228 【誰歓人狼騒動】滄海のカタストロフィ
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[女は何でも食べる。
人狼族の中にはレインのように人の肉以外はほとんど口にできないものもいるようだったが、女はあまり気にせず何でも食べた。
人の食べ物も、人の肉も、感情も。
その中でも女は人の感情が、何よりも負の感情が好きだった。
不安より嘆き、嘆きより緊張感、緊張感より恐怖が好きだったから医業は天職とも言えただろう──もしかすると、逆かも知れないが。
人の肉を食べたいという衝動がわき起こる時もあったが、病院で勤務していれば人の肉を手に入れるのはそう難しくない。]
[ただ、それだけでは時折物足りなくなるのだ。
──もっと、もっと。
それは人狼族の持つ本能のようなもの。
ボールを投げられた犬が喜んでそれを取りに走るように、目の前で猫じゃらしをちらつかされた猫がそれに飛びかかるように。
脳の一番奥深く、古い旧い衝動が頭をもたげる。
そういうときに、長い休みを取って、こうして旅行に出るのだ。
人を食らいつくしても、大抵はどこかの消えそうな集落だったりするから、姿を眩ませるのはたやすい。]
(けれど、今回はどうしようかしらね?)
[客船という閉じられた空間の中、ただ一人の生存者。
どういう話を紡ごうか、と、女はのんびりと思案していた**]
── それから、 ──
[霧が晴れて、夜が来て、陽が昇ってしばらくして、救助船がやってくる。
リゾート船に一人生き残った女は、蹌踉としたようすで救助された。
ラジオが一度だけリゾート船が人狼騒ぎに遭ったことを報じたが、それ以外は続報もなく。
人狼騒ぎは幻のように、表向きは“なかったこと”にされた。
それは船を持っていた旅行会社が悪評を恐れて報を差し止めたせいだと一部の人の間で噂されているが、実態はどうだったか。]
[救助された彼女が語った騒動の顛末は、警察関係者の一部だけが垣間見ることができる。
偽りの人狼騒動。
一匹は最初の犠牲者・フィリップで、もう一匹の狼は哀れな犠牲者のソフィア。
ソフィアに襲われそうになったとき、古い知り合いのグレッグが命を投げ出してまで自分を救ってくれた──という都合のいい筋書き。
何もかもが終わったあと、グロリアがグレッグの両親に対し、手厚い礼を述べたのは言うまでもない。
──方向は違えど感謝をしているのは紛れもない事実だ。
故に、彼女の言に偽りが混じっていることなど、子を亡くし悲嘆に暮れる親たちが気づける訳もなかった。]
[海に落ちた遺体達は、深い海に沈み海流に掠われ肉食の魚に食べられて、決して見つかることはない。
そんな場所を選んで足止めしている。
彼女からのメールが誰かに届いていたかもしれないが、調書は警察の元にある。
血液検査をしようと磁力で身体の中を覗いてみても、グロリアが人以外の何かであると言うことは知れない。
そんなことくらいは、先達の人狼達の手でとっくの昔に解明済みだから、グロリアが執拗な検査に揺らぐわけもなかった。
もし誰かがそれを告発したとしても──それは人狼の報復行動だと、何なら処刑してみる? と。
彼女は余裕の笑みを見せるだろう。
──人倫上、それが許されないと知っている]
[いつか、また衝動が抑えきれなくなったとき。
そのときに生き延びられるかはまた別の話だが、彼女はあまり気にしていない。
それは、気にするだけ無駄な話。
生きるためにはいつでも、リスクがついて回る。
ただ、それだけ**]
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