― 『軌道』 ―
[書籍化の話が出たのは、年が明けてすぐのことだった。
担当との打ち合わせはメールがほとんどだ。時々ボイスチャットで会議することもあるが、直接会う機会なんて滅多にない。そんな中、新年一発目だからと会社に呼び出された。
亀のマークが目印の書甲羅社は都心との中間にある。久々の電車に疲れ果てた姿で訪れると、年若い担当に満面の笑みで迎えられた。特別小柄ではないのだが、背後に小型犬が幻視できる。
そして告げられた話に、己はどんな表情をしていたのだろう。向かいの表情が曇った。]
別に、嫌な訳じゃないさ。
予想してなかっただけで。
[SNSも活用していない己には、感想が届く機会は少ない。ごく稀に出版社宛に届いたメールが転送されることがあるが、辺境のHPでメールアドレスを探してまで感想を送る猛者はそういないのだ。実感がない。
知らない才能を己に見出している様子の彼にお世辞はいいと一蹴するには、あまりにもまっすぐな目をしている。作家の気分を上げることも担当の仕事だというのなら、彼はきっと優秀なのだろう。背後の犬がドヤ顔しているような気がした。]
(102) 2021/02/14(Sun) 18時頃