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「サリス」――…?
[響きに覚えがあれどすぐには思い至らない。
シーシャと名乗る彼の紡ぐ言葉
思索にふける間が、少なからずあいた]
―回想/十数年前の或る夜―
[長期休暇でこの町の別荘を訪れていたある日。
飢えを覚え獲物を探しに町に出た。
煌々と輝く月が照らす中、見つけたのは一人の少年。
己よりも少しばかり年上に見える。
人の姿であれば力負けする可能性も否めない相手だったが
リヒトは金色の獣の姿へと変じ、人気のない通りで彼に襲いかかった]
――…グル ゥ
[低い唸り声をあげ、組み敷いた少年を見下ろす。
もがき逃げようとする彼の腕を押さえつければ
喰うものと喰われるものの立場は歴然となろう。
たすけて、とサリスなる少年が言うを聞きながら
金色の獣は心臓のある左の肩に薄い傷をつけその血を啜った]
[獣の舌に触れる命の味は甘美。
口腔に広がるその香に酔うように翡翠が蕩ける]
良い声で啼いて呉れる。
[愉悦滲む人の声が赤く裂けた獣の口から零れた。
助けを求めた者がこれまでいなかったわけではない。
けれどその度、黙殺し飢えを満たしてきた。
今度もそうなるはずだったのに]
サリス、か。
私と同じになるなら、見逃しても良い。
[獣はわらいながらそんな事を言った]
[傷口をなぞるように幾度か舌を這わせる。
サリスの流した血と獣の唾液が混じりあい
人気のないその道にぴちゃりぴちゃりと濡れた音が響く]
今宵は気分が好い。
あの月に免じて、喰うのは止めておこう。
[気まぐれだと言わんばかりの言葉を紡ぎ
組み敷いた獲物の腕から前足を退ける。
いつの間にか意識を失ったサリスに届いたかどうかは知れず
じ、と翡翠は閉ざされた彼の目許を見つめた]
夜に出歩くのは止めておけ。
次に会うことがあれば――…
[二度はないとでも言う風に呟き
サリスの流した涙をぺろと舐める。
口にはあわなかったのか、獣は、つ、と顔を背けて]
やはり血肉でなければ、満たされない。
[分かりきった事を口にする。
人間と己が違う存在なのは知っている。
相容れないと理解していたから割りきっていたはずなのに。
いつか命取りになるやもしれぬ気まぐれをゆるしてしまうのは
どこかに甘さが残っていたのかもしれない。
金の獣は獲物の命を奪わぬまま、再び闇へと姿を消した]
―回想/了―
――…昔、そんな名を聞いた覚えがあるな。
会ったのは一度きり。
それからどうなったかも知れない相手だ。
[ぽつり、つぶやきを漏らす。
シーシャという名であると認識していた男が
サリスと名乗り直せば、ピクと柳眉が跳ねた]
まさか――…
[悪い冗談でも聞いたかのように信じられぬといった風の声]
【人】 花売り メアリー[食事の後、後片付けを一通り手伝った後 (19) 2013/02/05(Tue) 01時頃 |
[シチューで満たされる飢えではなく。
ドアの向こうにある食事を本能が求める。
リヒトを待つか、否か。]
ねえ、リヒトさん。
……もう、食べてもいいですか?
[がっつくようではしたないとは思うものの、
発した声には焦れた響きが混じっていただろう。
狩ってもらう食事を楽しみにする部分もあったが。
リヒトが手が離せないようなら、
己の手で食事を始めるかもしれない。]
[これは未だ眠らない昨夜のこと。
リヒト
そ、っか。
[「まさか」、と。そんなこえも聞こえてきた。
ミドルに対しはっきりとサリスと名乗った男は、この時、それ以上何も言わなかった。]
[―――の、だけれど。]
[もう人々の寝静まってしまっただろう、深い夜のこと。]
…………は、
[左の肩口、古傷の場所がじくりと痛む。
この夜はとりわけ酷く苦しく、上手く眠ることができないでいた。]
あんたの、気紛れ、で、
こんな、苦しい、思い、 ッぐ、あ……
[あの時の獣の言葉
今、夢とも現ともつかない心地で零すこえは、あの時の少年のように惨めに震えた声のいろ。]
[何時かの言葉
サリスはそれでも人のまま。リヒトと、「人狼」と同じになれているとは未だ思えない。
けれど、見殺しにするという形で。更にミドル
それに、人狼が力を得れば、あんな憎らしい自警団なんかだって――。
娘が狩られるその現場に、サリスが現れることは無かった。
男が皆の前に姿を見せるのは、朝になってからのこと。**]
―昨夜/アイリスの部屋―
[夜闇に紛れるようにして男はアイリスの部屋を訪れる。
扉の鍵は掛かってはいなかった。
音立てぬよう扉を開けて中へと身を滑り込ませる。
後ろ手に扉を閉め、明かりを消すのは念のため。
男は気配を殺し獲物の傍へ忍び寄る]
アイリス、――見極める者よ。
[まどろむ彼女を現に呼び戻すように掛けられる声。
彼女の意識が覚めるのはややしてからだった]
おはよう。お邪魔してるよ。
[其処にあるのが当然であるかのように男は女の傍らで微笑む]
[来訪者の存在にアイリスが驚くのも当然の事。
彼女が息を吸い込む気配に、男の手が動いた。
悲鳴があがる前に開かれたその口を塞ぐ]
まだ夜更けだ。
他の者の眠りを妨げてはいけないよ。
[窘めるように年下の娘に言い聞かせる]
見極める手間を省きに来た。
――…私が、キミたちの探す者だ。
[に、と口の端を持ち上げて男は人狼であると告げた]
[驚きに見開かれたアイリスの眸に映り込む男の顔。
人であったその姿は金色の毛並みに覆われてゆく。
人とも獣とも言い切れぬ姿は物語の中の人狼そのもの。
完全な獣の姿にも変じられるがリヒトは態とその姿を見せつける]
力があると自警団に知られねば
こんな事に巻き込まれる事も無かっただろうに。
――…災難だったな。
[災難の一言で済ませるには酷い未来。
彼女の命運を握る人狼は冷えた声音で彼女に囁きかけた。
裂けた赤い口許からは生暖かな息がこぼれその耳朶に触れる]
処刑などされて堪るか。
[低い呟きを聞けたのはアイリスのみ]
[恐怖に顔を引き攣らせるアイリスを横目に見遣り
口塞いだまま、もう片方の手でとらえた腕に力を込める。
鋭い爪が彼女の肌を裂き、その肉に食い込んだ。
逃れようと藻掻いた彼女の手が人狼の鼻先を掠める]
逃がさない。
暴れれば余計に痛い思いをするだけだ。
[諦めろと慈悲なき声が落ちる]
キミの命が我らの生きる糧となる。
[そう紡いだ口が大きく開かれて女の白い喉へと寄せられた]
[硬い何かを噛み砕く鈍い音が獣の耳に響く。
断末魔の叫びが宛てがわれたままの手に消えて]
――…。
[間もなく意識を失い息を引き取る気配がその掌に感じられる。
事切れた女の肢体がくずおれる前に
人狼は彼女の口許から手を外しその腰を抱きとめた。
咥えたその喉から迸る血潮が人狼の口腔を満たしてゆく。
甘く芳しい女の血は芳醇な葡萄酒よりも人狼を酔わせるよう。
コクリと上下する喉骨。
一口では飲みきれぬ赤が床に散り
月明かりの下、何よりも鮮やかな花を咲かせた]
[彼女の首筋から人狼の牙が引き抜かれる。
男の腕に余る細い腰を支えながら
赤く彩られた床にアイリスを横たえた]
ミドル、待たせたな。
狩りは滞り無く済んだ、食餌の時間だ。
[リヒトと名乗る人狼は漸くミドルとサリスに意識を向ける]
今の内に腹を満たして力を蓄えておくといい。
見極める者が屠られたとあれば
自警団の警戒も更に厳しくなるだろう。
[自警団は元より解放する気はなかっただろうが
容疑者として集められた者たちも
半信半疑であった人狼がいると知り変化があるだろうと思う**]
[昨夜聞こえた嘆息と短い応え
もう会うこともないだろうと思っていた相手との再会を
受け止めた獣の心中は複雑なものだった。
己の聲を聞き言葉を交わす彼を仲間と思う反面
牙を持たぬままである事を仄かに残念に思う]
――…嗚呼。
[染まりきらぬならば喰ってしまおうか。
あの時聞いた声と血の味は好ましいものだったはず。
アイリスを手に掛けた張本人は何食わぬ顔で自警団に
彼女の死を伝えながら、ひそやかにわらう**]
【人】 花売り メアリー―― 早朝・自室にて ―― (37) 2013/02/05(Tue) 13時半頃 |
【人】 花売り メアリー……やっぱり、隈、できちゃってるな。 (38) 2013/02/05(Tue) 13時半頃 |
【人】 花売り メアリー―― 調理場の近く ―― (41) 2013/02/05(Tue) 14時頃 |
ー 昨夜遅く ー
[アイリスの部屋の前で迷い…その時は、手を離した。
空腹を抱えて丸まっていれば、
待ち望んだ食餌の時間を告げる声
すぐに伺います。
[髪をほどいたままに、アイリスの部屋を目指す。
闇の中でも迷いはせず。
一度はノブに手をかけた部屋へと。]
[アイリスの部屋へ入れば、香しい匂いが鼻をついて。
闇の中にあっても床に横たえらてたアイリスの白い肌を
彩る赤は見えていた。]
リヒトさん、ありがとうございます。
[リヒトは先に食餌を終えていただろうか。
感謝を告げ、まだ温もりの残る彼女の傍で膝を折った。]
ーーいただきます。
[囁く声は久々の食餌を迎える歓喜に弾んでいた。
アイリスの頬に付着した血を指で拭い、ぺろりと舐める。
そこからは飢えを満たすための、獣としての時間。]
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