[青年は、ここに来る前のことは、あまり覚えていない。
途切れ途切れの音と鮮明な映像が残るのみで、感情や経緯はそのほとんどがとっくの昔に咲いて、散ってしまった。
けれども、写真のフィルムのように焼き付いた映像を並べてしまえば、それは無声映画のように編み上げられたストーリーになって。
知りたくもない現実は、『記憶』として彼を苛んでいた。
奇形の獣や人間を集めた見世物小屋。
向けられる好奇の目。泣けば花が咲くからと、随分手酷い扱いを受けた事。
雨の日曜日に、街へ来た大きなサーカスの一団。喧騒に紛れて、みんなで逃げた。一緒にいたのは皆、ささやかな金で親に売り飛ばされた者達ばかり。
赤いフードの誰かを見掛けたのは、おそらくその逃亡劇の途中で。人に紛れるために忍び込んだサーカスのテント。同じ見世物の筈なに、こんなにも鮮やかな世界があるのかと。
逃げ出した興奮とあいまって、その日はなかなか寝付けなかったのは、まだ憶えている。]
(53) 2014/09/10(Wed) 15時頃