162 絶望と後悔と懺悔と
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[きっと、明之進にはまだ足りない。
逃げてゆけるようになるだけの、 人の生き血が。]
み、ンな、
[霞み始めた視界に、 順に家族の姿を映し──]
──、
[生きて──。
唇の動きだけで、そう告げて]
(54) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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何を、言うの。大丈夫なわけ――
[血混じりの声は余りに危うく、聞き落としそうになる。 ついさっきまで苦痛に塗れていた絢矢の顔から、 不意に何かが欠け落ちたのを見て、 今度はこちらが表情を歪める番だった。]
…………絢矢。
[左手に身を寄せる。その手には黒い刃があって]
(55) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[震える手で、
『常磐』の──漆黒の薄刃を、 躊躇いなく己の頸へと滑らせた。]
(56) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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―――…っ、
[僕は返事の代わりに絢矢の身体をほんのちょっと強く抱きしめる。>>48 泣いてなかったら今頃、もうちょっと楽しい話ができるくらいの心持ちでいるよ。いつかみたいに。 涙は相変わらず流れてこないけれど。
僕の左腕を撫でる手は冷たいけれど、いつかの温かさを呼び起こしてくれた。
―――だからかな、その手が離れた時、>>53 心まで凍り付いたみたいになったのは]
(57) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[既に多くを失いすぎて満足な圧を持たない動脈から、 それでも鼓動に合わせて 鮮血の細い川がぴゅうっと噴き出す。
急速に体温が喪われてゆき、 感じるのは寒さ。
ぼんやりと霞む意識の中で、 伸ばした腕を明之進の首に絡ませ、 次第に吹き上げる脈動さえ弱くなる首筋へと 引き寄せたのが最後の記憶。]
(58) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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[何かを口にしようと、微かに唇が震え──]
(59) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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[────それきり、絢矢の心臓は鼓動を止めた。**]
(60) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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[一瞬だけ、自分と同じようにしてしまえば 彼女も助かるのではという考えが横切って。
しかし強引に事を起こせばそれはつまり、 憎んでいた鬼と同じものになってしまう気がしたから 潔すぎる判断を見守ってから、その場から静かに立ち去った]
(61) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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[昔ならば、見て即座に倒れていた量の、紅。 菫色が此方を向く。>>51
開く唇。
けれど、言葉は伝わらない。]
……明。リッキィ
[二人の名を呼びはすれど。]
(62) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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やめて……
[これが。
――この流される血が、人に触れることの罪だ。]
や、めてよ――!
[過ぎた朝焼けは戻らず、足元の海はより紅く、 最後に望みを砕いたものは、己が寄り添う小さな温*]
(63) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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─ 夢 ─
[冷たい手。 冷たい微笑。
しみ一つない母の手に手を添えられて 振り下ろす黒塗りの刃が母の膚を抉る。
細い頚から吹き上がる血は冬の小川のように冷たいのに 血潮に濡れて紅く染まった幼い少女は、
──菖蒲は、引き攣るように笑っていた。]
(64) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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[今でも覚えている。
春、皆で摘んだ花のにおいと一緒に作った蓬餅の味。
夏、隙間から入ってきた虫と女の子たちの悲鳴。
秋、集めた落ち葉と焼き芋が焼けるまで待つあの期待。
冬、薄くて硬い布団の中でくっついていた互いの体温。
忘れたことは、一度もない。]
[醒めないで欲しいと思った夢。
取り戻したかった過去。
掴めなかった、未来。**]
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[菖蒲の命を断った刀の銘を。
知る者は、居ない。
最期まで手の内に在った『常磐』は、意志を持たぬ武器であるけれど。]
(65) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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[痛みも苦しみも切望も、長く共に在ったからこそ。
これで彼女の『罪』が、贖われるのなら―――…と
頸に刃が滑るのを 止めやしなかったのだろう。*]
(66) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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[僕は絢矢の身体が温かさを失って動かなくなっても、まだ絢矢を抱いたままでいた。
零にーさんが名前を呼ぶ声にも顔をあげられなくて、]
……… 絢矢、 アヤ、 ―――― あやめ ………っ、
[僕はいつの間にか、零にーさんが絢矢を前にして呼んでた名前を、絢矢の亡骸に向けて呼びかけてたんだ。 素敵な名前じゃないか、ねえ―――]
(67) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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─ 夢の現 ─
『おまえが男だったら良かったのに』
[鮮やかな紅の引かれた唇に美しい弧を描き、 手入れの行き届いた指で童女の髪を撫でながら、 母は口癖のように言っていた。
傍にいるのに、 笑っていてくれるのに、 童女はいつも突き放されるような寂しさを感じていた。]
『おまえを産んだから、 わたしはもう仔を産めないのよ──あや』
[嫋やかな手と玲瓏な声音で 日毎甘やかな毒を塗り重ねられた童女は 知らぬ間に、母の言葉に縛られる。]
(68) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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[童女にとって、 母の悲哀のすべてが己のせいで 母の悲憤のすべても己のせいだった。
何よりの罪は──、
母の産道を傷付けて、産まれ落ちたこと。]
(69) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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[父は母より忌憚なく接してくれたけれど 常磐緑の瞳がいつもどこか遠くを見ていたことも 敏感な幼子は感じ取っていた。
視線の先に、見たことのない『兄』を見て、 羨望と憧憬を、小さな胸いっぱいに詰める日々。]
(70) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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[……ふと気付く。頬が濡れてるって。 絢矢の血が飛んだのかな。それとも―――。
見上げた空には雨雲の影もない。光が、眩しい]
ね、アヤも、 ……僕に「生きて」って言って死んでくんだ。
[血の繋がりはない、けれど大切な家族だった。 なのにまた、僕の前から消えていく、なんて*]
(71) 2014/02/23(Sun) 01時頃
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[サミュエルが周へかける言葉を傍らで感じていた。
そのやりとりも、すべて。聞くつもりなどなくても、
その手は離れないのだから仕方ない。
だから]
……あなたはきっと、強くなれたはずなのに。
[同じ言葉は少しだけ、悲しげに。
少年たちに卑怯者だと言葉を投げつけたあの頃と、
零瑠を糾弾する言葉を投げた今と何の違いもない。
彼は自分がほしいものを持っていた。
“家族”を守る、力。それを行使する自由。
だから歯がゆく、だから悔しい。
当人にそんな様子が見えねば尚]
トレイルは、アヤワスカ(菖蒲)の兄は障子にまだ見ぬ妹の姿を描き残していた。
2014/02/23(Sun) 01時頃
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[父も母も己の元から去ってゆき、 一人残された広い屋敷で 己の罪を悔いて泣き暮らす日々の終わりに──。
母のくれた紅の海は、 菖蒲が罪に染まる前──、 母の胎内で浸かっていた羊水のような匂いがした。*]
(72) 2014/02/23(Sun) 01時半頃
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トレイルは、アヤワスカの、『菖蒲』の名と共に。墨の字体の癖は変わらず。**
2014/02/23(Sun) 01時半頃
[感じる意識は、
いまある命と消え行く鼓動に向けて。
明乃進とリカルダと零瑠と――絢矢。
他の皆はみな死んでしまったのだろうことを知る。
それでも、自分の願いは姉のくれた刃という形で託せた、それは成就したのだろう。
願うべく幸いはどこにあるのだろう。
鬼とならなかった家族が皆死んでしまっては、
鬼である彼らの幸いが見つからねば、
父を殺したかった意味も、失われたに等しい。
見知らぬ人の安寧など、帝都の平穏など知らない。
――本当は、傍らに感じる彼の存在だって、生きて幸せでいてほしかった]
落胤 明之進は、メモを貼った。
2014/02/23(Sun) 01時半頃
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― “希望”の記憶 ―
[僕が五歳になったばかりの頃――雪のちらつくある日。
これは僕らに唯一残された最後の“希望”なのだと。 そう言いながら手招きする家族に僕はやだ、って言った。
どうして。どうして家に怖い人が来ただけでそんなことしようとするの]
せっかくやくそくしたのに!
[そう、約束。 春になったらどこかに出かけよう――って。 家からもあんまり出たことのない僕は喜んで、本物の桜が見たいなんてワガママまで言い出したんだ。
なのに死んじゃうなんて、―――嫌だ]
(73) 2014/02/23(Sun) 01時半頃
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[その時怖い人達が燃える家の中にまで押しかけてきて、 僕を連れ出そうとした。
僕のなけなしの抵抗は届かなかった。 燃える家の壁にぶつかったせいで、左腕が焼けるように熱くなった。
しばらくして、――母親が僕の前に立ちふさがっていった。そして逃げるように言った。 僕は聞き分けなく一緒に逃げようって言ったけど、その時母親はもう僕だけを逃がすつもりだったんだと思う]
(74) 2014/02/23(Sun) 01時半頃
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[はっきり覚えている言葉はひとつだけ。
『あなたが生きていることが私達の“希望”だ』
それって、僕に「生きて」って言ったのと同じだよね。要するに。
僕はその言葉の――“希望”の意味も知らないまま逃げ出した。 僕にとって最初の大切な家族の、最期の願いのために*]
(75) 2014/02/23(Sun) 01時半頃
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―喉を通る紅の味―
[どうせならば、甘い味であれば良かったのに。蜂蜜をかけたような、甘い――…。]
キャロライナ…
[牙を離してそっと表情を窺う。 なんと虫の良い話だろう。
安吾の様に。 彼もまた、微笑み浮かべて居てくれれば良いのに……だなんて。
問い掛ける。]
キャロライナにとって……『家族』って、何?
(76) 2014/02/23(Sun) 01時半頃
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─ 孤児院の記憶 ─
[あや、という音しか持たなかった少女に 零瑠がくれたのは 意味と──切欠、だった。
それまで、少し距離のあった年上の少女と 共通の、仲間めいた意識が芽生え たくさん遊び、たくさんはしゃぎまわった。
キラキラと煌めいた、在りし日の記憶。]
(77) 2014/02/23(Sun) 02時頃
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[少女は零瑠が教える習字の時間が 割と、いや、とても好きだった。
字を書くことよりも 字を覚えることよりも 零瑠が書いた字を眺めている方が楽しかった。
四歳より以前の記憶のない少女には その理由はわからなかったけれど 零瑠が書いた字を見ると、 時々泣きそうなくらい切なくて──
とても、嬉しくなる時があった。]
(78) 2014/02/23(Sun) 02時頃
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[答えて欲しい唇は、もう動かない。 命を奪ってしまったから。
微かに紡いで居た声は、細かった。]
……そう。何の花が良いかな。 桜? 梅?
あぁ、もしかして怪我したこと? もう忘れてよ。恥ずかしい。
[守護隊に居る『家族』も。鬼の城で共に生きた『家族』も。棄てる覚悟を決めたのに。
揺らがないようにと、鬼の爪を見詰め。 散る人参色を、じっと見詰め。 致命傷を、避けてしまう。]
(79) 2014/02/23(Sun) 02時頃
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