112 燐火硝子に人狼の影.
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[そう。「この手で」殺すために。]
――――…
[獣たちを狩る人間の集まりと。
かの少女の母を殺めたであろう人々と。
その少年――サリスの母を殺めた人々と。
同じ手は使うまい。使ってやるまい。それが、傷跡残る男のしがらみ。
あぁ―――それは、あまりにも、甘かった。]
――…。
[吐息のあとに流れる長い空白]
今宵はホレーショ―が、自警団のもとに。
[短い、知らせ。
それはサリスがミドルの名を呼ぶ前後に齎される]
リヒトさん。
あなたのお気に入り、
――場合によっては、殺します。
[リヒトへと告げる声は、
同時にサリスへの宣告ともなった。]
横取りされたくないのであれば、お早めに。
仲違いでもしたかい?
[ミドルの聲に常と変わらぬ様子で問う。
彼女の意志を聞けど、焦る様子はない。
サリスが人間の娘を選ぶ未来は想定の範囲内]
ええ、そんなところです。
……止めないんですね?
[あの時は冗談の上ではあったものの、
彼は自分の獲物だと言っていたというのに。
とはいえ、サリスがこちらを殺しにくるのなら。
たとえ止められたとしても、聞くつもりはなかっただろう。]
そうか。
困ったものだね。
[ミドルの応えに漏らす嘆息。
問いかける聲にはいくらか考え]
――…止める止めない以前に
私の意志はもう伝えてあるからね。
[所有権を主張する軽口。
それを知った上で脅かすならば関係は一変する]
わかりました。
[応えは簡潔。
場合によっては同胞と対立する事も推測できたが。
サリスの出方によっては、それもまた止むをえないだろう。]
――…嗚呼。
[ミドルに短い応えを向ける。
彼女を同胞であると認識している。
共同戦線といったように仲間であるとも。
けれど、これからの時間を共に過ごす事は
彼女も範疇にないだろうしリヒトも考えてはいない。
何れ去りゆく存在を留める術などもたない。
力をもって制するほかは知らなかった]
[確かに聞こえていた。一人の男のその名前。
それが意味するのは、此処にはもう人間の少女と男と、人狼の少女と男しか残されて居ないということ。
――男がたったひとりで刃向おうとする、その人狼たちのこえが聞こえる。
今まさに少女の人狼に害を為さんとするサリスは、ミドルが告げたその言葉に、自身への宣告が含まれていることを覚っていた。
それだけなら、ただ、何も言わずに聞いただけだった。]
なにを。 いまさら、
[リヒトの「お気に入り」。
そうも告げたミドルに返す、そのうつくしい獣のこえ。
サリスのこえは、震えることなく。けれど、零れていた。]
あァ。あんたは。
慣れたんだろ。ひとり、に。
[全てを、メアリーをも喰らい尽くすと告げてきた男の。
その「意志」ということば聞きながら、また、短く零す。]
慣れたよ。
同じになる事を望んだサリスが
同じになる事は無かったと知ったあの時に。
[サリスの聲に、クツと笑いながら言葉を返す。
メアリーを喰らう事を告げたあの時、
サリスがメアリーを選ぶなら
彼が生きる為に殺されてやっても良いかもしれないと思った。
別の選択を心の何処かで望む気持ちはあったのだけれど
矜持の高い獣は、言葉になどしない]
は。
そりゃ、良かった、わ。 あァ、同じに、なんか……
[痛みで鈍った感覚の中。
このこえの主がより近くに居たことに、その時、気づかなかった。]
――…ならずとも、構わない。
私はあの日、人間であった「サリス」に出会い
心惹かれたのだから、な。
[クツ、とまた笑みが零れる]
――…サリス。
苦しくないように、と彼女は言っているが。
彼女の望む安らかな死を与えるか
光を失い、声を失い、腕を失い――…
果てぬ苦しみを負わせて生かすか。
好きな方を選ぶが良い。
何、だよ、
それなのに、「おなじに」、とか言いやがって、た、とか。
っつか、メアリーに、言ったばっかじゃ、ねェ、か、今、
人間の食事と同じ、って、
なのに、ひかれた、と か、
[彼はおそらくグロリアに対しても、「おなじ」ならぬものでありながら、妹として愛していたのだろうと思う。
けれど、己は?心惹かれた、とは―――。
取り留めのない言葉は、戸惑いの表れ。]
なに、笑ってん、だよ……、
「おなじに」と望まねば――…
何れ壊してしまうから。
[人間と人狼は共存出来ないと思う。
飢えをやり過ごす術を知らず生きてきた]
人間は、食事と、同じだと思っている。
生きるために、必要な糧。
けれど、あの日、あの夜――…
「サリス」と名乗ったあの存在を消すのは惜しいと思った。
獲物を見逃したのは、一度きり。
私の姿を見て、生き延び、再び出会ったのは
「サリス」だけ――。
[妹にさえ見せたことのない姿。
それを知る人間で生きているのはただひとりきり]
……………………、
ばか。
決まってン、だろ。
あの子の、メアリーの、願う、通りに、しろ 。
――…、サリス。
お前も、十分、莫迦だと思うぞ。
[彼の言葉を否定はしない、返し]
――…本当に、良いのだな?
[再度、サリスに尋ねる。
微笑む少女の向こうに彼の姿を翡翠はとらえ]
[その時響いたこえには、直ぐには何も答えなかった。
未だ捉えきれていない、受け入れ切れていない、と言うべきだったかもしれない。
寄せる思いは、一人の少女の生死を分かつ方へと。]
あァ。
どうせオレは、馬鹿で、結構。
[その答えから、リヒトは約を違えぬだろうと。
過った安堵は安堵のようでいて、それでもなお痛み滲むもの。]
……………………、
[今一度続く尋ねには、幾許かの間が空き。]
良い、よ。
苦しませてまで、生か、し、て……なんざ、でき、ねェ。
あの子が、願った、通り、に、して、くれ。
[生きろ、と。そうとばかり人に言ってきた男は。
今ここで、今度こそ、その死を受け入れようとした。]
――…嗚呼。
[翡翠は彼を見詰めたまま
短い了承の言葉をサリスへと向けた。]
[サリスに見るなとは言わなかった。
視界を遮ることもしない。
見るも見ないも、彼の選択次第]
[どのくらいしてか、此処で漸く、あの時のこえのことを思う。
零したこえに震えも何のいろも滲まないのは憔悴の証。]
なァ、リヒト。
グロリアさんは。妹さんは。
あんたの正体、あんたの「姿」を、知らねェ、のか。
……まるで。オレばっかり、が。
一度きりだとか、特別だとか、言いたげ、な。
惜しい、とか。 壊したくねェ、みたい、な。
[見詰めてきた翡翠のいろ。
ある程度、その主の言葉の意味は、察していた。]
答えろ。リヒト。
オレを――サリスを。これから、どうしたいんだ。
[かつての少年は、俯いたまま、その未来を、問う。**]
[名を呼ばれ薄っすらと濡れた翡翠がサリスを見遣る。
力を失いくずおれる少女の身体を片腕で支え
己も膝を折り血だまりの中、そっと少女を寝かせた]
――…なんだ。
グロリアに興味があるのか?
[妹の名を聞けば怪訝そうに片眉が跳ねる]
妹は兄が人狼だとは知らない。
獣の姿を見せた事は一度もない。
知られれば、喰らうより他ないからな。
[血をわけた双子の妹でさえ、見逃す心算ないと告げる]
[答えろ、と言うサリスの聲が血の酔いから醒ますよう]
――…莫迦だが、そう、鈍くもないか。
[知性の色灯る翡翠が俯く彼をじ、と見据える。
言った事を覆しはしなかった]
はじめて出逢ったあの月夜から
「サリス」は私にとっては特別な存在だ。
もう二度と逢わぬだろうと思ってはいたが
お前の見せたあの貌も、耳朶打つあの声も
忘れた夜は、なかった。
[其れを吐露するのも、獣の気まぐれではあるが
相変わらずといった風情でサリスに偽りは混ぜず]
これから、か。
[ぽつ、と呟き、柳眉を寄せる。
逡巡するような躊躇うような間があいて]
サリス。
お前はこれからもそのまま在れば良い。
逃げる事を望んでも、逃がしてはやらぬ。
命尽きるその日まで私の傍に在れ。
[命尽きるその日まで。
たとえ壊れてしまおうとも。
傍らにあることを望むと答える聲は酷く傲慢で**]
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