──『まだ』、あんのかな、って。…今でも。
[戸惑うようなヤニクの答え。サーカスの一団に居たのなら、なおさらソレ≠ノ好い響きは感じなかったかもしれない。
芸とは違う、浅ましい見世物小屋。
ひとかけらの自由も与えられず、泣き暮らしながら、それでも憧れた。外の世界に。]
あ──…悪ぃ、やっぱあんま面白いハナシじゃねぇな。そもそもあんま覚えてねえし。無し。いまのナシな。
[ゆるく首を振って、ヤニクを見る。
ふらふらと立ち上がった男の声は、どことなく夢の中をさまようようで。>>31
中庭を染めぬいた金色の夕日の中、その横顔に、いまより少し幼さの残る彼の姿が重なった。
雨の日曜日。サーカス。テント。きらきらと、眩しいくらいに煌びやかな照明と。アコーディオンの音。赤いフード。鮮烈な、一枚の記憶。
青年は目を細める。哀しげに、少し、いとおしそうに。]
ずっとな。オマエのシャツに名前書いたあの日から。ずっと。
──オマエが、ここに、来なけりゃ良かったのにって。思ってたよ。
(32) 2014/09/10(Wed) 01時半頃