162 絶望と後悔と懺悔と
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[獣の背を手で押して、
誘う場所は、
その獣の身体を焼き尽すに十分な油のある場所。
ガソリンにまみれたあとの身体なら、
生き残りの兵士が撃ち込む弾丸数発で、それは容易く発火し、爆発を起こすだろう。
その怪物になった身体は、すべて焼けてしまえばいい。
周は怪物ではない。
心臓も脳髄も、すべてが、焼き尽くされればいい。
心の底からそう思って、
周を誘う]
[その背後に付き添っているだろうマユミはそれをどう思っただろう。
でも、もう、周の背を撫ぜる手は、周を死に導くだろう。
いや、人間に返すのだ。
もう、きんいろの慰みに、玩具にさせたくはない。
きんいろでなくても、その他の妖に、もう、周が縛られることがないように]
おかえりだ。周。
[周が激しい抵抗をしないならば、
そう告げて、帰ってきた友に手を差し出す。*]
……ああ、行こうか。
[サミュエルの手に背を押され、獣は歩き出す。
誘う声が本当に友のものなのか、
或いは、後悔が生み出した幻に過ぎないのか、もう分からない。
けれど、どちらでも構わないと思った。
斃すべき敵は既に無く。
疲れ果て、ただ安らぎだけが欲しかったから]
[鬼は果て、呪縛は潰えた。
黄金の鬼に運命を歪められても、
彼らは此処まで来れたのだから。
その命尽きるときまで、彼らは彼らのまま、
歩き続けることができる筈だ。
――そう信じて、獣は小さく笑った]
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[皮膚に冷たい牙の立つ感触。 痛みはまだ感じない。
吸われているのかもわからないほど 触れる力は弱い。]
せめて、傷が閉じるくらいちゃんと──…。
[逸る気持ちが手に籠もる。 吸血鬼特有の発達した犬歯が深く入るように 明之進の頭をぐっと引き寄せた。]
(15) 2014/02/22(Sat) 20時半頃
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[ひとりでは――
そんな声が聞こえた気がして
一度だけ、生き残った仲間達を振り返り、目を細める]
じゃあな。
……お前らは、負けんじゃねえぞ。
[獣の面に浮かぶ色は果たして*]
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[始祖の血を啜れば ホリーの血を吸った真弓のように 瞬時に傷を塞ぐことも可能かもしれない。]
誰か、始祖の躰をここに…… リッキィ──
[もう笑んではいない顔がリカルダを見て ジャニスの先にある始祖の骸を眼で指し示す。]
(16) 2014/02/22(Sat) 21時頃
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[苦しげな声と咳に、我に返って力を抜いた。]
ごめ、ん ……ほんとに、大丈夫?
[覗き込む。 朝日が射してルビーのように鮮やかに輝く紅に 生気は戻って来ていただろうか。
今にも絶えそうだった呼吸が 少しでも穏やかなものに変われば、 絢矢は小さく吐息を漏らす。
険しかった眼差しも安堵に弛み──]
(25) 2014/02/22(Sat) 22時半頃
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[突如、絢矢の腕は支える力を失って 血溜りに、明之進の上半身が落ちる。]
ッ、 ────…?
(26) 2014/02/22(Sat) 22時半頃
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[瞬間──]
────────ッッ!!
[声にならない叫びに喉を引き攣らせ 躰をくの字に折って蹲る。]
あ゛、
[引き裂かれ、骨の覗いた手首を抱え 額を血溜りに押し付けて、 肩を、背を、小刻みに痙攣させた。]
(27) 2014/02/22(Sat) 22時半頃
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[痛い。 痛い。 痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い───]
(28) 2014/02/22(Sat) 22時半頃
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[――今にして思えば、
黄金の鬼に運命を歪められた子供たちの中で、
周が一番心弱かったのかも知れない。
戦い以外に生きる術を知らなかったから
その理由を失えば、容易く折れてしまうしかなかった]
[だから――誰かに必要とされたかった。
戦う理由が欲しかった。
真弓が言うように、零瑠が自分を必要としていたのなら、
甘さに付け込まれた結果、獣と成り果てたのだととしても、
――それでも良かったのだ]
[仲間達は、手の付けられない暴れ者だった自分を受け入れ
必要とさえしてくれた。
ヒーローを仰ぎ見るような憧憬の眼差し。
子分にしてくれと、慕う言葉。
寂しさを見かね、重ねられた手。
他の家族を裏切ることになっても、
自分を傍に置こうとした哀切。
欲しいものは此処にあった。
充分に与えられた。
――けれど、与えてくれた皆に、
報いることはとうとう出来なかった]
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[全身余すところなく痛みと灼熱感に支配され 知らず手首の断面を抉るように突き立てた爪さえ 痛みとは感じない。
色彩の抜け落ちた貌の中、 青褪めた唇が、空気を求めて一度だけはくりと喘いだ。]
(29) 2014/02/22(Sat) 22時半頃
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[生を擲ち死を選ぶ弱さを、疲れ果てた周は受け入れる。
昔、約束を交わした少女は、
寂しさに声を震わせていたけれど、その弱さを赦してくれた。>>*2
それに、共に在るときは常に自分の背を守り続けてくれた友が。
周が生き延びることを、誰よりも望んでくれた友が、一緒に帰ろうと導いてくれるのだから。
――きっとこれでいいのだ*]
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[口角を伝うものは血混じりの唾液か。
正気を手放したくなる痛みに 耐えて、
──耐えて。]
(───あ)
[それは不意に、 始まった時と同じように、唐突に消失した。]
(34) 2014/02/22(Sat) 23時頃
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[痛みのほか、 全ての意味がバラバラに引き裂かれて 形を成さなかった世界に 少年と少女の声が戻って来る。
夜通し燃えて、 爆ぜた火の粉の音さえ聞こえ]
──リッキィ?
[自分を抱き締める腕のあることに気がついて 菫色を瞬く。]
(40) 2014/02/22(Sat) 23時半頃
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[周にとって、なにが一番幸いなのか。
もしかすると、自分の与えようとしているものは間違っているかもしれない。
でも、もう、それよりも、なによりも、彼に安らぎを。
友として、彼になによりのねぎらいを。
それが、死というものであっても]
周、おでは…
絶対おまーはかえっでぐるっで信じてただ。
[周の身体が尽きれば、その魂を引き出すように手を引っ張りだして、その肩を叩き、髪をぐしゃりかき混ぜた*]
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[明之進はジャニスに嘆願している。
始祖を貫いた後、 妖気と呼んで差し支えないほどに 纏う気配の変容した危うい佇まいの後姿。
危ないからやめて、と。
ボクは大丈夫──。そう言おうとして]
(あれ?)
[自分の発した声が、聞こえなかった。]
(41) 2014/02/22(Sat) 23時半頃
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[もう痛くないから。
もう一度声に出してみる。
舌は動くし、声帯は震えて、 ちゃんと言葉になっているとを示している。]
(なのに──)
[音だけが欠け落ちて。
聞こえたと思った二人の声も、 燃え上がる炎も、また遠ざかる。]
(44) 2014/02/22(Sat) 23時半頃
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(────あぁ)
[そうか。
『疑問』は『納得』へと、 ストン、と着地する。]
(45) 2014/02/22(Sat) 23時半頃
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リッキィ、泣いてる?
[間近にある顔を見上げて話し掛ける。
やっぱり発した声は聞こえないけれど、 自分を抱えるリカルダの顔が、 とても辛そうに見えたから。
冷たくて、震える手を伸ばして、 昔に戻ったようにリカルダの上腕を撫でた。]
(48) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[二人とは違う方角から影が伸びて、 朝日を遮った。
リカルダを撫でる手はそのままに 影が生まれる地点に眼を向ける。]
─────……、ぃ
[舌が氷のように冷たくて 今度はうまく言葉に出来なかっただろうと思う。]
(51) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[困ったように眉を下げ、 せめて昔のように笑ってみせようと、 唇の端を上げてみたけれど、 実際は、不自然に頬が引き攣っただけだった。]
ぁけ、ちゃ、
[仕方なく、笑うのは諦めて。
傍に、霧のように在るだろう少年の名を呼び リカルダを撫でていた左手で小太刀を抜いた。]
(53) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[きっと、明之進にはまだ足りない。
逃げてゆけるようになるだけの、 人の生き血が。]
み、ンな、
[霞み始めた視界に、 順に家族の姿を映し──]
──、
[生きて──。
唇の動きだけで、そう告げて]
(54) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[震える手で、
『常磐』の──漆黒の薄刃を、 躊躇いなく己の頸へと滑らせた。]
(56) 2014/02/23(Sun) 00時頃
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[既に多くを失いすぎて満足な圧を持たない動脈から、 それでも鼓動に合わせて 鮮血の細い川がぴゅうっと噴き出す。
急速に体温が喪われてゆき、 感じるのは寒さ。
ぼんやりと霞む意識の中で、 伸ばした腕を明之進の首に絡ませ、 次第に吹き上げる脈動さえ弱くなる首筋へと 引き寄せたのが最後の記憶。]
(58) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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[何かを口にしようと、微かに唇が震え──]
(59) 2014/02/23(Sun) 00時半頃
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