――プール――
[ わるいこ。
“ いただかれます ”の挨拶だったろうか。かすかに聞き覚えのあるそれ>>188に、ちかりと意識が点滅する。
赤みがかった茶色、自分とにた機械ごしの声。ふれかけてそらされる背後からのびる尾っぽ。
『だめだよ。』
ひた と、ベルトの留め具を弄る手が止まる。くせじみた、反射的な静止であれば、自分でもぐいと首をひねった。―――だめ。たべたら、どうしてだめなんだっけ?
“はは”も“ちち”も知らないまま、施設で育った己に、さとす声を思い出す。――いついつも、おなじすがたのこわいろの、そう彼は。ここは。
うみじゃないから。
ああ、と。水滴の音にかき乱される頭の奥、あまいにおいの混じった嘆息が漏れる。幼いころ、本にならぶ“うみ”の綴り。その発音をしったのは、そう――この声だったろうか。
告げられる「ほんとう」を、どこか凪いだ意識で聞きながら。]
(237) 2015/07/12(Sun) 00時半頃