162 絶望と後悔と懺悔と
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[明乃進の傍らに、零瑠の様子を見やる。
明乃進だって随分辛そうなのに、と手元の水差しを握る。
口唇を噛み締めて]
……光栄なこと?そんな、
だって、血を吸われたら……あの“家畜”の人みたいに、
[漆黒の少女が笑う、
彼女に縋ろうとしてしまうのは、
年の頃も自分と近く見える少女だからだ。
彼女も吸血鬼であることには変わりないのに]
み、ず………
[蕩けた様な眼差しを、金から首元へと移す。
前に傾いだ身を止めるように腕を引かれ、明之進を見下ろす。
僅かに牙の先を零し。彼の露になっている肌を見ても、何かが違う。]
――あき。生きてる、よ。おれ…。
血を吸われたんじゃ、なくて………
[真弓の持つ水差しを見ても、やはり違う。]
[金は紅へと、悲鳴は艶に。
確かな変化に同じ様に微笑み返す]
喉が、渇くのだろう?
餓えのままに喰らうと良い。
[雛鳥が近寄って来ても
渇きのまま彼に喰らいついても喉の渇きは癒えはしない。
もっとも、それでも面白いとは思っていた。
最初の食事が同じ巣で育った者達と言うのも一興だ。
餓えの命じるままに牙が何を選ぶかを見つめていた]
どう、いうこと…?
[僕らもバケモノになるんだって、そう言った時もうレイにーさんのまえにそいつはいた。
そいつの口から生える牙を目の当たりにして僕はまた目を閉じてしまう。
レイにーさんの悲鳴がやむまでそうしていた。
震える僕を包むベッドの感触は僕がいた世界では味わったことがなくて、ただうっとうしいだけ]
閣下たち……は、「始祖」閣下を頂点とする
『一枚岩』の集団…なのですよね?
[質問の許可が出ようが出まいが、そう発言した。
『一枚岩』というフレーズを発するときは、
ちら、とホリーと名乗る方を眺め、反応を伺った。]
もう……僕たちには、「そうなる」以外の選択肢は。
いや、そもそも「選択する」許可もないのですね。
[目を伏せた。]
[酷くうろたえる様子が滑稽で仕方ない。
視線を孵った雛から離さずに]
牛や豚や鶏や魚を殺すのは蛮行でないと言い切るのか?
お前もまた現実を見れぬ愚者と言う事か?
だが弁えた姿に免じて訊きたい事があるなら訊くが良い。
[答えるかどうかは気分次第だが]
―――…レイにーさん、明にーさんっ
[僕はベッドから降りて二人の近くまで向かう。
急いで駆け寄ろうとしても身体が言うことを聞いてくれない。ぺたりとしゃがみこむ。
その時ふと後ろを振り返って、真っ直ぐ歩けてなかったことに気付く]
……零、……――
[「生きている」、と零瑠は答えた。
だが、直円に言われた時のそれとは違い、
とろりとした声は明之進の表情を緩ませない。
――だって、目の色が違う。
下から顔を覗き込むと、口の中が見えた。]
お言葉ですが!僕は、牛も豚も鶏も魚も食べられませんので。
[主義というか、単なる偏食なのであるが。
言葉を返す様は、いささか申し訳なさそうだ。]
……どうせ、「選択」の自由が認められないのであれば、
「偉い方」の下につきたいものですよ…。
[彼の目には「諦め」の色が広がっている。]
[年少の者たちの方を振り返って、気の抜けた表情を見せた。
その眼差しが物語っている。
「もう抗えないよ。僕はもう 諦めたよ。」
…と。]
[口の中が干からびてしまいそうだ。
頷き、真弓の握る水差しを奪い取り、呷った。
唇を、喉を、水が潤してもそれは表面だけ。]
……ちが、う? どーし、て
[やはり違うのか。]
水?水ならここに……、
[ 明乃進の覗くものはここからは見えない。
だから、水がほしいのかと差し出そうとして、
――何故か言葉を失ったような明乃進に気をとられた]
明くん……?
[何度か見てきたから知っている。弱い息、目元が僅かに赤く見えるのは明之進に熱がある証拠だ。
表情を変えぬ彼の、その唇に濡れた牙を当てようと身を屈める。]
水で足りない身体になってしまっているようね。
おめでとう。
[そう、これで家畜から同じ吸血鬼への道を歩みだしたのだ。
これは祝福されてしかるべきだろう。]
あっ、……、
[いきなり水差しを奪われた、
零瑠のこんな乱暴な様子はみたことがなくて]
ちがう……?
[その言葉に水を求めたのに、
喉首をさしだした女性のことを思い出す]
っ、明くん……!
[その手を引いて、
咄嗟に零瑠から遠ざけようとして、
けれど自分の手はきっと届かない]
ほう。安心しろ。これからも牛も豚も鶏も魚も食べる必要は無い。
[問われた内容に喉を震わせた。
雛でありながら、難しい言葉を使い、
権謀の一端を齧ろうとさえするようで]
小賢しい。
だがお前は這い蹲って必死に縋ろうとする様が私を楽しませる。
そう簡単に傍に寄れると思うな。
[近寄りたくても近寄れずに足掻けば良い。
その小賢しい頭で失脚を謀ろうとするなら、
それも退屈しのぎになるだろう。
ちらり、ホリーに視線を投げれば、意図は伝わるだろうか]
[熱を持った背中が痛む。多分、無理に動いて傷に響いた。
自分では見えぬ傷口が開いて、血が滲む図を想像する。
水を干しても潤わないと言う零瑠。
諦観してこちらを振り返る直円。
柊は鬼を刺す木だという――]
……零瑠君、
痛く、ない?
[年長の零瑠には何度も看病されていた。
頭を撫でる手も、安心させる笑顔も知っている。
微かに首を傾げて尋ねた。]
[水で潤う事の無い渇きに苛まれ、
同じ巣の雛の唇に近付く同胞に目を細める]
水では渇きは癒えぬ。
[渇きの背を押す様に、ヒントを与える様に自らの中指に牙を立てた。
切裂かれた皮膚から溢れる血は、嘗て雛鳥の意識を奪う
切欠になるものだったかもしれない。
だが変化した今は。
血の色は、香りは、どう作用するのだろう]
〜〜〜〜!?めめめ、滅相もございません!
どど、どうかお許しを閣下!!
[ひっ、と怯えたような表情を浮かべた後、土下座を敢行する。
靴を舐めろといわれたら、もうそれは舐めにかかりそうな勢いで。
諦めの境地か、長いものに巻かれたのか。]
(……あぁ、どっちに進んでも「地獄」、なのか)
[土下座の姿勢で、零瑠と明之進の様子を見ている。
マユミのように止めに入ろうとはもはやしなかった。
その目からは、完全に「抗おう」という気骨は消えていたから。]
[零瑠から離れない明乃進に、
どうすればいいのか、助けを求めるように見やって、
けれど気づけば直円は――]
直くん……?!
[彼は一体何をしてるのだろう、
口をぽかんと開けて見つめてしまった]
[横合いから、真弓に呼ばれる声がした。
だがそちらを振り向けなかった。
零瑠が零瑠のままでいる、しるしを何処かに探している。
鬼でなければ痛くない。
革色の瞳も、あかく刺してしまわないで済む。
もし、彼が痛むそぶりを見せたなら、
自分はすぐに彼から離れないといけない。
そうしたら二度と触ってはいけない。
けれど、鬼じゃなかったら。
血を怖がる家族が自分にしてくれたように、
頭を撫でたって、大丈夫だと手を繋いであげたって]
……っ、ぅ。
[僕のいる場所からではレイにーさんの眼の色が変わっているのを見て取れない。
でもにーさんは「生きてる」って言った。
だいじょうぶ? 僕は「よかった」って言っていいの?
僕は何が起こっているのか理解が追い付かない。
だからにーさんやねーさんに助けを求める。
リーにーさん。マユミねーさん。それから直にーさんと順々に。
直にーさんはさっきから金髪のあいつと難しい話をしているけどもしかして……]
めっそうも、…?
[やっぱりなんのことか分からない。
地面に手をついてるにしては声の調子は元気そうだし]
[トルドヴィンの視線を受け。
目の前の相手を自分の方へと引き寄せるようにした。
そして口の端からは牙が覗いていたのだった。]
お父様の祝福ではなく。
このあたしが祝福を与えるとしましょうか。
土下座などおよしなさい?
貴方はこれから、搾取し喰らう側に回るのだから。
[土下座した相手を無理矢理引き起こして自分の近くに引き寄せる。]
それとも、見苦しいからってさっさと殺して欲しい?
[明之進の背に回した指先が、服に染みた何かを捉える。
僅かに紅色に染まった中指。
牙は痛くないわけではなかった。だから正直に]
……始めだけ
[と告げる。春風に乗って届く桜花よりも甘い香りがした。
唇が触れ合い、牙の先が僅かに刺さる。
息を吸う様に細管を通り口内に広がる味は――血で。
一層の渇きを招くだけ。]
[――平気だよ、と、優しい声が欲しかった。
部屋に降る雨はそこに有りて無き希望の]
――ッう!
[僅かだが、唇を噛み刺された。
傷という単純な刺激には、単純に生物としての苦痛を示す。
駄目だ。もう――駄目なんだ。
ようやく、手に拒むための力を、未練がましい弱さを込めた。
背に回った指が傷に圧を掛ける。]
[零瑠が明乃進を捕らえる、
漆黒の少女が直円を捕らえる。
何が起こるかは、わかってしまった。
しゃがみこんだままのリカルダと視線が合う]
リカちゃん……、
[彼女の傍に歩み寄る、
適うのなら抱きしめてその目にこれから映るものを、
どうにか見ずに済ませてあげたかった。]
ふふ、普通に殺してくれ、と言って。
それを素直に受け入れてくれる、そんな手合いには
どう転んでも。僕には見えない。
[引き起こされて、諦めのまなざしをホリーに向ける。
零瑠の様子を見てだ。完全に「屈服した」のだ。
もう抵抗も何もない。]
マユミくん……これはもう逆らえないよ。
無理だ。話せばわかる相手でも、僕たちの力が及ぶ相手でもないよ。
ごめんな、僕はもう「すべてを受け入れる」ことにするよ。
孤児院を襲ったこと、僕は決して許せないけれど。
まず 「死にたくない」 んだ。
[唖然としたように見るマユミに。]
[口付けの様に突き刺さった牙と、喉の動きに
拍手を送るべきかと迷ったが、今更片腕が無い事を思い出し
忌々しげに息を吐いた]
初の食事の感想を聞きたいところだが。
今はまだ完全ではない。
今のお前の喉を潤すのは、これだけだ。
[まだ乾きを訴えているだろうその鼻先に、
紅の雫を纏わせた中指を差し出した]
これを呑んでからもう一度喰らうと良い。
世界が変わる。
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