― ふるいはなし ―
[その客は、いつもカウンターの同じ場所に座って、俺の淹れたコーヒーばかり飲んでいた。
豆の挽き方を調節し、温度は高く、時間を過ぎないように。
それでも、どうか時よ止まってくれ。
液体が満ちるまでの一時、彼と話す静かな時が、好きだったから。
手をかけて、味が落ちないように。
ほんの少し濃いめに淹れたコーヒーはとても美味しかったし、彼も好きだと言ってくれた。
彼の手は血色が悪く何時も冷たかったけれど、コーヒーカップに触れた後は暖かくて、ぬるい体温まであがった骨ばった手をそっと握る。
夜の姿は少し恐ろしい。しかし中身が彼なら、その正体が何であれ構うものか。
触れる白い手は相変わらず冷えたまま、絡めた指は骨しかない。
空洞の眼窩を覗きこんで、俺は滅多に見せない笑顔を贈る。
そうすれば骸骨頭の彼も、静かに笑ってくれたような気がして。
成人もしてないような若者の、青い青い、恋だった。]
(18) 2015/08/07(Fri) 18時頃