56 いつか、どこかで――狼と弓のワルツ――
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はい。
[無邪気な笑みに、にっこりと頷き返す。]
そういえば、ふと思ったのですが、
私が僧服でなくて平服を着てみたら、
ヤニクさんも苦手にならずに顔を合わせられませんか?
今度試してみませんか、戦が終わったら。
祝勝会で、ペラジーさんが作ってくれた
美味しいご飯でも食べましょう。
[そんな事を言ってから、お休みなさい、と眠りに就いた]
なるほど、そうだな。
いつもあの格好で居るから他の、とか考えてみたことなかった。
[姿を見なければこうして話すことが出来る。
苦手なのはその格好なのだとしたら、平服なら普通に話ができるのではないだろうか。]
あぁ、試してみようか。
他の格好のお前が想像できないがな。
もしダメだとしても怒るなよ?
[楽しそうに笑い。
同じくおやすみ、と返して眠った。**]
ヤニクさん。
……女の人ってコワイですね。
[この神父、実に臆病者だった。]
[聞こえてきた呟きに、首を傾げる。]
何があったかは知らんが……一つ言っておく。
女には逆らわない方が良い。
[同意するような響きを乗せて返した。**]
― 深夜前・→赤騎士団執務室 ―
…やっべえ…遅くなっちまった…
[墓場でしばらく空を見上げていたら、
大分と時間が経過していることに気付き、慌てて。
ベネットの怒声を思い出して、
気を悪くしつつも、執務室へと帰ることにした。]
…ん、
[丁度、オスカーが執務室の扉を叩いた所だったか。
今姿を見せて、わざわざベネットの怒りを直に受けるのも嫌だったから、彼と彼女のやり取りを、近くで耳を立てて聞いていた。]
『――父さんは、凄い団長だった。』
[その台詞から始まったベネットの話を、
一字一句聞き漏らすことのないように。
それは「ファーレンハイト」の名を受け継いだ者の決意。
元団長とやり方は違うかもしれないけれど、
そこには「副団長ベネット・ファーレンハイト」という人物の
意志がしっかりと込められていて。
がたり、と机から立ち上がる音がした後
聞こえたのは―――]
やっぱり、“ファーレンハイト”だよお前は。
[だからこそ、彼と手を組んで戦いたかったのだ。]
[オスカーが部屋から出てきたのを確認すると、
影から手をひらひらと振って、気付かせる。]
よ、ベネットから何か預かったんだろ?
[彼女の前に手を差し出せば、持っている紙を渡してくれただろうか。
もしかしたら、小言のひとつやふたつ、食らったかもしれない。
ベネットの事や、これからの事、
――言いたい事はたくさんあったけれど]
…ま、明日はよろしくな。
[一言だけ、そう言い残し、自室へと戻って行った。]
― 暁前・開戦前 ―
[その眠りは、深いようで浅かった。
いくら不真面目でも戦士の端くれであることには違いなく、
寝込みを襲われるなどあってはいけない。
いつでも行動が出来るように、寝ている時も集中力を切らさない。
その為、自室の扉を開ける僅かな音には、すぐに気がついた。]
……
[万が一にも敵ではないという事は、
その人物の出す雰囲気で把握することが出来た。
そしてふと、投げ出していた手に温かみを感じて]
[しばらくの沈黙の後、聞き慣れた声で響いた
『ありがとう』との呟きに、自然と口元は緩んで]
『お れ も』
[と、音には出さず、口の形だけで表現した。
きっと彼は、気付いていない。
けれど、それで良いのだ。
戦が終わったら、この件でまたからかってやろう。
そんな想いを胸に秘めつつ、少しだけ深い眠りにつくのだった。]
……ヤニクさん。
[公女殿下はここが一番近い場所だと言う。――何から?]
もしかしたら、公女さまは……
[この戦が終わったら、彼女は一体、
どこへ行こうと言うのだろうか]
― 深夜前・赤騎士団執務室 ―
…何やってんだ、ベネット。
[捕虜を地下牢へと放りこんだ後にようやく執務室へと戻ってくると、其処にはペンを片手に困ったような情けない声をあげるベネットの姿があって。
きょろり、と部屋の中を見渡すと、イアンの姿が見えない。]
…何処行った、あいつ。
[いつもの様に無愛想な口調であったが、若干その声音には疲れが見えていたか。]
何だこれ。
[ベネットから紙を受け取って。
彼の言葉を耳に入れながらその紙に目を通していくと、明日の作戦内容が非常に分かりやすく、端的に纏められていて。]
あぁ、助かった。
俺も書類には目を通しておかないとと思っていたところだったからな。
…アイツだけに任せるのは、正直言って不安すぎる。
[イアンには苦労しそうだと言う言葉に頷いて、部屋でその書類の中身にゆっくりと目を通そうと。]
お前も程々にして、休めよ。
[そう言ってドアノブに手を掛けようとしただろうか。]
『 ――父さんは、凄い団長だった。』
[不意に背後から聞こえてきた声に、ドアノブへと伸ばした手をぴたり、と止めて。
ゆっくりと、首だけをまわしてベネットの方へ視線を向けた。]
……。
[ベネットが、ぽつりぽつり、と落とす言葉をオスカーはただ黙って拾い上げていた。]
『 僕には、『ファーレンハイト』の高さが重すぎたんだ。 』
[彼の其の言葉を耳にした時に、オスカーはゆっくりとベネットの方に身体を向けて、ベネットの顔を正面から見据えた。]
[最後に、一つだけ伝えたいと。
自分の緋の目を真っ直ぐに見据えてくる翠を、同じように見据えながら、彼の言葉を受け止めて。]
……。
[どれくらいの時か、彼とそうやって見つめ合っていただろうか。
長い沈黙の後に、ようやくオスカーは口を開いた。]
何を言っているんだ。
お前は十分に強いじゃないか。
[そう語る口調は何時もと何ら変わらぬもので。
そう語る表情も、何時もと何ら変わらぬ無表情なもので。]
そうやって、自分の弱さを認めて。
お前は其の弱さを認めたうえでしっかり前に進もうとしているじゃないか。
俺は、お前の事を不甲斐ないだなんて、全く思ってはいない。
まだ時間がかかると思っただけだ。
[本当は、待ってやりたかった。
けれども、この戦場を取り巻く環境が其れを許してはくれなかった。
ベネットの必死の告白を全て撥ね退ける様な、このオスカーの言葉を彼はどう思っただろうか。]
なぁ…、俺はお前に、その『ファーレンハイト』の名前に捕らわれて欲しく無かったよ。
確かに、お前の父親は、団長は素晴らしい人物だった。
だけどな、いくら親子とは言え、お前はお前だろう。
[すっと音をたてずに歩みを進めれば、ベネットの額に手を伸ばし、前髪をわける様にして撫でてやる。]
逃げてたんじゃない、お前は戦ってたんだ。
[そう言うと、ぽん、とベネットの背中を叩いて。]
…――― もう少し早く、その言葉を聞きたかったな。
[自分の、揺るぎない意志を、覚悟を。
ようやく言葉にして聞かせてくれたベネットに緋色の目を細めた。]
嬉しいよ。
聞けて。
[オスカーにしては珍しい、柔らかな笑みを浮かべて。]
イアンの事は俺に任せて。
今日はゆっくり休めよ。
[彼にそう声をかけると、執務室をあとにしただろうか。
執務室を出て中庭に至れば、空に浮かぶは真円の満月。]
団長、貴方の息子さんは立派な騎士であり、狼だ。
[彼は、天から同胞を見守ってくれてるだろうか。
その場所に届くように、高く鳴き声をあげた――― **]
…ん。
[空に浮かぶ満月を眺めていると、影から手をふる人物に気付いて。]
あぁ、預かった。
何処に行ってたんだお前…、あまり俺達の手を煩わせる様な事はするなよ。
[忠誠を誓った相手に対して、随分なものいいだった。]
…俺は、お前の傍にずっと控えている。
何かあれば、俺に命令すると良い。
[よろしくな、と言葉をかけられればそう返して。]
じゃあな。
[オスカーもまた、自室へと足を向けた。 **]
ヤニクさん……
今からでも……無血でとはいかないと思いますが、
なるべく双方流れる血の少ない形で、
この戦を収めることはできないのでしょうか。
[無謀な願いだということは分かっている。
それも、戦うために出陣した騎士に対してだ。
緊迫した空気に身を置いて集中を高める相手を妨げ、
叱責や怒声を浴びても全く不思議ではない]
[やがて、背後から感じる光に金が混じれば、ゆるりと光の差す方を振り返り。]
…てか、ちゃんと昨日の紙に目、通したよな?
[急に不安になってぽつりと呟きながらも剣の柄に手を掛けた。]
[狼達が咆える中、オスカーの呟きを拾えば]
…さあな。
[言いつつも、一通り目は通していて。
ただ、頭で考える事が苦手なだけだったりするのだ。]
お前こそ、んな軽装で死んでもしらねーぞ。
[彼女が甲冑ではなく、黒い服を纏う意味は理解していなかった。
嫌でも後に、理解することにはなるだろうけれど。]
そんな重苦しい甲冑着てる方が死ねるな。
[イアンの言葉にはそれだけ返して。]
何かあったら俺に言え。
ベネット、お前もだ。
[自分の前に立つ、二人の男に声をかけた。]
すみません、分かっているんです。
守るために戦う貴方にこんなことを言うのは筋違いで、
無理なんだってことは。
ですが公女さまが求めているのは平和なんです、
このまま……この戦が、
両軍どちらかが討ち果たされて終わってしまえば、
あの方のお心は二つに裂けてしまいそうなんです。
ヤニクさん、お願いします、
公女さまの味方になってあげてください。
今の彼女には支えとなる人がいませ、――
[ぷつっと、糸が切れるように声は途切れた]
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