─ 深夜 ─
[村の誰もが床に就く闇の刻。
静寂の支配する丘の上では花びらがハラリハラリと舞い落ちて、咲かぬはずの桜の樹はゆっくりとその身を薄朱く染めあげていく。
ただ一人宮司が異変を感じとり桜の樹を見にやってきたが、桜の樹を前にして不意に背後から声を掛けられた。]
よう、おっさん。
あんたも声が聞こえたのかい?
[壮年の宮司に語りかけるのは確かに丁助であった。
だが宮司にはそれが彼だとは認識できないでいた。
不思議なことに顔も姿も声も丁助だというのにまるで知らぬ誰かがそこに居るかのような錯覚。]
その様子だと……違うのか。
もしかしたら俺にしか聞こえなかったのか?
[丁助の妖しげな雰囲気にのまれ宮司が一歩二歩と後ずさりする。そして三歩目で背が桜の幹に触れた……もう逃げ場は無い。
いつしか舞い落ちる花びらがまるで雪のように大地を覆っていく。]
(0) 2016/04/23(Sat) 00時半頃