296 ゴールイン・フライデー
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[素人知識で革靴の手入れを終え、手を洗って家を出る。 仕事用のブーツでなく、スニーカーを履くのも、そも、私服でタヴェルナに訪れるのなんて何年振りだろうか。
誰が見ているでもなかろうに、妙にそわつきを覚え、ポケットから煙草を取り出した。いつもの一服の合間に、今夜の注文について考える。 無意識に、以前あの人が食べていた鴨のローストが思い浮かんだが、反射的に胃を抑えた。だめだ、まだ早い。 もっと消化が良く、栄養があるものにしよう。
いつものシュパーゲルはルッコラにバジル、トマトにモッツァレラ、生ハム……ポーチドエッグまで添えるか。オリーブオイルに岩塩とレモンをひと搾りした、鳥渡だけ豪華なサラダ仕立て。 メインはマリアンヌ自慢のブイヨンで炊くチーズリゾットに決めた。どれだけ咽喉が痛んでも、譲れないアルデンテ。]
(92) 2019/05/21(Tue) 00時頃
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おう、猫。珍しいな、どうした?
[脳裏にメニューを描いている間に、足元に何か柔らかくて温かいものが触れた。見降ろし、灰が落ちぬようすぐさま携帯灰皿を取り出す。
喫煙中は決して近づいてこない看板猫。今週はパン屋へ立ち寄ることもなかったから、凛々しい顔を見るのも一週間ぶりだった。 寂しかったか?なんて声をかけ、背中を軽く撫でてやる。
──猫相手なら、こんなに簡単なのに。]**
(93) 2019/05/21(Tue) 00時頃
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[ 女ディレクターにまでニンニク臭いと言われた木曜日。 明日デートなんだから控えた方が良いと苦言を零された。 事実無根なだけに慌てて否定したが 慌てたのが余計に怪しまれたらしい。 ]
え?この髭汚い? そうかあ?
[ もみあげと繋がる髭を不清潔に見えると指摘されるも 意識している某とて髭が生えているわけで イマイチピンと来ず、首を傾げてしまう。 その点は納得出来なかったにせよ 変な匂いがした日があるとも指摘され ゴミ溜めで覚醒したある日を振り返り首を横に振るう ]
(94) 2019/05/21(Tue) 00時頃
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ええー…ちゃんと風呂入ってるし 今日ニンニク臭いだけだろ? [ 香水をつけるくらいするべき――という意味らしい。 なるほど、最近枕も加齢臭が染み付いている。 だが、あんな酒と美食の香りが充満する店で 香水をつけたところで何が変わるとも思えないが… 一応は念頭に置き、お母さんみたいだな、と ありのままの感想を口にしたらしこたま怒鳴られた。 そりゃそうだ、娘と父親くらいの年齢差なのだから ]
(95) 2019/05/21(Tue) 00時頃
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[ いつも通りにその日の持ち時間を終えて 店に行く前に寄り道したのは香水店だった。 パルファンの並びを見て、若い頃使っていた香水と 同じ銘柄を見つけ、一、二滴テスターを手首につける ]
あー…結構匂い強…… でも、他に良さそうなもん探してると…。
[ 先週はドルチェを口にするあの客の姿しか見れてない ドルチェを舐める舌は酷くクるものがあったが 菜食を頬張る横顔はやけに愛らしい。 今日はばっちり眺めたいと浮き立つ心ごと 胸を抑えて、ニンニク臭くない溜息を吐く。
向かう途中でタバコの自販機を横切りかけ―― は、とUターンして銘柄をジッと観察する。 ]
(96) 2019/05/21(Tue) 00時頃
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………これ? いや何ミリとかあんのか…そこまで分かんねえぞ
[ 酒焼けしているのだから美声とは程遠い今だが タバコだけは喉を痛めると自粛していたから。
箱の色で銘柄を想像出来てもタール値までは ある程度離れた距離から判断はつかないが これであれと意を籠めて押したボタン。 珍しそうにパッケージを破き 内蓋らしき紙包までうっかり取り去ってしまいながら 一本抜き出して煙草を咥える。
キャバレーの女が名刺替りに突っ込んだ 油性インキで番号の書かれたライターで先を燻―― ]
(97) 2019/05/21(Tue) 00時頃
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ぅえっけほげほ……、苦ッ……!?
[ 肺に到達してもいないのに、噎せてしまった。 ふかせばマシだろうかと咥えたまま 紫煙を吸わずに香りだけを微かに口内で一杯にする ―――ほろ苦い。 これも、恋の味なのだろうか。
手の届かない、届かせてはいけない相手の事で 頭を一杯にし、浮き足立ちながら 買ったばかりの香水はハンカチーフに浸す事にした。 直接肌に付けるのは悩ましかったから。 ]
(98) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[ ドアを開けて――
それとなく空席に腰を落としてから あちらこちらと見て探すも いつもの格好は見当たらず未だ来ていないのかと そわそわしていた時、どこか優れない顔色を見つけた。
普段と違う服装は新鮮で浮かれてしまう心と デート帰りかもしれないと沈む心で忙しない。 少なくとも、隣にはべったりした女性は居ないのが 揺れる心をいくらか抑えてくれた。
ああみっともない。 いつも通りビールかとキャサリンに声をかけられるまで メニューに視線を泳がすのも忘れてしまっていた。 ]
(99) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[精神的な不安は、仕事に打ち込むことで解消された。 もう何十年も前からの習慣だ。 心が揺れる度、頭を低く下げて靴を縫う。 糸を革に通し、型紙通りにカットしたパーツを合わせていく。
店頭にオーダーメイドの看板は出しているが、明らかに玄人向けの店へ訪れる者は少ない。靴の出来に反し、店の中は薄暗く、古びて怪しい。 お蔭で出来上がった靴の殆どは紳士服店や百貨店に下りる。
紳士靴の他には式典使いのフォーマルシューズも手掛けるが、靴底に筆記体のRのロゴがあれば、其れはすべて己の作品だ。 価格帯は紳士が履くに相応しく、下は成人男子の一月分の給料から。 ―――― 上を見上げれば青い天井が見えるだろう。
情動を四散させながら、丹精を込める。 こうして靴を作っている時だけ、卑しい自分を認められる気がした。誰もが寝静まった夜の世界で、ひとり靴を作り続ける行為に酔う。]
(100) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[ひとつ仕上げてしまうと思考の隙間を縫って金曜を思い出すから、今週は仕事に没頭した。 先週の衝撃がまだ胸に残っている。
変化が恐い自身は顔を上げることも、眼を合わせることも、声を聴くことも恐れている。それでも何故惹かれるかと言えば、彼の果敢さ故だろう。 無いもの強請りと言えばチープだが、手に入らないからこそ憧れる。 否、手に入らないからこそ、安心して好意を向けられる。 認知の外であれば、想いを咎められることもない。
傷つくのも痛いのも寂しいのも得意ではないが、寂しさだけは我慢が出来る。]
(101) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[ジッと寂しさを我慢していれば、やがて沈黙は孤独を呼びつける。 その時、己は漸くホッと安堵するのだ。
誰に悟られることも、誰に認識されることもなく、ただ想っていたい。そんな感情は誠実性ではなく、独り善がりだとも理解している。 だが、進んで見られたい勇敢な者など居るのだろうか。
撓めていた視線が手元の靴に落ちた。
末の息子は外羽根式のウィングチップ。 メダリオン(穴飾り)が華やかで、ライトブラウンに良く映える。]
そりゃ、君はね?
[親馬鹿ではないが、これだけセクシーなら眼も惹こう。 化粧箱に丁寧に収め、百貨店行きのタグをつけた。]
(102) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[ 旬では無いがズッキーニの花のフリットが ボードに記されていたのでそれをつまみで注文する
いつもなら自分でメニューを吟味するのに 勧めにあったメニューばかりを頼んでしまう。 生ハムとチーズのカルツォーネを食したのは 覚えているのだけれど、心此処に非ず。
動揺のまま握り締めていた筈のハンカチと 浅いポケットから転がった煙草の箱は 床に転がり落ちてしまい、そのまま忘れた。
人の出入りが多い雑踏の酒場だ。 踏まれてしまっていてもおかしくはない。 春が来たらしいウェイトレスが気にかけて 落し物として拾ってくれたかもしれないが―― ]**
(103) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[一人で飲む酒よりも、誰かと飲む方が美味い。 いや、一人でしみじみ味わいたい気分と、 誰かと騒ぎたい気分との違いで、後者なだけだ。
酒を干すだけでは足りないのか、 やけに寂しく感じる唇を指横でなぞるのは無意識。 窓際ではない場所で円筒と引き剥がされて、 覚えてしまった空虚を削り取れやしないのに。]
……あー、いやさ、 煙草吸いたいな、ってだけだ。
[物欲しそうな顔、と言われて苦笑し、 煙草を挟んだ形で固まっていた手を振った。 キャサリンに言えば席を移動するくらい簡単で、 けれど居座ったのは自分の意志。]
(104) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[たまには、煙草の煙越しではなく 彼の背や横顔、伏し目がちな表情を眺めるのも 悪くないんじゃないか、という建前。
窓際のあそこよりここからの方が、 彼にずっと近くて新鮮だから、という本音。
……認めたくはないが、昼間のお使い中に出会った 幸せそうなカップルに中てられたのもある。
愛し愛され、触れ合える彼らと違い、 自分はといえば彼に近付いてしまったら最後、 もうこの店では出会えないのでは、という恐れ。
いつも静かに、片隅で食事をする彼は、 硝子細工よりも雪の結晶よりも繊細なのだから 触れようと手を伸ばせば、───…もう。]
(105) 2019/05/21(Tue) 00時半頃
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[トマトソースが絡んだ鯖をパンに乗せ、 ふわりと漂うバジルとローズマリーの香りごと 口の中に招き入れてするりと胃に沈めていく。 食感を残すためにわざと大きく残されたトマトを 奥歯で噛み潰せば、芳醇なトマトの旨味の爆発。
彼を眺める絶好の機会だというのに、 彼と同じように顔を伏せてしまう臆病者は、 せっせと鯖を咀嚼するのに忙しかった。
同じ様にしたところで、同じ世界は見られない。 けれど、少しでいいから錯覚して居たかった。 共通項を増やし、傍に寄り添えている、と。]
(106) 2019/05/21(Tue) 01時頃
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[用を足しに僅かばかりに挟んだ離席で、 彼に異変を齎した原因を知らずに済んだのは、 幸いと呼ぶべきかも分からない。
注意深く観察して居たとしても、 日々で磨耗した両目で見抜けたかどうか。 見抜いたとして、重い蓋をするだけなのだが。
また彼を見つけられた、という喜びと、 いつもと違い、次々に酒を干す姿につられて 飲み過ぎた結果、痛む頭は翌日の夜まで続いた。
こめかみを抑えてくたびれた靴で床を叩き、 気分転換に買い物にでもいくか、と自問自答。]
(107) 2019/05/21(Tue) 01時頃
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[手に入らないもの程焦がれるとはよく言ったものだ。
この数日間過ごした日々の中で彼を思わなかった日は 一度だって現れる事はなかった。
固く襟の詰まったシャツはネクタイを紐解けば 隠された首筋が見えるのだろうか、だとか 撫でつけられた髪を下ろした瞬間が見たいだとか 眼鏡を外した先の眸はどんな色をしてるのだとか。
想像は膨らむばかりで後を絶たない。 困った事にこの心臓は好き勝手がなりだし 呼吸する事すら下手くそになってしまう。 恋の病など可愛らしい表現じゃ足りない。 まさに恋に殺されてしまうような感覚だ]
(108) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[同じものを味わえと願うのは、 まさしく彼に対して死を願っていて 出来るならあの人にはそんな想いをして欲しくない。 なんて、矛盾を孕んだ嘘を重ねていく。
時刻は刻一刻と迫っていて、 タヴェルナのディナータイムが始まる頃合い。 このまま今日は引きこもって土曜日を迎えよう。 そう決意した瞬間思い出すのは 作業中によく耳にするラジオのとある言葉]
……人を好きになるのは、自由、か。 こんなに爛れた思いでも? 青臭い事ばっかり言うよな。
[今更思い返しては鼻で笑ってしまった。 もう二度と行かないと決めた誓いは 立ち上がり扉の閉まる音と共に消えた]
(109) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[星々が瞬く夜を一人歩く。 風が店先に並んだ花弁の香りを届けた。 あの人に捧ぐ花は何が似合うだろう。
ピセッロ・オドローソなんて願望が過ぎるし ナルチーゾなんて悲願じみて痛々しい。 ヴィルッキオ辺りがいいかもしれない。 カンナなんて今の自分そのもの過ぎるから アチェロを贈って美しい思い出にするか。
男に花をなんて思いながらも ミモザの花束なんて一生渡せないだろうし 夢みるくらいは勝手だろう]
ヴィオラもいいかもしれないな。 夢想の羽根だなんて、叶わなそうで。
[呟きながら唇を噛み締めそうになる。 踵を返そうとした時中年くらいの女性が 此方に気づいてしまった]
(110) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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あー……。ちょっと、花を見ていただけで。
[「プレゼントに?」その問いかけに首を振る]
いや……そんなんじゃなくて。
[言い淀んでしまうならそのまま適当に断り 立ち去ってしまったら良かったのに。 女店主は此方を見てちいさく笑ってしまう。 思わず怪訝な顔をしたのが良くなかった]
(111) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[「あなた、恋をしているのね」]
(112) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[頭から冷水を浴びせられたような 重たい衝撃を受けたような感覚。
ぶわりと爆ぜるように熱が広がる。 否定しようとして居た堪れなくなった。 眉間の皺を寄せたまま口端だけは笑って]
これを、恋と言ってもいいんでしょうか。
[本物なのか偽物なのか分からないこの感情を そんな尊いものと同じにしてしまってもいいのか。 尋ねながらもどうしようもなく視界が揺れた。 泣き出しそうになるその肩を女性の 柔らかな手が撫でてくれた]
(113) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[そうしてまた金曜がやってくる。 きっちりと定時で仕事を切り上げ、いそいそと帰り支度をする俺をにやにや眺める同僚には 先日しっかり、口止めと言う名目で奢らされたんだが。 最後に「ニコラシカ」なんざ渡すから、それが出来りゃ苦労はしないと言って盛大に笑われた。
こんなに誰かに心を動かされたのなんざ久しぶりすぎて どうすればいいのか思い出せない、なんて、言えるかみっともない。
本当に恋なのか、ただの興味なのか わからないけれど、俺はあの人に会いにいく。 会える保障もないのに、何故か、今日も会えると確信している。
問題は、その先
この恋が恋じゃなくなった時、この想いは消えてしまうのか それとも……「愛」に形を変えるのか。 どのみち、後者は期待するもんじゃないが 消えずにいつまでも傷になって残る、それだけは嫌だった。 それなら、このままで居たほうがずっといいんだと自分に言い聞かせる。]
(114) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[嘘をつくな、と、心の片隅が騒ぐのは見ない振り]
(115) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[どうしたって、とてつもなく逢いたくて仕方がないんだ]**
(116) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[ドアを明ける前にもう一度、おかしな所はないかと確認をする。
見られていた気がする。多分偶然、多分錯覚、だとしても。 偶然も重なれば必然だ。
ドアベルの音を鳴らして店に入り、いつものように案内されるまま席に着く。 道中、店内を見回すのはもはや癖になっちまった。 案内されたテーブルで、出来るなら店内を見られる椅子に腰掛けて まず頼むのは、旬も後半のシュパーゲル。バジルとバターにレモンも添えて。]
後はカプレーゼときのこのアヒージョ、ワインは白で銘柄は任せるよ。
[メインの一皿はサルティン・ボッカ。可能ならチーズも添えてもらおう。 他はまた、様子を見ながら考えればいい。 あの人が今日何を食べるのか、また、同じ物だと嬉しいなんて 偶然も重なれば必然、なんて、都合のいい事ばかり考えていた。
俺がもし、後から来たならば、あの人と同じものを頼むだろうと想像できてしまうから。**]
(117) 2019/05/21(Tue) 01時半頃
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[そろそろいけるんじゃね、と、木曜日の午後は杖を置き去りに出勤した。 夜勤明けはなんだかんだで昼過ぎまで仕事になるから、時間によってはそのままタヴェルナへ向かうことになる。 杖を携えていること自体が、なにやら心持ちを弱音にするようで、いい加減うんざりしていた。
が。 案の定といえば案の定、同僚と後輩に揃って怒られた。]
大丈夫だって… …えー。
[どこかから持ち出してきた杖を押し付けられて、何にも言えなくなる。 …どうやら読まれていたようだ。 ちくしょう。]
(118) 2019/05/21(Tue) 07時半頃
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[平和な夜中が過ぎる。 夜勤とはいえ順番に仮眠は取るのが常だが、どうせ何かあっても出動させてもらえないので一晩中起きてるつもりでいた。 しかし時間になったら仮眠室に押し込まれ、覚醒したままの意識を簡易ベッドに連れ込むことにする。
転寝に、嫌な、夢を見た。
軋むベッド、肌の上に落ちる水滴。 重なる吐息が耳に五月蠅い。 見上げた姿は仄暗い照明を背負っていて、顔なんか少しもわからなかったが。 解ってしまった。 解ってしまって、諦めと同時に、嫌になった。
どうして人の心はこんなにも、思い通りにいかないのか。 己の、心なのに。]
(119) 2019/05/21(Tue) 07時半頃
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[どんよりとした気持ちで仮眠から覚め、くっきり反芻できてしまう夢に傷むこめかみを揉む。 多分俺は、この想いを消化することもできずに抱えて逝くのだろう。 抱えて歩くには、重すぎた。
おっさんにゃちぃと胃もたれすんのよ。
自虐的に思うが、腹の内にわだかまったそれは、何食わぬ顔で底い居座り続ける。
初めて、タヴェルナに行きたくないと思った。 同時に、無性に彼に会いたくて仕方なかった。
これが例えば、彼が事故で亡き人になる夢だったら良かったと思う。 夢は夢だ。 絶望を仮想体験して、絶望に追いつかれる前に振り切ることもできたろう。 けれど、無意識ですら、彼を脳内に住まわせた俺が夢想するのは……。 違うだろう、そうじゃないだろう、って言い聞かせたって、もう遅い。]
(120) 2019/05/21(Tue) 07時半頃
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[夜勤明け、だらだらしていたらあっという間に午後だった。 一度家に帰って眠るべきなのはわかっていたが、眠るのが……そう。怖かった。 あの転寝の夢の、続きを見そうで。 そのくらい、己が浅ましい感情を抱えているのを、突き付けられてしまったので。
訪れるのは、随分早い時間になるだろう。 寝不足の頭にウイスキーを何杯か叩き込んで。
君の姿を、夢陽炎のように、琥珀色のさざめき越しに、眺めるのだ。 ……眺め、たいのだ。]
(121) 2019/05/21(Tue) 07時半頃
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