う言葉と、判らぬ僕に聴かせる言葉で
綾取りのように完成した言葉を紡ぎました。]
―――藤之助さんに、何かございましたか?
[きゅうとその身を少しばかり
強く抱きしめたのでございます**]
【人】 ランタン職人 ヴェスパタイン[一階部屋の奥深く。 (62) 2014/09/20(Sat) 02時半頃 |
明日の明け方。
沈丁花に降り積もる雪は。
それは多くあるだろうねえ。
[丁は“蝶”に在らず。
花は飛ぶに在らず。]
[しかし綿毛持つ蒲公英なれば―――… **]
なにも、変わらず…
[鸚鵡返しに彼の言葉を繰り返す。
きっとこれから僕は許婚と結婚して新しい姓を得る。家の稼業を継いで親の築いた財を富ますことに老いるまで執心することになる。子もできることだろう。
そんな人生を今までと変わらず…
何一つ不幸の無い幸福だと思っていた生が改めて眼前に突きつけられ、途端に虚無感を覚えた。
頬を息が吹く。
自分よりも長く、そして異なる生を送ってきた男の匂いが僕を囲っているような気がした。
彼の纏う空気は一体どんなものを積み重ねて得られたものなのだろうか。
羽ばたき方を識りたくて。
やっと得られた理解への渇望と共に、
僕は悪辣たる毒蛾の誘いに頷いた。]
…はい。
[無知ゆえに毒を喰らうのではなく、
毒と判っていながら溺れる危うさで。]
[彼の人生には、安寧という言葉以外は存在しないのだろう。
恵まれた、と言えば聞こえは良いが、定められた生だ。
敗北の味を、従属の甘美を彼は知らない。
最初は傲慢な上流階級然とした態度に些細な興味。
次は蝶になりきらぬ横顔への好奇心。
果ては初体験に憧れる乙女のような彼に喉が渇いた。
深窓で育てられた彼の期待は、何処か幼く危うい。
されど、熟した果実のように蜜を滴らせ、己を誘う。
彼の傍が似合うのは白馬の王子様でも、可憐なお姫様でもない。
羞恥を掻き立て、下卑た悦びで彼を穢す、悪徳な支配者だ。]
[もしかすれば最初から彼の毒気に
魅かれていたのかもしれない。
家の者が見れば眉を顰めるであろうこの男に
恐れどころか好意を抱いたのは何故か。
未知への興味だけか?
僕は無意識に自分の求めているものが
分かっていたのではないか。
純白の処女雪然とした己の人生を穢す
荒々しい足跡を望んでいると。*]
[優しくしているのは、きっと己の為。
好き好んで花籠に咲く訳ではない己を慰めるための。
せめて、愛無くとも優しさが在って欲しいと望む、傲慢な花。
錆色の蝶の真逆に。]
……叱らないさ。答えは否だから。
何かあったわけじゃない、良くある話だ。
花籠から花が一輪消えるなんて、何度もあったろ?櫻子。
[日が昇ってから嫌な胸騒ぎは収まる気配は無く、むしろ増すばかり。
一目藤の花を見ようと訪れた時には、部屋は『何も無くなって』いたのだ。
『どうして』そうなったかまでは察せない、解らないが。
花がどうなったかなんて、想像するのは簡単だった。]
[年期がいつか明けたなら。俺自身も、彼の年期も明けたなら。
本当の名前をそっと教えるつもりだった。
柔らかな音で奏でられる名の音を聞きたかった。
雪山にかかる月も、『本物の朧月』も共に眺めたかった。
身に余る望みは砕け散り、砂のように落ちていく。]
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