162 絶望と後悔と懺悔と
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[死んでしまったもの、なくしてしまったもの
壊れてしまったもの。
全てがもう戻ることのないもの。
そして自身ももう皆が知る自分ではないけれど]
殺して、君も死んだんだね。
せめて君の失ってしまったものが
君が想うようになりますように。
[泣いたような声の主が誰であるかはわからない。
そんな呟きは風がきっとどこかに運んで…散じるだろう*]
[声がしたような気がした。
それはリーに似ていた。
だから、急いで、探す。
声の方向を探してみるけれど、
でも、何も見つけるものはない。
でも、それでも、探す。
探して探して探して
でも何もない]
[声は、形ある言葉を囁いてから去っていく。
それは、慰みなのだろう。
そして、去っていったことを感じれば、やはり項垂れるしかない]
――……
[失った…いや、自分が殺してしまったものが
もう、自分などを思うことはないと思う。
すべてが間違った道で、手遅ればかりだ。
周のこともリーのことも、マユミのことも]
[
絶望は終わらない
後悔は消えない
懺悔は尽きない
ただ、それらは、確かにこれまでの自身をかたち作るもの]
リー、ごめんな。
[ぽつり、それはきっとその存在に似ていたから、
また座り込んで、朝日に謝った*]
[思い出すのは、どうしてか。
少し後ろから見つめていた背中、
いつのまにかずっと大きくなってしまった]
――……、
[ 丸められた背中に両手を伸ばす。
そっと頬を摺り寄せて、ただ目蓋を閉ざした。
寄り添うだけ、
語る言葉は何も無い。
触れる肌も温度も鼓動ももうない、けれど。
自分が自分であった想いの全てが伝わるように*]
[背中に感じたのは、ぬくもり、と表現したくなるような存在感。
振り向いたとき、その姿は目に見えるものなのだろうか。
見えるならば、そのまま、顔はぐしゃりとなった]
……ただいま。
[今度こそ本当に、
こころからそう言える。
ゆっくりと閉ざしていた目蓋を開けば、
緋色は既に失われ、穏やかな墨染めの色。
きっと記憶にあるように柔らかに微笑んだ]
マユミ……。
[顔はひどい顔になって、そして、また俯く。
それはあの頃のようにも見えて、
いや、嘘だ。あの頃よりずっと大人になった]
――……マユミも、ごめんな。
[結局、殺してしまった。
リーもマユミも。
それは
もう忘れることができない]
……理衣くんはね、
あなたに殺してほしいって思ってたんだよ。
あなたが特別な友達だから。
だから、
わたしまで願ってはいけないと思ってた。
[向けられた謝罪の意味を知る、
そんな想いをさせてしまうから、
願ってはいけないと思っていたこと]
……わたしこそ、ごめんね。
ちゃんと自分で死ねればよかった。
――……知っでる。
[マユミの言葉に、顔もあげずに]
だがら、なお、謝るんだ。
そんな想いしがさせられながっだ。
おでは、リーにも幸せになっでほしがっだだ。
いや、リーにもいいたがっだんだ。
おかえりっで……。
[そして、思ってまた顔を歪ませた]
マユミは、
おでが殺すっでいっだし……。
[そういったけれど、やはり辛かったことは間違いなくて]
[その周であった獣の姿、
その存在はわかるのだろうか。
周であったのなら、気がついてしまうだろうか。
マユミを貫いて、そして、己を貫いたその刃が彼のものであることを]
わたしは自分で死ぬべきだった?
お父様にころされるべきだった?
……それとも、あなたを殺すべきだった?
[今彼が感じる痛みは、
本来、自分が負うべき痛みだった]
あなたはわたしを殺すことで、
あなたを殺す苦しみから、わたしを救ってくれた。
だから、
わたしは最期に幸せだった……、
あなたのおかげで、幸せだったの。
[マユミの言葉をきいて、
その重なる単語、やはり哀しくなって……]
――……違うだや。
お前は生きるべきだっだだや。
人間としで……。
[そんなこと無理だった。わかってて、
でも、哀しいから。殺すべきか死ぬべきか、その二つしかない女の子なんて]
おでは、お前を幸せにしたがっだだ。
もっと違う幸せを……。
[丸くなって背中、そのおかれた手を掴めば、振り向いて]
もっがいお前に会いたいだな。
――……こんどはころさね、がら……。
[やっぱりその身体を抱きしめてしまうのだ]
……そうね、
あなたは幸せな未来を描いてくれた。
運命を捻じ曲げた父を、
始祖をいつかこの手で討つ、と。
ただ、それだけしか残っていなかった私に、
未来を聞かせてくれた。
[望みなどなければ絶たれることはない。
幸せを願うことは無かった、
幸福も家族もあの頃ももう返ってこない遠くの場所にある、
だから、その遠くの場所で幸せでいてくれればよかった。
自分はその幸福に微塵も関係なくても、よかった。
だから絶望はなかった、しかし希望もなかった。
生きていようとも、死んでいようとも変わりない]
だから私は、
人間として生きられなかったけど、
……人間として死ねたような気がするの。
[彼の描いてくれた叶うことのない望み。
鬼となってから初めて想像した気がする。
人の心を思い出せた気がする]
うん、そうだね。
もう一回会えたら、今度は――
[抱きしめる腕に、
記憶の中の温度と匂いと甘苦しさに、
泣き笑いのような顔になる]
あなたのお嫁さんにしてね……
[きっとありえない約束。
死んだら、きっと、終わりなのだろう。
いや、自分はもう、この場から離れられない気さえするのに
でも、彼女と違う、どうしても願い続けてきていた
家族を取り戻すことを。
取り戻すためには、自ら、家族を捨ててもいいと思ったほど。
あの時のあの食卓。
あれは、幻なんかじゃなかったから]
――……約束だがんな。
[マユミに向けるのは、それでも、一ヶ月年下の顔。
でも、確かにそれは、今でなく、
あの頃の顔を一瞬見せることになる]
――……そうだ。
周は、どうなっだが、しっでるだが?
[ふと、尋ねるのは、
あの時、零留に連れていかれ、そして、眷属になっただろう周のこと。
マユミはわかるだろうか]
[あの頃のようで、
もうあの頃とは違うから。
子供ならば、それは指きりだったけど]
……約束、
[それはもう少し別の方法に、した。そして]
……周も、抗い続けているわ。
[ 見やる先、
父を屠らんと駆ける獣の姿は、
見えはしなかったけれど]
[――…ふわり。
―――浮遊する感覚。
――…ゆらり。
―――揺蕩う、意識。]
[死の間際。 望んだのは、全てからの解放。
…だから、この魂は黄泉路を逝くとばかり思っていたけれど。]
――まぁ、
そういうわけには、いかないよなぁ…
[抱かれたのは、昏き地の底でなく、朝焼けの空。
嗚呼、眼下で今、起こっていることの結末は、
自分が向き合わねばならぬこの終焉は、
これまでの行動、その罪に対する罰となり己を縛り責め苛むのか、
それとも希望を遺し、この魂の標、次への福音と生り得るのか。]
[今まで散々逃げ続けた男に対する神の選択は、きっと正しい。]
…最後まで見届ける、責任が、あるよな。
[正面から向き合ってやれなかった弟、妹へ。
長く肩を並べ、共に闘ったジャニスへ。
もういなくなってしまった兄、姉へ。
憧れ、背を追い続けたあの人へ。
…そして、刃の届くことのなかった仇敵へも。
――それぞれに対する想いがある。
自分の行いと、それの齎す結果を、今一度見つめて。]
[遂に戦場に姿を現した獣の双眸に映るのは
総身を紅に染めた黄金の鬼に、
細い首を締め上げられる少女の無惨な姿。
嗚呼、――かの鬼は獣から
後、どれだけ大切なモノを奪えば気が済むのか]
[今、獣を駆り立てる衝動は、怒りでも憎悪でも無い。
この足を動かすのは、金色の呪縛から逃れるため、捨て去ろうとしていた願い。
『囚われた家族の自由を取り戻す』
だから、斃すためではなく、
リカルダを奪い返すため、獣は――周は、黄金の鬼の元へと疾駆するのだ]
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