191 忘却の箱
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ああ、心配すんなよ。 やったことはねえけど、やり方はちゃんとベンキョウしてきたから。 後はオマエの見様見真似、だけどな。
[書庫で読んだギターのメンテナンス方法は、実際やってみると思う程簡単では無い。 四苦八苦しながら弦を替える。きっとそれは、誰かが遣り残した事でもあるから。]
…っと。こんなモン、か。
[どうにか張り替えた弦を、爪弾いてみる。アンプの無いそれは、キュ、と掠れた音を出す。弾き方なんて知らないから、元通りに傍らに置き直してやる。]
…………また。
[また、弾いてくれよ。
声は掠れて、一人きりの部屋を彷徨う。やがて、青年は夕暮れに染まる部屋の中から、廊下の暗がりへと溶けて、消えた。]*
(80) 2014/09/12(Fri) 23時半頃
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[その日は、秋の始まりを思わせるような、酷く高く、突き抜けるような晴天だった。
屋上から、ぱらぱらと沢山の花が降る。 背の高い、痩せたその青年は、足元に積まれた幾つものドライフラワーを手に取って。 ひとつひとつ、確かめるようにしながら、それを階下の地面へと落としていった。
膨大な量のそれは、彼の自室から運ばれたもの。彼が今まで出会い、別れてきた患者たちの一部だったもの。 最後の一束を落とすと。青年は、強く吹いた風に煽られるのも気にせずに。目の前のフェンスを乗り越えた。]
(81) 2014/09/13(Sat) 00時頃
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────あー…、来ちゃったか。 そんな気はしてた、けどさ。
[開いた屋上の扉に、視線を向ける。 フェンスの向こうに立った青年は、空とコンクリートの境目ぎりぎりに足をかけていて。 網目を掴む指だけが、その身体を支えている。]
見てよ、コレ。 羽根みたいだろ。
[笑って広げた両腕は、白い花にびっしりと覆われて。首に、肩に、肩甲骨に、茎が、花弁が。纏い付いている。]
……なぁ、センセイ。覚えてる? オレが初めてここに来た日の事。仲間に置き去りにされたんだって、怖くて、心細くて、すげぇ暴れたよな、オレ。 センセイは爪立てても、もがいても、ずっと頭撫でてくれてさ…
[でも、と声が続ける。 少しだけ、滲んだ声。]
(82) 2014/09/13(Sat) 00時頃
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今朝。そん時の事、思い出そうとして。 センセイの顔が、──どうしても、思い出せなかった。それだけじゃない。 今まで、『視』たモンだけは忘れなかったのにな。…どんどん、無くなってる。
[青年は、フェンスの向こうでなおも笑う。 寂しそうに。哀しそうに。眼下の地面に降り注いだ、たくさんの花たちに視線をやって。]
忘れるのは。ずっと、嫌だった。それは、なんか、すげえ悪いことだって思ってた。 でも、クリスと一緒に外に出て、海見て。 オレはその時、初めて思ったんだ。ここに帰りたいって。終わるんなら、ここがいいって。 …何の事はねえよな。オレが、さみしかったから、
[零れた雫が、頬を伝って。白い風が、花弁と一緒に、浚っていく。 全て。すべて。]
忘れなければ、ずっと一緒だから。──手放したくなかった、だけだったんだ。みんなを。
(83) 2014/09/13(Sat) 00時頃
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[涙で滲んだ視界では、医師の表情はよく見えなかった。 でも、それでいい、と思う。それがいい。 この人が悲しむ顔は、あんまり、見たくないのだ。]
最後まで、こんなんで。ごめん。 それでもやっぱり、オレは。アイツらを忘れんのは、無理だから。──だから、今日で、『シーシャ』は終わり。
[青年は笑って、そして。 その手を離す。両足が、地面を蹴って──]
(84) 2014/09/13(Sat) 00時頃
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センセイ、────ずっと、ありがとう。
[ずっと言えなかった言葉を、口にした。]*
(88) 2014/09/13(Sat) 00時頃
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