[赤い血でべっとりと、顔面が染められている。意識していなかったペイントに自然と右手で頬に触れる。]
――ああ、狼を噛んだ時。
[原因に思い当れば肩の力を抜く。
常より長く長く引かれた赤は頬を横切り、笑いすぎて耳まで口が裂けたよう。
自分にはできない笑顔を思い浮かべて、少し目を伏せた。
一歩二歩、鏡に近寄る]
笑うのは大道芸の――ネイサンの仕事 だよな。俺じゃない。
こんなに笑顔なら、ネイサンに任せよう、か?
でもこの顔は、ネイサンとも少し違う。
[秘密の提案をするように指を一本、唇の前に立てる。
赤い隙間から覗く緑の歯列が妙にギラついて見えて、男は小さく笑った。
「ネイサン」は人を笑わせるとき被る仮面、白塗りで赤い唇が弧を描く。
裂けたような赤いペイントが描くのはネイサンよりももっと、もっと――。
男は一度目を閉じた]
(29) 2011/10/21(Fri) 02時半頃