310 【R18】拗らせ病にチョコレヱト【片恋RP】
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……アンタはどうなの。
(12) Pumpkin 2021/02/19(Fri) 00時半頃
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― バレンタイン当日・賀東荘入り口近く ―
[乙女の進む道を遮るものは、彼女の眼前にも空にもない。陽光だけが乙女の髪へ降り注ぎ、駆ける度に弾む二束を照らしていた。 男は寄りかかっていた柱から身を起こすと、頭ひとつ分は下にある女>>#0の顔を眺める。]
……。
[年相応にハリを失った肌は、しかして内に秘めた愛情を受け、どこか艶やかだ。黒の強い瞳は一見、隣人に少し似ているようにも思うが、その視線に乗るはずの熱は行き場を失って久しい。 こんなに満ちているのに、抜け殻のようだ。と、いつも思う。賀東荘と同じだけ一番付き合いの古い相手だが、それを伝えたことは一度もない。]
(13) Pumpkin 2021/02/19(Fri) 00時半頃
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これ。
[問いに満たない言葉に返答を求める気はない。彼女がどう口を開こうが、男が次にとる行動は手に持っていた紙袋を差し出すことだ。 深緑のベースに金色で印字された洋菓子店>>2:210のロゴ。ほとんど部屋に篭りきりで、外出しても決まった場所にしか行かないような男でもない限り、ある程度の中身を推測するのはそう難しいことではないだろう。 如月の手が紙袋の底に触れ、取っ手の引きが弱まったのを確認してから手を離す。]
205号室に。今日じゃなくていい。 ……いや、今日じゃない方がいい。
先日の詫びだと。それだけで分かると思うから。
[茶色の小箱を開ければ、甘いバターの香りが漂ってくるだろう。薄橙色の細い紙の帯に包まれて眠るのは、まるい小鳥のサブレだ。黄色い雛が全部で5羽、透明なフィルムに包まれて目を閉じている。 如月は紙袋の中を覗くことなく了承の意を示した。こうして彼女に誰かへの荷物を頼むのは、三上への焼き菓子に続いて二度目だ。男の生活時間が周りとズレていることは、説明せずとも伝わることだった。]
(14) Pumpkin 2021/02/19(Fri) 00時半頃
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[目的を果たせば、これ以上交わす言葉もない。その場を去ろうとする男に、如月もまた特に気にした様子もなく視線を受け取った荷物に落とす。 彼女の伏せた視線の横に腕が伸びた。輪郭を覆う黒髪が揺れて、毛先が数本、表情の乏しい頬をくすぐった。]
……目が行き届くのはいいが、 たまには自分も視界に入れてやれば。
[爪の短い指が除いた葉が一枚、彼女の足元へ落ちていく。 それが床に触れるのを男が目にすることはなかった。キィキィと階段を鳴らし、己の帰る場所へと戻っていく。]
(15) Pumpkin 2021/02/19(Fri) 00時半頃
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[『朧の間』にも、冬の澄んだ陽光が差し込んでいた。 窓際にある開きっぱなしのパソコンには、何冊かの絵本を紹介するページが開かれたままだ。
それから、送信済みのメールがひとつ。]*
(16) Pumpkin 2021/02/19(Fri) 00時半頃
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― バレンタインの夜に ―
[土壁に触れた。ざらりとした感触を覚える表面を深爪の指でなぞる。 息を詰め、額を押し当てた。両の手のひらを這わせると、押し留めていた息がひどく湿って溢れた。思考を埋め尽くすのは、昨日得た彼>>2:246の言葉だ。 これからも芝居を続けるために必要なこと。日中それに縛られたなら、続く夜の居場所は想像に容易い。 もし、彼が今日の一日を特別に思っているとしたら尚更だ。彼の唯一は、この家の1階にある。
己の罪を顧みず糾弾する声>>1:98は通した。図鑑の落下>>1:80も抜けたが、世界に籠った彼の耳元>>0:126に阻まれたか。飲み込まれた主張とそれを覆った咳>>2:42が響くことはなかったが、足音>>2:150は識別に至る。
――ゴン、ゴン、ゴン。
表皮を剥がすことのないよう、焦がれる世界を傷つけないよう、拳を3回分。 いつか告げた緊急の合図>>1:123にしては弱々しい音は、きっと彼の鼓膜を揺さぶることさえできない。]
(31) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 01時頃
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[彼にとっての己の言葉と同じだ。 沈黙と、平坦。あの時の間>>2:210が何を意味するのかは分からないままだが、彼>>2:211が続けた言葉はひどく無難で、当たり障りのないもの。
隣人として当然のことだ。 己が求める心地よい冷たさだ。
特別はいらない。それは一方的に与えるだけのものだ。 干渉も介入もしない。渇望が胸の内を満たしても、叶わない。未完の恒久を喰らう日々を繰り返すことこそ、たまらない幸福なのだ。
――それなのに。 ふとした瞬間、気泡>>1:80が弾け、皮膜を乱していく。
数年かけて作り上げた遠い距離も、何の温度も灯さないお互いの声も、変化の乏しい表情も。 視線が先に逸れた>>1:244あの時のように、不変が違うこともあると知ってしまってから、時折どうしようもなく壊したくなることがある。
彼は、人間だ。]
(32) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 01時半頃
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[デスクを眺める。見慣れたパソコンと灰皿、それからいつもは見ないイレギュラー。男の目は冷め切ったままだ。
急に籠もった空気が煩わしく感じられ、窓を開けた。 マスクを外した顔全体に、冬の突き刺すような潮風が襲いかかる。重たい黒髪が巻き上がって乱しきる頃には、周囲の空気がすべて冷気で洗われた後だった。]
(33) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 01時半頃
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[たったこれだけで全身の肌が粟立つのに、 その上さらに海へ飛び込んだ女>>1:163がいたらしい。
――ゴン、ゴン、ゴン。]
(34) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 01時半頃
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[『綿津見の間』と『朧の間』のあいだ、外壁を一度、二度、三度。 子どもが手を鳴らして鬼を呼ぶように、男は拳を鳴らして人を呼ぶ。]
……気づいたら奇跡だな。
[時刻は日付が変わるかといった頃。隣室の灯りはどうだったか。その上、欄干に身を預けて腕を伸ばしても、せいぜい拳数個分の距離が縮まるだけだ。中間というのも烏滸がましい。 ちょうど目に入った鉛筆を一本手に取ると、横投げの要領で隣の窓へと投げつけた。]*
(35) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 01時半頃
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[内壁では届かない。外壁さえ響くかどうか。 ならばと投じた一筆は、ノックひとつを残して頭から真っ逆さまに落ちていくはずだった。
欄干に弾かれ、窓の縁に引っかかった鉛筆>>53が、彼の指に摘み上げられるのを見ていた。 彼の髪を乱したのと同じ風が、己の頬を撫でていく。 凭れたままの身体、彼が首を傾けるのであれば、異音の犯人は容易に知れただろう。]
壁三発じゃダメそうだったね。
[頬杖をついていた腕を自由にし、空を叩く仕草をする。 そんなことは決してないと願いたいが、もしこの木造の城が火に包まれるようなことになった時、己の拳だけでは彼を目覚めさせることはできないようだ。試す前から、むしろ告げた瞬間から分かっていたことを実験の結果であるように話す。あるいは、この突飛な行動の理由であるかのように。
当然の指摘>>55には、そーね。とだけ返した。表情は薄闇と乱れた髪に黒く覆われ、曖昧だ。 海面を走る風でもなく、怠惰に伸ばした髪でもなく、払う気のない指先が感情を朧にする。
理由のために、意味を何度も殺してきた二年間だった。]
(61) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 21時半頃
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[こちらの異質な行動に彼が困惑していることは、沈黙>>57から窺い知ることもできたか。両者の間に存在する決定的な境界線に足先を触れさせるような声が、そうっと響いた。 目を閉じる。遠くで鷺の鳴く声が聞こえた気がした。]
……。
[これは、特別な日に充てられただけの気の迷いだ。 飢えた獣が待ち望んだ餌に飛びかかる感覚に似ている。
舞台で躍動するその身体を掻き抱いたら、 淡々と名を呼ぶその声を塞いだら、 煮詰めきった想いをどうしようもなくぶち撒けたら、
穏やかな漆色の瞳に、乏しいままの表情に、 何か変化を与えることができるのだろうか。
それとも、何も変わらないままなのだろうか。]
(62) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 21時半頃
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[圷文彦は人間である。 周りの空気に引っ張られることもあれば、 抱えすぎた欲望を持て余すことだってある。
圷文彦は人間である。 ゆえに、獣には、決して――なれない。]
(63) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 22時頃
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……茶のひとつも出してやれないけど、
[沈黙を終え、重ねて吹いた風が髪の帷を攫う頃には、濁った熱は穏やかな水面を取り戻し始めていた。
言葉の続きはなくとも、窓際から消えた姿に引き戸の方へ向かったことは伝わっただろうか。 開け放った窓からは、目に見えないタバコの香りだけが空に溶けていく。]
(64) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 22時頃
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[もしあの子が、奪ったぬいぐるみへ愛情を失っていたら、 あの子を好きなままでいられただろうか。
もし彼が、絵画へ向ける視線を途絶えさせたなら、 この恋は、恋のままでいられるだろうか。]
……ホント、馬鹿馬鹿しい。
[願うことも奪うこともせず、ただ求め、乞い、飢えて。時に痛みに身を折りながらも、それこそが幸福と言わんばかりに欲望を揺らす。 最初から破綻しているものを恋と呼んだ。 誰も認めてくれない恋を、している。
この恋は、朧の中で永遠に微睡むだけだ。
鍵を捻った。夜更けの廊下に引き戸の滑る音が響く。 戸の縁に寄りかかり、彼の訪れを待つ表情は、普段のそれより僅かに柔らかいかもしれない。しかし、それ以上の違いはどこにもない。大田竜海に恋をしてからずっと、停滞している。今宵はそれがほんの僅かに乱れているだけ。それだけだ。
何もかもを身の内へ飲み干して、男は想い人を埋葬地へと迎え入れる。]*
(65) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 22時頃
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― バレンタインの終わり際・『朧の間』前 ―
[戸を引いて間もなく、隣人>>78は現れた。己よりいくらか高いその顔が廊下の灯りに照らされている。のっぺりとした表情は、普段と変わりなく見えた。]
……。
[鉛筆ひとつ届けてもらっただけだ。本来なら招き入れる必要はない。それなのに己は当たり前のように半身を引き、彼も入室の挨拶を告げる。しかし足が動いたのはこちらばかりで、彼は敷居を跨ぐ手前で動きを止めた。
開きかけた口は途中で止まってしまった。何を言おうとしたのかすら思い出せない。 彼がこちらを見ていたからだ。光すら吸い込まれてしまいそうな瞳で、彼が特別に想うあの絵画ではなく、己を。 差の少ない視界も、背を丸めて目を伏せてしまえば簡単に逃れることができる。静止の理由を尋ねることも先を促すこともせず、交錯を断ち切るように踵を返した。]
(91) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 00時半頃
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[目を逸らすのはいつも己だった。 背徳を孕んだ背後で、彼>>79が踏み入る音が届く。]
(92) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 00時半頃
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― 『朧の間』 ―
[部屋の中は数日前とたいして変わらない。 キッチンの前に置かれた開けっぱなしの段ボールも、灰皿に積まれたタバコの山も、彼が唯一恒常を破った>>2:244パソコンも。空になった洗濯カゴだけが、時間の経過を示している。 背後に続いていた足音>>80が己を通りすぎ、窓際へと向かった。その動きを阻むより前に彼の言葉が続く。澄んだ夜を抱えた背中、表情は読めない。]
……暴れて騒ぐ必要があるって分かって良かっただろ。
[身を傾けて落ちる危険も、危機ひとつ知らせられない壁も。指摘>>76を受けた時と違い、両者を遮るものはない。 止まった足を追い越し、開いたままの窓に手を伸ばした。
鉛筆はまだ十分な長さを有している。原稿用紙も多くの仕事>>1:3>>2:40を割り振られる程には有り余っていた。 アナログしか許されなかった時代とは違い、作家が筆を執る機会はめっきり減ってしまっている。
たいして話題にもなっていない作品だけを手に、バイトのひとつも抱えていない。 窓枠を押し広げるのは、ささくれひとつない、甘やかされた指だった。]
(93) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 01時頃
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二月だからいいんだよ。 頭がよーく冷えるしね。
[目を合わせ続けることもできない癖に、背を晒し続けることも落ち着かず振り向いた。冬の潮風がタバコの匂いと混じって部屋を巡る。 視線は彼ではなく、デスクにあるパソコンへ向いた。]
……今度、本出すから。 暫くは芝居、観に行けなくなると思う。
[スリープモードの暗闇の下、一時停止された動画のエンドロール>>50。 作者の欄には――「あくつ文彦」と、書かれている。]
(94) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 01時頃
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[柊へのお詫びを買いに行った際、店いっぱいに並ぶチョコを眺めた。ハート型のもの、鮮やかな色のものもあれば、シックに纏められた雰囲気のあるものまで。好きの形も多岐に渡るようになり、それを贈り表す形もまた、幅を広げているようだ。 それでも、その中に己の恋は含まれていない。 チョコなんて甘ったるいもの、薬を過ぎて毒になる。
だから己が唯一与えるのは、いつかの最後>>1:101を奪う微かな理由だけだ。 あれはただの冗談で、彼が彼の唯一から離れることはきっとないだろうけれど。それでいい。 それくらいで、いい。
これまで通り、問い>>80に明確な答えを返すことはない。掌にあるのは他人事だったあの声>>2:211に過ぎった欲が残した、ただひとつの形だけだ。]*
(95) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 01時頃
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― 朧の間 ―
[逸らした視線の先、黒く眠るモニターに押し黙る青年>>105の姿がぼんやり映る。その表情は読めないが、沈黙が望む答えを与えられなかったことくらいは分かった。 どれだけ近寄っても、朧を掴む>>79ことなどできはしない。むしろ触れる距離にいるからこそ、指の股から零れ落ちていく様をまじまじと目にしてしまうのかもしれない。
嗜めるような声>>106をあしらいつつ、もし微かでも彼の不満を感じ取ることができたなら、男の指先は震えていた。外気に冷えきった風を装い、拳を握りしめる。
己が、彼を揺らす理由になった。 それは忌避すべきことだ。 数日前、彼の視線を唯一から奪ってしまった時>>1:226と同じ。その役目は自分であってはならない。
そう思うのに、どうしようもなく歓喜に震える心がある。 恋と相反する欲が全身を巡って、治りかけの喉を張りつかせた。生唾が咽頭を過ぎ、胃の中でぐちゃぐちゃに入り混じる。 言葉>>94が口からまろび出たのはその後だ。]
(109) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 06時半頃
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[意味があるのかすら分からない。 伝わるのかどうかさえあやふやだ。 今日渡す必要だってなかった。
書店の片隅でいつか目にするかもしれない己の名は、チョコレートよりずっと捻くれた恋の欠片だ。 気づかなくていい。気づかれない方がいい。 黙せばいいことを口にしてしまうのは、どうしようもない己の欲のせい。人はそれを、執着と呼ぶのかもしれない。
歪な恋は、相手の心を求めない。 男の欲は、相手のすべてを奪おうとした。
ならば、これまでもこれからも、何度だって欲を殺そう。 己の恋は、危うい均衡の上に成り立っていた。]
(110) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 06時半頃
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[彼の心情>>106など知る由もなければ、推し量ろうとさえせずに、驚きの声を耳に留め、祝辞を適当に受け流す。
――それなのに。 無意識>>107というものは、きっと何より心を揺らす。]
……っ、
[おそらく同じ話を思い浮かべている。冗談であることも理解していた。それでも、たぶん、傷ついた顔をした。 身勝手に相手を振り回している癖に、それを楽しんでいる節さえあるのに、自分が振り回される立場になった途端、容易に崩れてしまう。]
――、
[「どこにも行くなよ」と、言おうとして]
……。
[朧気な笑みに見惚れて口を閉ざした。]
(111) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 06時半頃
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[差し出された鉛筆>>108は、真夜中の異質を終わらせる合図だった。 彼の手元に視線を落とす。その指先は、己のものよりずっと人間らしいように思えた。
手首から手の淵、小指の付け根から関節へ、指の先の山をいくつか越えて、鉛筆を掴む。辿った道に直接触れることはなかった。時間もそうかからなかったはずだ。 撫でるような仕草に深い意味はない。ゆえに何もなかったかのような顔をして、鉛筆を掴む指に力を込めた。]
そこは、もう呼び出すなって言うとこじゃないの。
[譲渡は握手に似た形で果たされた。 理由を失えば、どちらともなく出口へと向かう。]
(112) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 06時半頃
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届け物ご苦労さん。 さっさと帰って寝ろ。
[寝ろ。全部忘れてしまえ。 帰れ。欲望が永遠の恋を台無しにしてしまう前に。 何もかもを偽り、誤魔化し続けている己には、望む答えを与えることなんてできないのだから。 言葉の裏に隠れた意味は、最後まで形を成すことない。 だから、彼が鳥の名>>77を知らないことも、贈り主について思考を割いていたこと>>107も気づけないままだ。
鉄面皮>>108が日常の帰還を告げる。それに安堵と痛みを感じながら、彼の背が隣室へ消えるのを見守るつもりだ。
二度と来るな――とは、どうしても言えなかった。]*
(113) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 06時半頃
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― 『朧の間』前 ―
[自室へ戻る彼>>138を見送った。 電灯に照らされた頸は、たとえ服に覆われていたとしても、何もかもが違うのにあの日の光景>>1:210を想起させた。 目を逸らすのはいつも自分からで、背を向けるのもそうだった>>1:81>>2:226ように思う。
一方的に注ぐ感情と、身勝手に与える繋がり。近頃増えたそれに彼が不審を抱いてもおかしくなかった。自覚してもなお、抗えなかった欲がある。普通の人間に指一本しがみつくように、2月14日の終わり際に関わりを求めた。 呼び出しに見合うものは、何も渡せなかったのだけど。いつか出会うかもしれない名は、今はまだ形を成せない。
容易に引き抜けた鉛筆>>137に視線を落とす。一瞬、揺らぎを見た。しかし別れ際には、波の残滓すら見えなかった。凪いだ海より平坦な表皮の下、何か眠るものがあった>>139としても気づけない。
――恋は、盲目だ。]
(147) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 18時半頃
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……クソ、
[負った傷を丹念に隠して、宝物みたいに抱きかかえた。あの時握りしめ>>109、気づかない内に彼の視界に納められた拳で、戸の縁にしがみついた。額を押しつけ、獣のように背を丸めた。噛み締めた奥歯が、頭の中でギチギチと嫌な音を立てる。
己の言葉が彼になんの影響を及ぼさないことを幸福だと思う。己の行動が彼になんの傷もつけられないことをもどかしく思う。この矛盾した感情は、彼を想う限り永遠に心に巣食う恋だ。 歓喜と苦渋の入り混じった悲鳴が、吐息と共に溢れた。
最奥の部屋に消えた彼>>139には聞こえなかっただろうが、思うより近くで身を折る誰か>>90には届いてしまったかもしれない。 視界は狭く、夜は深くとも。帰路はなく、視界伏して。]
……なに、してんの。
[誰もが息を潜める真夜中、甘い一日の切れ端に、小波のような呼吸がひとつ重なった。]*
(148) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 19時頃
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[顔を上げた女>>160の睫毛は、夜も変わらず天を向いていたか。あるいは炬燵>>86の気配を匂わせていたか。 どちらにせよ、その整った顔立ちが失われることはなく、立ち上がった彼女の涼やかな目元と視線がかち合った。
背筋を伸ばし、胸を張り。 完璧であることに、一切の曇りなく。
欠片も似ていないのに、どうしようもなく眼前の女に兄の面影を見てしまう。]
……へえ。
[視線は、自然と差し出された小袋>>161へ逸らされた。透明な包装は、封を切らずとも中身を容易に知ることができる。甘さ以外共通点のない形の詰め合わせは、店に並んでいたものとは違う。 彼女の整った指が詰めたのだろう。冷えた相槌と共に視線が細い手首へ滑った。]
(167) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 21時頃
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[次に先手を取られたのはこちらだった。 何かのために開かれた口は、直進をやめた彼女の言葉>>162に動きを止める。潮風に乱れた黒髪の隙間、眉間に皺が寄った。
木に登っていた時も海に飛び込んだ時も、脱ぎ捨てていたヒールで内側を踏みつけられるようだ。本来なら迷いなく切り捨てるもの。しかし、男の動きは鈍い。
穏やかな海に突如現れた、鮮烈な飛沫>>1:163を思う。 あの瞬間、生まれた感情>>2:225を思った。
あれは、衝動だ。 理由なんてあってないような、先で後悔するとしても止められない、どうしようもない揺らぎ。 少なくとも、男にとってはそうだった。
もし、凪いだ部屋で眠る彼女もまたそうだったとしたら。 与えたのは、己だろう。 その正体を理解する気も探るつもりもないけれど。]
(168) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 21時頃
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自惚れるなよ。
[鼻で笑ったつもりが、乾燥した鼻腔では何の音も鳴らなかった。代わりに差し出されてもいない小袋に手を伸ばして、甘やかされた指先で透明なフィルムをつつこうとする。 廊下の灯りに照らされた表面を光が踊れば、まるで水面のようだった。]
ナマコ獲ったヤツがピンピンしてるのに、 それくらいで体調崩すバカはいないでしょ。
[暗に無関係だと突き放し、水面に沈む甘さを眺める。 クッキーに金平糖、鮮やかなふたつから浮いた素朴な色>>161。たとえそれが瞳に入っても、目を逸らしたままの男には意味を持たない内容物のひとつでしかない。]
(169) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 21時頃
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会社で配った残り物? 別に、それくらいなら協力するけど。
[ほら、と。つつく手を返し、受け皿のように広げた。 ――それから、一歩踏み込んで。]
……だから、見るな。
[広げた手で、彼女の目を覆ってしまおうとした。 甘い香りを塗りつぶすタバコの匂いと、耳上から振る声。
忘れろ、と囁く。]*
(170) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 21時頃
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[永遠の欠落を抱えた己には、完璧であるための道具など必要なかった。だから差し出された小さな鏡>>180で己を捉えるまでに少しの時間を要する。 生気の薄い顔を乗せた男がこちらを見ていた。これまでで一番の拒絶を眉間に示し、視線を奥の持ち主へ向ける。]
成立しなかったら、なんなの。
[叱られた子どものような抵抗は、繰り返しお互いの無関係を紡いだ。 たとえ、飛沫舞う揺らぎを与えたことがあったとしても、それだけだ。たった一度きり。それ以外、何もない。彼女の瞳に何が映ったか>>1:-42なんて、可能性すら思い至らない。 形のいい唇から漏れるため息>>181に、皮肉でもおまけしてやろうかと開いた口は、]
――は?
[たぶん、あの時>>1:169と同じ音を放った。]
(208) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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[適当な言葉で逃れようとしても認可されず、 遮ろうとした手さえ貫くような眼光>>184。 眉間を示す指先>>183は一部の隙もない。
兄に重ねた完璧な表層は冷水に揉まれ、既に跡形もなくなってしまったのに、彼女は未だ抗おうとする。 敷波玲は敷波玲のまま、真正面から己の前に立ち塞がっている。
開き直りとは違う。 それよりもっとまっすぐな、己には真似できないものだ。
――目を、逸らした。]
ふは、
[瞳孔の降下と共に、力のない笑みを口の端から漏らす。 袋>>184を押しつけられても抵抗せず、一回転を挟んで帰っていく背を見送ることもなく、のっそりと『朧の間』へ身を潜り込ませた。
引き戸が閉まる。 鍵の落ちる音がした。]
(209) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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― 『朧の間』 ―
[時間を示すものを見失った部屋は、ただ夜であることしか教えてくれない。窓の外を覗いても、男性と共に犬が駆けるのはもう暫く先のことだろう。 今日と明日の境目も分からぬまま、開けっ放しだった窓を閉じ、電気を消した。タバコの匂いは随分薄れていたが、ようやく通るようになった鼻でも残滓を辿ることができる。
彼の匂いはどこにもない。ほんの僅かでも残っていたとして、既に潮風に乗って消えてしまっただろう。手元に視線を落とすと、たったひとつの袋が月光に影を落としていた。]
……。
[寿命の近いデスクチェアは、腰掛けるだけで悲鳴に似た音を立てる。 茶色のリボン>>161を引いて、惜しむことなく手を離した。手触りのいい一筋は、暗い足元に落ちて見えなくなる。]
(210) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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……あま。
[クッキーを歯先で折った。金平糖を奥歯で噛み砕いた。 粉々になるまで、これを与えた女のことを考えている。
兄と勝手に重ねたことへの詫びだった。 彼女には何の非もなかったから。
カレーの料金代わりだった。 彼女には何の貸しもなかったから。
こちらからすれば、これでイーブンだったのだ。 体調を崩したことだって、別に強がりを言っていたつもりもない。己の不摂生が招いた結果であり、あの日の出来事はきっかけに過ぎない。
心から、関係ないと思っている。 凪いだ海は元通り。何も残らないはずだった。
それなのに、忘れられないのだという。]
(212) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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[ご愁傷さま。]
(213) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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[肩が震えていた。空いた手で前髪を掻き上げる。 眼鏡がズレて視界がぼやけた。]
……ホント、趣味悪。
[笑いの間に漏れた声は、嫌悪に濡れていた。
表層を剥いでなお、正しくまっすぐあるのなら、 それこそ敷波玲の本質なのだろう。 踏み込むつもりはなくとも、見えてしまう。 まっすぐであるがゆえに、望まぬ奥まで。
正しいものを、己は何も持っていなかったから。 正しいものは、嫌いだった。]
(215) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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[たったひとつの素朴な色に手をつける。 持ち上げた感触は軽く、振れば微かに音もした。 滓を払い開いた先の文字>>185を目に留める。]
――。
[折り畳んだ紙を小麦色の籠ごと口に含んだ。 嚥下した言葉は男の内側で形を失い、溶けていく。]*
(216) Pumpkin 2021/02/21(Sun) 23時半頃
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― それから ―
[とある1日が終わったところで、男に変化はない。
少しだけ、彼と顔を合わせる機会が減ったり、 少しだけ、彼女と関わることが増えたり。
あったとしてもそれくらいで、もし住人たちに何かあったとしても、男が気づくことはないだろう。相変わらずひとりきりの部屋で、夜な夜な文字を連ねるだけだ。]
(222) Pumpkin 2021/02/22(Mon) 00時頃
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[書籍化に関して作家ができることなどたかが知れているが、それでも仕事の量は増えた。今日もまた引き戸の外に飛び出して、新しい革靴を鳴らす。
一度、絵画の前に立ってみたことがあった。 真正面から眺める景色は、窓下に広がる海とはまた違った色合いを見せてくれる。
それは確かに特別だった。 けれど、恋ではなかった。
玄関の片隅に佇む額縁を視線でなぞり、賀東荘を出る。]
(223) Pumpkin 2021/02/22(Mon) 00時頃
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[己の名が書店の片隅に並ぶのは、もう少し先のことだ。 顔を上げる。庭の松と並ぶように、街道に淡い桃色が花開いていた。]
……もうそろそろかね。
[色のない手のひらで、胃の辺りを撫でた。
――恋を、している。 拗らせた想いを、手放せぬままに抱えたまま。
そんな歪で、捻くれた男の下にも平等に、
春は訪れる。]*
(224) Pumpkin 2021/02/22(Mon) 00時頃
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