―― 美術室 ――
そういや、あの人は「天使」が好きだった。
[天使の翼は、昔出会った人を思い出させる。
美術室の扉は開け放ったまま、がさごそと大きな音立てて美術準備室の一角、勝手に自分のロッカーと決めた場所から大量のスケッチブックを持ち出した。その中に潜む、1冊のカルトン。厳重に紐で縛ってある]
[その表紙には、自分の筆致で2年前の日付と、ベルリンという文字。その隣に震える、小さな薄い誰かの筆致で『天使の唄』]
[中を開けると、そこには大量の画用紙に一人の女性が描かれている。ちょっと触れるだけでくず折れそうなほど痩せこけて、目ばかり大きく描かれた金髪の女性。それは、年上のようで、少女のような。
その中の1枚に、目を閉じ、耳をふさぐ彼女の素描がある。薄いワンピースをまとう彼女の右手首にはいくつも描かれた横一文字。右肘の内側には、真っ黒に塗りつぶされた箇所。それでも薄く微笑む女性]
(ねえ、ジェリー。こうすると、天使の唄が聞こえるの。
でも、私が聞いていると天使に悟られてはいけないのよ。
それが分かってしまったら、連れて行かれてしまうから)
[自分にとって天使は、死神の形をしている]
(161) 2010/03/01(Mon) 10時半頃