191 忘却の箱
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[時々、口を付いて出る。 時々、不意に滲み出す…嫌な、もの。 一瞬見せた、怯えた様子に血の気が引く思いだったのだけれど。 その反応を見せた目の前の少女は、何も見ていなかったの様に笑っている。 少し煌めく様な力を失っているのは、無理して笑っているのだろうか。]
…シーシャさん……ああ、確かに… 強い味の、方が、好きそうな、感じ……
[忘れない、と豪語するミシンの向こう側の男。 此の様な『忘れ難い味』の方が、彼にとっては丁度良いのかも、と考えると何やらしっくり来てしまう。 だから彼は怯まなかったのだろうか、己の厳つい顔を見ても。]
(1) 2014/09/07(Sun) 00時半頃
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[受け取られたパンの耳。それを見て少しだけ安心した。 だが優しい、とかけられた声はちくちくと肌に刺さる心地で頭を掻き、誤摩化す。]
そんな、こと…無い。
[そう、濁す。 身体には自分の知らない古傷が多く刻まれている事を知っている。 自然に負傷するにはおかしい場所にも。千切れかけた物を、無理矢理繋ぎ合わせた古い縫合痕も。 味を誤摩化す様に、嫌な物を誤摩化す様に、自分もパンの耳を千切って口に突っ込んだ。]
……やさしいのは…ペラジーさん、じゃないですか。
[怒らず。嘆かず… 怯えたにも関わらず、逃げ出さない。 それはきっと優しいからなのだ、と。 生まれた違和感に、漠然とした結論を縫い付けた。
………そうだ、優しいから。 少しばかり残された、少ない朝食のトレイ。 乾いた立方体や散乱したパン屑をマグにまとめて、片付けながら、彼女の胸元の黒を眺める。]
(5) 2014/09/07(Sun) 00時半頃
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─回想・黄色─
[無邪気にシーシャをかっこいい、と語る少女。 ありがとう、と屈託なく笑う少女。とても、自然な。 そっと重ねられた手は、幼児の物ではないが自分に比べれば小さい。 甲には鮮やかな青が揺れている。この人も孰れは包まれるのだろうか。 この人も孰れは花として落ちるのだろうか。無くなった袖の中の質量。 それでも是程までに、無邪気で居るのか。 空元気、なのか。判別は付かないけれど。
…きっと前者だ。優しいから、自分の花にも優しいのだ。 胸元の黒も艶やかだ。ひょっとしたら、それの為に日光浴でもしているのかもしれない。]
よろ……し、く、うん。よろしく。 ……どんな絵を描く、人、だろ。 おうち、…ん。またね、ペラジーさん。
[去って行く姿に此方も緩く、手を振って。 トレイを返却し、スタッフにごちそうさまでしたと声をかける。]
(27) 2014/09/07(Sun) 11時半頃
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じゃあ…あの。案…内…? お願い、します。
[待ってくれていたであろう、スティーブンに礼を1つして。 彼の後に続き、自分も食堂を出た。
滑り台の上にペラジーが居る。 明日は『ちょうどここ』で待ち合わせだ、と笑って。 広い斜面の中腹より上に、飴を手で軽く押し付けている。
記憶の空白を埋めるまたひとつ。 そうやって繋ぎ止めようとする間にも、肺の中で花弁を開くまたひとつ。*]
(28) 2014/09/07(Sun) 11時半頃
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─屋上─ [中庭の部分にだけ、ぽっかりと四角い穴を開けた屋上。 床に嵌め込まれたガラス板は、天窓だろう。 周囲はしっかりとした金網で囲われているが、本当に『これ』は白い巨大な箱の様だ。 その白い箱の上の片隅、庇の付いたベンチ。 手前に撒き散らされたコーンフレークの欠片を啄む、まだら模様の鳩達。
男は微かに絵の具で汚れたベンチに座り込んでいる。 タオルを頭に被り、足を投げ出して。 隣にスリッパが、背もたれに立てかける様に置いてある。
あの後のこと。 暫くスリッパを眺めていると急に、傍をスタッフか医師かがまるで縞馬の様に駆け抜けて行って。 『蕾の足の男』が消えた角に飛び込む。1人、2人、3人。 自分の身体と壁の隙間をすり抜けて。がちゃがちゃと鳴った音は、薬箱? 悲痛な、胸を射られた猛禽の様な叫び声が、向こう側から、する。 がちゃがちゃ。怒声。叫び声。誰かを呼ぶ声。床が鳴る。壁にぶつかる打撲音。
––––––––腹の皮膚が、突っ張る。]
(29) 2014/09/07(Sun) 12時頃
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[気付けば真逆の方向に、駆け出していた。 出来るだけ遠くに、行かなくちゃいけない、気がして。 誰かとすれ違ったなら、その人物は必死の、何かに追われているかの様な形相で。 そして妙にこなれた様なフォルムで駆け抜ける姿を捉えていたかもしれない。
階段を一気に上がり、踊り場の消火器を蹴っ飛ばし。 屋上のベンチに辿り着いた大熊の胸板は、肩は、未だに微かに上下している。 名前の書かれたシャツは汗でぐっしょりと濡れ。両脚はひりひり痛んで暫く歩けそうにない。 肺に、横隔膜に、きっと心臓にも。咲いているのだから、 その働きが阻害されている状態で急に…それも食後に激しい運動をした様な物。 身体には相当な負担がかかった筈だ。]
…大丈夫、だったの、かな。
[あの蕾の男は。 今にも風に倒れそうな笑み。あんな顔で笑う人間を見た記憶は、今残っている記憶の中には少なくとも無い。 何が起きていたのだろう。今となっては分かる訳も無い。 目を閉じて、怠い全身を休ませる。鳥と鳥とが、嘴を、羽をぶつけ合う微かな音。]
(30) 2014/09/07(Sun) 12時半頃
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[蕾の消えた、角の向こう側。 怖かった? いいや…『まずい』と思ったんだ。 あの時の僕は、俺は…俺? 違う。僕は、僕でしょう?]
なにもの、か……もって、いる、もの……
[寝言の様に、呟いた言葉は無意識の物だっただろうか。 新たに鳩が飛んで来た。袋の中に残っていたフレークに、頭を突っ込んで。 鳩は喰らう。何の遠慮も無く。群がって、まだらとまだらがまざりあってもまだらのまま。
屋上には相変わらず鳩の鳴き声。 ベンチの上ではぐったりと、大男が、眠っていた。**]
(31) 2014/09/07(Sun) 13時頃
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[ビニル傘。] [褐色の肌。] [警棒と怒鳴り声。]
––––––…。
[チワワの遠吠え。] [角の向こう。] [雨。]
…ぼく、は……
[金網が無い。] [壁にぶつかる打撲音。] [飴。]
…………どう、いう…
(100) 2014/09/08(Mon) 13時半頃
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[–––––ばつん。
パック飲料を踏み弾けさせた様な音がして––––目を覚ます。 左肩に何かばさばさと邪魔な物。手で探ればそれは呆気なく落ちた。]
何、これ。
[花弁。百合類と似た大きな…… だが、魚のヒレに近い、筋を持った半透明。 黒いぶつぶつとした斑が微かに入っていた。 咲いた傷口からは血が滲んでいる。 身体から分離した5枚の花弁を眺める顔は、少し複雑。]
………何の記憶…だろ。
[明るい記憶は明るい色に。 哀しい記憶は哀しい色に。 濁った色はきっと、ロクな記憶じゃあない。 じゃあこれは何だ。床からはがした粘着テープ、みたいなこれは。 まじまじ眺める花弁が風に揺れる。己が外に居る事を悟る]
(101) 2014/09/08(Mon) 13時半頃
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[只でさえ量のあまり無い記憶を、眠気の残る頭で手繰る。 きちんと残っている、断片と断片を繋ぎ合わせながら。
飴。優しい子。ペラジーさん。滑り台。待ち合わせ。 パンの耳。間違ってる。フレーク。ペン。 ミシンの向こう。扉の前。シーシャさん。 手を握る。先生。案内板。角を右に。図書室。 僕と同じ、名前のシャツ。ヤニクさ…ヤニク。 角砂糖。割られるピーマン。 左袖。魔法使い。赤い光と『魔法使い』の腕。
順番が間違っている気がする。丁寧に整理する。 『記憶』が正しい関連性を得る。流れを復活させる。 そうだ、朝ご飯が、遅くて。食べきれない、昼食を鳥にあげに来た。けど…]
屋上…中庭の方が、近い、のに……
[スティーブンに促され、覚えようと凝視した、案内図。 自室から余り距離は無い中庭に何故行かなかったのだろう? 中庭の方が陰は多いのに。日光は余り浴びると、ふらつくのに。]
(102) 2014/09/08(Mon) 13時半頃
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[ベンチを見下ろす。 包んで来た食事はもう残っていないが。 あれ、と首を傾げた。
片方だけのスリッパ。誰の物だろ…随分使い古されている。 持ち上げて、縫い目を撫でる。思い出す。 これの持ち主は、苦笑いをしていた。 ……大きな蕾が、足首に。]
…預かったんだっけ?
[『ばつん』。 絶たれた様に…記憶が喪失している。 何処でそのやり取りをしたのか。いつの事だったか。 思い出す事が、出来なかった。辛うじて思い出したのは、先生の微笑み。]
…傍に、先生が居たかな。 この人の居場所…聞こう。あと、は…
[手元で花弁が揺れる。乾いた音だ。薄い、花弁だ。]
(103) 2014/09/08(Mon) 14時頃
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[もう一度、備品室に行こうか。 先に先生を探しに行こうか。 決めあぐねるが、少しの肌寒さを感じて荷物を纏めると、 足早に屋上の扉へ向かうと階段を降りた。 ズボンやシャツが僅かに湿っていて、風が吹く度に寒い。通り雨でも降ったのだろうか?
屋上にはもう、鳩の一羽も居ない。 フレークの一欠片も、残っちゃあいない。
スリッパを右手に、花弁と手提げを左手に。階段を降りる。 踊り場で消化器が倒れているのを見つけて、 危ないなあ、なんて呟きながら。 腰をかがめて元の位置に戻した。]**
(104) 2014/09/08(Mon) 14時頃
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