204 Rosey Snow-蟹薔薇村
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ねえディーン。聴いて。信じてね。
[ほろほろ涙を流す彼の髪を、ゆるく握って、指に絡ませて。
ほろほろ崩れて煙に還りそうな指を、もう少し、と留める]
この姿がなくなっても、僕はディーンのそばにいるよ。
ほどけて、なくなってもさ、また産まれてきて……。
それで、またディーンと会って。
今度は食べたり食べられたりしなくても、ちゃんと愛しあえて。
僕もちょっとはいい子になってさ。
だからずっと、幸せでいられるよ。
大丈夫。
[怖い夢を見て泣いていたときに、ノックスがしてくれたみたいに。
優しく微笑んで、優しく囁く。
これしか、慰める方法は知らないの。
握っていた髪を引いて、涙に舌を這わせて。
宥める耳には、天上の音楽は微かにしか聴こえない。
てんしさまが歌ってるのかなあ、って。
ぼんやり思うくらいの、透き通った音色なのに]
[言い聞かせるようなニコラの声が、胸の奥に沈んでいく。
どちらが大人で、どちらが子供なのか分からない有様だ。
それでも彼の前で、良識ある大人の仮面を被るなど、もう出来ないだろう。
美しい声のレクイエムは、全てを終わりへと運んでいく。
恋であれ、物語であれ、命であれ、始まるものは全て終わりを内包している。
そして、全ての終わりは新しい始まりを生み出す。
ディーンは、しゃくりあげるように一度、肩を震わせた。]
――……君の言うことは、全て信じる。
君は僕の唯一の太陽で、 僕の、神様だから。
……でも、一つだけ、お願いがある。
この時間が終わって、君も、僕も消えて……
それでも、いつかまた、君をちゃんと見つけられるように、
目印を……僕に、くれないか。
どれだけ時間が経っても、君が僕のもので、僕が君のものだと
……分かるような、証が欲しい。
[ディーンはさっきニコラがしたように、指に自分のそれよりも淡い色をした金の髪を絡める。
ニコラの唇に自分の唇を近づけて触れるだけのキスをしてから、その柔らかい箇所にゆっくりと歯を立てた。犬歯が、ぷつりとニコラの唇の皮を貫く。滲む血を、舌先で舐め取った。]
[――もう「ばいばい」は終わったから。
そう、答えた。"自分"の前で。
消える瞬間、鮮やかに蘇る記憶。
簡単に開いた扉の前、白い空気に、熱を持たぬ息をほう、と吐く。
もう赤くならない指先は、
今だけは静かに降る雪が、透けて見えた]
[それが最後の意識。
踏み出した足は、雪を踏まずに
開いてなどいなかった扉は、固く閉ざされたまま。
春を待たずに溶けた命。
何も残らず、何も遺さず
かつて流した涙のように、ただ、自分だけのために。
短い死を、終えたのだった**]
[歌は。
聴こえる天上の音楽は、遠い。
愛しい人のためだけにかき集めた破片。
ディーン以外のものを感じることが、少し難しい。
その代わり、ディーンの感触はクリアだ。
髪に触れられ、心地よさに目を細める。
目印、なんてなくたってちゃんと見付けてあげるのに、とは思ったけども。
不安そうな彼がとても可愛かったから、願いを叶えてあげたくなる]
んに……
[何度目か数えるのも億劫なほどの、何度目かのキス。
ちり、と唇に熱が走って、鼓動のない血が流れた。
唾液で薄くなった血を乗せた舌を、追いかけて舌をあむりと食んで。
口を離すと、彼の左手を今度はこちらが引き寄せる]
[口を開いたら、獣らしい牙が光った。
彼の左手、その薬指を根元まで咥えて。
がり、がり、と。何度も噛み付く。
食いちぎるまではいかないが、それに近い顎の力。
何度も何度も、少しずつ角度を変えて噛み付いて。
やがて、唾液と血で濡れた指を口から出せば。
薬指の根元は、骨が露出するほど肉が削がれていた。
その骨も、歯で削られてところどころひび割れている。
生きていれば、一生の傷になるほどに、深く]
……目印になってくれるかな?
[ちゅ、と指先にキスして]
死が二人を別とうとも……なんてね。
[それとも首輪の方がよかった?なんて、イタズラっぽく上目遣いで笑った]
[僅かな血の味に、舌を食まれてニコラの唾液の味が混ざり込む。
それが感じられなくなる前に、口の中に収めて、嚥下した。
ニコラの手が、左手を浚っていく。
ニコラはいつでも、望むものを与えてくれる。
彼の開いた唇の奥に光る牙を見、それが待ち構える空洞に薬指が飲み込まれていく様子に、ディーンはぞくぞくと背中を震わせた。]
……っあ、 ぅ、
[肉の少ない、硬い部分に歯を立てられるのは、腹の肉を破かれるのとも眼球の抉られるのとも、痛みの質が異なっている。
骨を揺らし、神経が削られるような感覚にディーンは熱のこもった吐息を漏らした。
痛みと熱は、一度きりの食まれる喜びを思い出させる。
消えて、生まれ変わって、また彼と出会うとして、この性分は変わらないままなのだろうか。
ふと、そんなことを思った。]
――…………は、ぁ
[ぬるついた感触と共に解放された指からは、薄い肉がすっかり削がれていた。
唾液で薄まり、淡いピンク色にも見える血液が滴り落ちていく。
自分の右手が汚れるのも構わず、ディーンは遺された証を掌で包み込む。
それから、ふ、と小さく笑うかのような息を吐いて。]
……ニコラ、君は案外、ロマンチストなんだな。
[ゆっくりと口角を持ち上げて、淡く、微笑んだ。**]
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