162 絶望と後悔と懺悔と
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[零瑠から視線を外し、武器を投げたのは一瞬のこと。
されど始祖の血を受けた吸血鬼には十分すぎる時間。
再び蹴上げた左の苗刀を慌てて右の手に納めるも、
――間に合わない。
そのまま懐に入られれば、刀は零瑠の肩口に埋まって動きを止め、]
………。
[刹那。何故か浮かぶのは、笑みだった。
左胸に突き刺さる終焉の音を、静かに聴く。
目の前は零瑠の左肩に塞がれて、ただ、
――嗚呼、大きくなったな、と。
それでも今一度、
あの日の彼にしたように、ぎゅっと抱き留めてやろう。]
[…しかし伸ばした左腕が零瑠の身体に回されることはなく。
力いっぱい引き抜かれた刃。
想いを絶たれた白装束に、慟哭の如く緋色が散る。
結局。何一つ、叶えることはできなかった。
自分の中に、明確な答えも見出せぬまま。
…去来する想いは何であろう。
――絶望?後悔?…それとも懺悔?]
[……あぁ、だとしても。
最期に浮かべるのは、笑みでありたい。]
[零瑠に向かって、紡ぎかけた言葉は音にならず。
抱きしめようと上げていた腕は、僅かに彼の頭を掠め、
…揺らり融けゆく意識の逝く先は、
空の宵闇か、黄泉の昏冥か――]**
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[絢矢は気付く。]
円?
[キャロライナの背に負われた白の──
否、 赤に染まった特攻服の少女に。 その足元に広がる血溜りに。]
それより──キャロ、円は生きてる?
[>>124怪我の説明も 明之進が一緒でない理由も後回しで 二人と二つを前に、 絢矢は最も大事なことを尋ねた。]
(127) 2014/02/20(Thu) 02時半頃
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[キャロはどんな顔で円とニールの話をするのだろうか。
二人の死を聞けば、 足はふらりともう一つの血溜りへ。]
ニールさん──。
[ぱしゃんと音を立てて、紅へと片膝を浸す。
伸ばした腕の指先で、 瞼を撫ぜて瞳を閉ざす。
それから──。 血溜りに指を浸し──唇に引いた。
まだ鮮やかな赤。 ニールがくれた紅と同じ色。]
(134) 2014/02/20(Thu) 12時半頃
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[妻を目の前で殺され、 娘を吸血鬼に変えられたニールの恨みは深かった。 彼もまた、自分の手で愛する娘を殺している。
娘が生きていれば丁度絢矢や円と同じ年頃だったと 絢矢が十六になった日に 無骨な手で贈り物を手渡しながら 話してくれたニールの低い声。
戦場で浸る時間などなく、思い出すのは刹那。 後は──顔色も変えず立ち上がると どこか必死さを増して襲い掛かって来た鬼を数匹 無表情に斬り倒した。]
(135) 2014/02/20(Thu) 12時半頃
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[例えキャロライナが正直に ニール殺害を口にしたとて、 絢矢がキャロライナを責めることはない。
釦を一つ掛け違えただけ。
そう言い聞かすようにまた一つ、 動きを封じた鬼の躰を積み重ねる。]
(136) 2014/02/20(Thu) 13時頃
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明ちゃん──
[片手の指ほどの鬼を斬り伏せた頃か──。
追いついた明之進の 立ち尽くす細い肩に触れて]
──行こう。
[早く──と 急くように囁く。]
(137) 2014/02/20(Thu) 13時頃
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[明之進への囁きの後、 変わり果てた貌と 無数の疵の残る躰をリカルダへ向け、 やはり笑顔の一つも浮かべることなく、絢矢は言った。]
ボク達はこれから始祖を討ちに行く。
リッキィ、キャロ、 キミ達は来ないで──…。
[このまま遠くへ逃げて──。
願いは聞き入れられるだろうか。
変わらぬ表情の代わりに 絢矢の手はリカルダの手に触れ、 懇願するように、握り締めた。]
(138) 2014/02/20(Thu) 13時半頃
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[人の境を踏み越えて戦う姿を リカルダには見られたくなかった。
円の躰から流れ出た血の海で 平然と笑うキャロライナを戦場から遠ざけたかった。]
怪我は平気。 始祖吸血鬼を斃したらゆっくりと治すから、 今は──無理を、させて。
[静かな呼吸に決意を秘める。
声は吐息に、吐息は無音に。 射抜くような眼差しは、 今は見えぬ始祖へと遠く狙い定める。]
(139) 2014/02/20(Thu) 14時頃
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[けれど、嗚呼──]
『贖いをなさい────菖蒲』
[今もまだ、聴こえている。 呪詛の音色が耳許で**]
(140) 2014/02/20(Thu) 14時頃
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[もう最後の記憶も過去の思い出と溶け合った頃
紅い意識が入り混じった、人だったものが目を覚ます。
今すぐにわかることといえば、自分はなぜか屍累々としたこの場にいるというだけだ]
……?なんだ、これ。
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[小さな手を握る指に力が籠る。
やだ──と、リカルダは言った。 それしか言葉を知らない子供のような口調で。]
リッキィ──…、
[だけど──。
絢矢は何も答えない。 手を握り膝を曲げ、 昔に戻ったように近い目線でリカルダを見る。
絢矢は知っている。 リカルダが見た目通りの子供でないことを。 誰よりも長く側にいたリカルダが 誰よりも良く絢矢を知っていることを。]
(152) 2014/02/20(Thu) 21時頃
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[──だから、それに甘えて。
何を言われても連れて行く気はなかったのに。 今だけは我儘を通すつもりだったのに。
五年前と変わらぬ声で──]
リッキ──
[“あの日”と同じ泣きそうな顔で]
…──……、
[“あの時”と同じ小さな手が、 置いて行くなと縋るから──]
(154) 2014/02/20(Thu) 21時頃
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───っ
[絢矢はあの瞬間に戻ったように──、
痛いほどにその手を握り、 リカルダの幼い肩を抱き締めた。]
(157) 2014/02/20(Thu) 21時頃
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[頭の中はどこかぼんやりする。
もう消えかかっているからだろう。
何も思い出せなくても目はやはり赤いまま。
「自分の中の彼を殺したい」
そう願うことは、多分全部を手放すことだったのだと思う。
後悔に苛まされて過ごしたあの毎日も、もう脳裏には欠片が浮かぶのみ]
あぁ、そうか。俺、死んだんだ。
[なぜ、どうして、誰が。もう思い浮かぶ顔もない。
殺してしまったのだから]
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…………いかない。
おいていかないよ。 もう、二度と……。
[嗚咽のように咽喉が震え、 何度が細い吐息が漏れたけれど、 やはり涙は出なかった。
でも、なぜか──、 今はそれも、一人ではない気がしていた。]
(159) 2014/02/20(Thu) 21時頃
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[自分が死んでなくなるものはあっただろうか。
自分が死んでも残るものはあっただろうか。
何も望んでいなかったけど、
心の隅で、残してほしいと思った…かもしれない。
残したかったと…フリであっても思いたかったのかもしれない。
紅いものが鬼の血か人の血かわからないその場所で、
薄らいでいく記憶だけがただ消えるのを待つのみ*]
[せめぎ合う、金色の呪縛と鬼への殺意の狭間で、
獣は己に問い掛ける。
もし、自分が南方周のままで在ったなら、
――円は命を落とさずに済んだだろうか。
――キャロライナは家族の為に、依るべき世界を捨てずに済んだだろうか。
――零瑠は『冀望』の光に焦がれ、誘われずに済んだだろうか]
[獣は更に己に問う。
――何故、直円は涼平は理依は安吾は、死ななければならなかったのか。
――何故、家族の為に奮う筈のこの手が、同士達の血に染まっているだろうか]
[ああ――と、獣は大きく息を吐く。
こうなったのは全て、かの金色の鬼のせいだ。
あの鬼さえいなければ、何も失くさずに済んだのに。
失った者達への哀惜が
奴を斃せ、皆の敵を討て、と――
殺意で獣の裡を黒く塗りつぶしていく。
憎悪と怒りに焼かれ、獣を縛る金色の鎖が朽ち果てていく。
――やがて黒い焔は衝動のままに
獣に最後に残された周であった名残すら、
焼き尽くしてしまうだろう]
[零瑠の遠く問い掛る声が、
瞋恚に胸焦がす獣の耳に落ちた。>>*41
彼の望みは金色の王と共に在る未来。
それは獣が在る限り、決して相容れない未来]
――――……。
[だから、縋るような弱い音を振り切るかのようにして、
獣は金色の鬼の元へと、一陣の凶風の如く駆け出した*]
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──。
[>>168明之進の言葉を背中で聞く。 その声に籠められた願いは、きっと──。
──けれど]
明ちゃん、待って。 ボクも、
ボク達も行く。
[ひとたび放たれた矢は、もう、止まれないのだ──。]
(174) 2014/02/20(Thu) 23時頃
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[『あや』を止めても 『菖蒲』が止まらないのだ。
『娘』射しは『母』。
狂った母の言葉は、 それでも幼い娘にとっては絶対の言霊を持った。
死にゆく母は、最期まで笑っていた。 笑って言った。
──笑って、逝った。]
『贖いを、はじめなさい── あや、め──』
[無垢な心に、冷たい爪で消えない疵を残して。]
(185) 2014/02/20(Thu) 23時頃
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