162 絶望と後悔と懺悔と
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[思い出すこと
施設に来たばかりの頃、大人からすると随分なすれっからしだった。
サミィとであった時はにやついた笑みを浮かべるだけで何もいわなかった。
昔から、あまり心情は吐露しないほうで。
よく頭が良いとか周りから言われたけれど
そんなことは全く無い。
ただ、自分に被害がこないようにすることだけは
よく考えていたと思う。
身体的なものは勿論、精神面でも。
多分、周と遊びという殴りあいをしたり、安吾に稽古付けて貰っている時はそんないやなことは忘れることができていて]
俺、早く大人になりたいな。
[早く、「家族」というものから離れたいと思う心境、きっと誰も知らなかっただろうけれど]
―零瑠との対峙―
――「『家族』を守りたい。」
[左手で鞘ごと零瑠を引き寄せて、ぎりぎりとその均衡を保つ。
そして投げつけた問いに返される答えを聞き、眉根を寄せた。
思い出すのは、ホリーの言葉。
…「貴方がいくら拒んでも、大事な家族を殺すようにしてあげるわ。」と。
たしかに、そう言ったのだ。
笑いながら、それが愉悦であると示した。]
[そういう奴らなのだ。純粋な吸血鬼というのは。
少なくとも自分が今まで出会ってきた彼らは皆、そういう思考の持ち主だった。
それは種の違いがもたらす感情、本能的なものなのか、
或いは、何処から来て何処へ行くともわからぬ、永い歳月を経て形作られるものなのか。
人間には伺い知ることのできない、深い闇。
…しかし彼らが残虐なのは、事実。
――そう考えているから、
この状況を楽しむ非情さ、残酷さを持つ始祖に味方する零瑠の願いは、どこか乖離して見えて。]
[続く願望により一層、顔を顰める。
それに低く呟くように返す言葉は、きっとジャニスらには聞こえない。]
…それは、脅しか。
鬼と人との新しい世…それが叶わないなら、解放しない。
つまりはそういうことだろ。
ここで始祖に味方して、どんな世界を思い描いてるか知らないが。
おまえの我儘一つのために。
それが叶わないがために、どれだけ多くの人の人生が、命が犠牲になるんだ。
今の言い分だと、まるでおまえの一声であいつらが解放されるみたいじゃねぇか。
それができる立場にあって、それをしないのであれば。
…おまえに、今の俺とジャニスの行動を非難される言われは、ない。
――本気で共存を願うなら、まずは自分の側から行動して誠意を示せ。
人に求めてばかりで、それがなきゃ動けないってなら。
おまえの望む世界は、永遠に実現しねぇと俺は思う。
…望みは。ただ冀うだけじゃ、ダメだろうが。
[それとも何か。
こんなにも冷徹で、他者を心の底から愛でることも知らぬように見える始祖を、
人と穏やかに過ごす生き物に変えることができるとでも言うのだろうか。
――5年間。人にとっては短くない日々も、吸血鬼にとってはきっと、一瞬のこと。
たったそれだけの時間で、一体零瑠はあの吸血鬼の何を知ったというのだろう。
何が、そこまでしてあれを護らせるのか。
奴と共存をなどと口にするまでになるのか。]
[ただ望むだけなら、何ら変わりはしない。
そこへ、罪人と交換を、と提案されて、内心で首を振り、落胆する。
始祖が目覚めてからというもの、若い子女の襲撃が多発するようになった。
狩にやってくる吸血鬼の言を聞いた者によれば、それは始祖に捧げる贄になるとのこと。
…吸血鬼にだって餌の嗜好はあろう。
処分に困ったモノ、腐った肉を与え、それを対等な『共存』であるとする。
――人間であっても、耐え難いこと。
そんなことをあれが認めるだろうか?]
[――わかっていない。自分の望みを口にするだけ。
ただ、願っている。大事なものが壊されないことだけを。
実現の手段の、なんと非現実的なことか。
そして罪人とて一人の人間。彼らの命をなんだと思っているのか。
始祖のことを想い、その生を願い、そのためになら他の犠牲も厭わない。
…先程、明之進は離れている間に変わったと思ったけれども。
一番変わってしまったのは、零瑠なのかもしれない、と。]
…よく、わかった。
おまえは、あいつの傍に居たい。何を犠牲にしてでも。
だがそれは、俺の望みとは相容れない。
だから、
[続く言の刃は、零瑠が引き継いで。
――道は別たれた。
何を胸の内に秘めているのか、その経緯も過去も、互いに知らぬまま。
…後はただ、刃を向けるのみ。]
[鞘が手放される刹那、瞬くように浮かぶ儚げな笑み。
首を狙う膝は、本来なら怪我をした左腕の防御が遅れて当たるところだったが。
落ちかけた学帽を押さえる一瞬が、かろうじて安吾にも反撃の隙を与えた。
――こいつ。まだこんなもん、後生大事に抱えてんのかよ。
…過去の自分に、救われたか。
零瑠の手にした帽子を見て、思わず苦笑が漏れる。
道を違えることになってもそれを手放す気のない彼――それを喜びとした、自分に。]
[勢いのついた膝蹴りは、首の代わりに左腕を強打して、]
……っ
[鋭い、神経への痛み。
戦闘中、痛みを忘れることは多々あれど、限界というものは存在する。
だから、次の零瑠の動きにも一瞬反応が遅れて、懐に飛び込むのを赦してしまう。
――勢いよく駆けてきては、よく飛びついてきた。
低い位置からのその姿勢は、何故かあの日々に重なって。]
…あぁ。俺も、会いたかったよ。
――『家族』、だからな。
[あの頃、零瑠を抱き上げたのと同じように、腕を広げて。
しかし同時に、足元の、先程捨てた左の苗刀を蹴り上げる
あの日を思わせる零瑠を、思いっきり抱きしめたい。
だが、この願いは、叶えてやれそうもない。
伸ばされた彼の右腕を、苗刀が無情にも斬り裂いてゆく。]
[零瑠との間にできた、僅かな空白の時間。
――音が、止んだ。
視線だけで振り向いた先、ジャニスに迫る金色の影を見れば
咄嗟に右の苗刀を投げつける。
狙いも何もないそれは、ただの足掻き。
故に当たることはないだろう。
…上手く動かぬこの身。
今は、ジャニスだけが”希望”だから。
希望を繋ぐこと。彼女を生かすこと。
それが今の、自分の役目だから――]
[零瑠から視線を外し、武器を投げたのは一瞬のこと。
されど始祖の血を受けた吸血鬼には十分すぎる時間。
再び蹴上げた左の苗刀を慌てて右の手に納めるも、
――間に合わない。
そのまま懐に入られれば、刀は零瑠の肩口に埋まって動きを止め、]
………。
[刹那。何故か浮かぶのは、笑みだった。
左胸に突き刺さる終焉の音を、静かに聴く。
目の前は零瑠の左肩に塞がれて、ただ、
――嗚呼、大きくなったな、と。
それでも今一度、
あの日の彼にしたように、ぎゅっと抱き留めてやろう。]
[…しかし伸ばした左腕が零瑠の身体に回されることはなく。
力いっぱい引き抜かれた刃。
想いを絶たれた白装束に、慟哭の如く緋色が散る。
結局。何一つ、叶えることはできなかった。
自分の中に、明確な答えも見出せぬまま。
…去来する想いは何であろう。
――絶望?後悔?…それとも懺悔?]
[……あぁ、だとしても。
最期に浮かべるのは、笑みでありたい。]
[零瑠に向かって、紡ぎかけた言葉は音にならず。
抱きしめようと上げていた腕は、僅かに彼の頭を掠め、
…揺らり融けゆく意識の逝く先は、
空の宵闇か、黄泉の昏冥か――]**
[もう最後の記憶も過去の思い出と溶け合った頃
紅い意識が入り混じった、人だったものが目を覚ます。
今すぐにわかることといえば、自分はなぜか屍累々としたこの場にいるというだけだ]
……?なんだ、これ。
[頭の中はどこかぼんやりする。
もう消えかかっているからだろう。
何も思い出せなくても目はやはり赤いまま。
「自分の中の彼を殺したい」
そう願うことは、多分全部を手放すことだったのだと思う。
後悔に苛まされて過ごしたあの毎日も、もう脳裏には欠片が浮かぶのみ]
あぁ、そうか。俺、死んだんだ。
[なぜ、どうして、誰が。もう思い浮かぶ顔もない。
殺してしまったのだから]
[自分が死んでなくなるものはあっただろうか。
自分が死んでも残るものはあっただろうか。
何も望んでいなかったけど、
心の隅で、残してほしいと思った…かもしれない。
残したかったと…フリであっても思いたかったのかもしれない。
紅いものが鬼の血か人の血かわからないその場所で、
薄らいでいく記憶だけがただ消えるのを待つのみ*]
[せめぎ合う、金色の呪縛と鬼への殺意の狭間で、
獣は己に問い掛ける。
もし、自分が南方周のままで在ったなら、
――円は命を落とさずに済んだだろうか。
――キャロライナは家族の為に、依るべき世界を捨てずに済んだだろうか。
――零瑠は『冀望』の光に焦がれ、誘われずに済んだだろうか]
[獣は更に己に問う。
――何故、直円は涼平は理依は安吾は、死ななければならなかったのか。
――何故、家族の為に奮う筈のこの手が、同士達の血に染まっているだろうか]
[ああ――と、獣は大きく息を吐く。
こうなったのは全て、かの金色の鬼のせいだ。
あの鬼さえいなければ、何も失くさずに済んだのに。
失った者達への哀惜が
奴を斃せ、皆の敵を討て、と――
殺意で獣の裡を黒く塗りつぶしていく。
憎悪と怒りに焼かれ、獣を縛る金色の鎖が朽ち果てていく。
――やがて黒い焔は衝動のままに
獣に最後に残された周であった名残すら、
焼き尽くしてしまうだろう]
[零瑠の遠く問い掛る声が、
瞋恚に胸焦がす獣の耳に落ちた。>>*41
彼の望みは金色の王と共に在る未来。
それは獣が在る限り、決して相容れない未来]
――――……。
[だから、縋るような弱い音を振り切るかのようにして、
獣は金色の鬼の元へと、一陣の凶風の如く駆け出した*]
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