[ポケットからメスを取り出し、ヨーランダの足に触れさせかけて――それで起こしてしまうのはつまらないと思ったのか――すぐに引っ込めた。くるりと、メスを回す。
目覚めて周囲に異変があれば、彼女は驚く事だろう。服や髪を切ってみようか。床に傷跡を付けるのがいいか。そんな悪趣味な悪戯を、幾つか考えては打ち消していき]
……、
[手にしたメスを煌かせ――その刃先を、己の左手首に宛がった]
……クク、……
嗚呼……っ、……
[す、と刃を滑らせる。浮かび上がるように出来る一筋の傷。然程深くはないが裂けるように開いた傷からは血が溢れ、白衣の袖口を汚し、ぱたぱたと床に落ちていく。
男がそんな行為に出た理由は、ヨーランダを当惑させるという目的以上に、歪な思案と先の解剖の余韻が混じり合い、己の欲望が抑え切れなくなったからだった。切り裂きたい。切り開きたい。中でも一番刃を入れたいのは――]
……ふ、……
[熱が篭った吐息を漏らす。メスの背を、かちりと噛んだ]
(146) 2010/10/28(Thu) 02時半頃